第三十一話 新たな戦いの予感
【登場人物】
ジーク 主人公 ジョルジアを治める英雄王 〈勇者〉
シンシア 主人公の第二王妃 〈聖者〉
マルグリット 主人公の第一王妃
ミリア スーベニア大聖堂のシスター 〈隠者〉
フーゲル 深き森の住人 〈識者〉
キキ 深き森に隣接する開拓村の村長 〈愚者〉
この数ヶ月の間に大陸の彼方此方で魔獣の発生が報告されている。魔獣は、時折は発見されるが、大抵は１〜２匹、市井の上級冒険者のパーティであれば対処できる。しかし最近は魔獣が群れで襲ってくる事例があり、辺境の村が大きな被害を被っている。その場合は対象国の国軍が駆除するのだが、事前に魔獣の発生を予見する事など出来るはずもなく、どうしても後手後手になってしまっていた。
ジークが治めるジョルジア王国でも魔獣の群れが発生し、幾つかの周辺地域の村で被害が出ていた。ジークは国軍兵士を２０名程度の小部隊に分け、ジョルジア国内の各地の警戒に充て、手が回らない地域には国費で冒険者パーティを派遣した。それで漸く被害を減らしたが、完全に抑え込む事はやはり難しかった。ジークはシンシアを伴って被災した村々を廻り、現場指示や医療支援で忙しくしていた。そんな時にジークの元に手紙が届いた。スーベニアにいる隠者ミリアからの手紙だった。
「ミリアからの手紙には何て書いてあったの。」
「キキの開拓村が魔獣の群れに襲われて、多くの死傷者が出たと書かれていた。それに、開拓村に近い森に住んでいたフーゲルの棲家も荒らされた形跡があって、フーゲルの行方を捜索しているけど、現場の状況から生存の可能性は低いそうだ。」
「大変だわ。キキとフーゲルが無事だと良いんだけど。」
「手紙では詳しい現地状況が分からない。文面だけ読むと厳しそうだが。」
「キキ達の件は勿論だけど、魔獣発生の原因についても調査が必要よ。どうにか魔獣被害が落ち着いてきたし、早めにミリアと相談してはどうかしら。」
「そうだな。急ぎスーベニアへ行こう。」
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ジークは後事を王都にいる次兄やマルグリットに託し、シンシアと少数の近習だけを伴ってスーベニア神聖国の大聖堂を目指した。ジョルジア国王であるジークの急な訪問によりスーベニア側への入国で若干のトラブルはあったが、入国後は護衛付きで大聖堂まで送り届けられた。早馬で連絡を受けたミリアが大聖堂の前で出迎えてくれた。
大聖堂には多くの棺が並べられていた。魔獣に襲われた人々の棺で、１つ１つに死者のための祈りと聖歌を捧げて魔を払った後に埋葬すると言う。キキの開拓村の被害者も含まれているが、魔獣によって遺体は判別不能なまでに喰い千切られ、キキがその中に含まれているのか、いるとすればどの遺体なのかは分からない状態だったと言う。右端の棺にはフーゲルの弓が壊れた状態で納められていた。ジークが到着する前にフーゲルの捜索は打ち切られ、死亡扱いとなっていた。ジークとシンシアは並べられた棺に祈りを捧げた後、ミリアと話す為に個室へと移った。
「キキとフーゲルについて何も出来なくて申し訳なかった。現地を調査した司祭から詳しい状況を聞いたが、確かに２人の生存は絶望だろう。大切な友人を弔ってくれた事に感謝する。」
「いえ、私も何も出来ませんでした。隠者の力で天啓を得られていれば未然に防げたかも知れないのに、今回は何も得られなかったのです。」
「天啓が？」
「はい。魔獣被害について何度か天啓を得ようと試みましたが、何も聞こえませんでした。聞き取り難いとか理解出来ないとかではなく、全く声が聞こえないのです。こんな事は初めてです。」
ミリアによれば神界と自分との間に何らかの問題が生じているかも知れないと言う。そこで統一教の古道派が過去にフーゲルから聞き取りした情報結果や教会内の古文書を調べたが、原因を突き止める事は出来なかった。
「今のところシンシアの聖者の力は使えている。俺の勇者の力もそうだ。ミリアの隠者の力だけ事情があって使えないのか、或いは使えているのに神の側が何も応えてくれないのか．．．」
「確認する術はありませんが、後者であるとすれば、神界で何かの異常事態が起きているのかも知れません。」
神の存在をジークは神話の中でしか知らないが、しかし紋章によって超常の力を得た自分達がいる以上、人知を超えた存在を否定する事はできない。だが．．．
「神界で何か起こっているとなっても我々にはどうしようもない。」
「ジークさんの言う通りです。」
ジークとミリアが押し黙ると、ジークの横に座っていたシンシアが声を発した。
「ねえジーク。魔獣の増加と神界での異常事態がどこかで結びついている可能性はあるかしら。仮にそうなら、魔獣の件について調査を進めれば、神界の件にも繋がるかも知れないわ。」
「どうだろうな。だが魔獣の調査を進めるという点は賛成だ。魔獣の被害にあっている他の国にも協力を仰いでみよう。何かを掴んでいるかも知れない。」
それにしても一体何が．．．原因が何であるにせよ、魔獣の被害をこれ以上拡大させない為には何者がいようと止めねばならない。ジークは新たな戦いを予感していた。
ジーク達はミリアに別れを告げ、ジョルジアへの帰路に着いた。
