第二十六話 帝都決戦
ジーク 主人公 ベントリー領の領主
カイン ショーウェルズ大司教の息子
キキ フーゲルの従者だった少女
イェガー 本名はイェルシア ハルザンド王国の王女
ヴァルベルト ゲイルズカーマイン帝国の新皇帝
帝都を囲う城壁の前に陣取っていた近衛騎士団は、各地から戻ってきた帝国正規軍の敗残兵を吸収し、急激に肥大化した。しかしその規模を長期間賄えるだけの兵糧が帝都には無い。兵糧の集積地は既に侵攻軍に押さえられていた。帝国軍は籠城戦を諦め、平原での短期決戦を挑むしかなかった。
「こっちの降伏勧告には応じないみたいだな。ヴァルベルトに従っても意味ないだろうに。」
「そうよね。もう負け戦なのは明らかなのに帝国軍の指揮官がなぜ従っているのか分からないわ。ヴァルベルトとバラモス派の繋がりが疑われている以上、ヴァルベルトの皇帝としての正統性は揺らいでいる筈よ。帝国軍が今の皇帝に殉ずる必要はないわ。」
しかし帝国軍は決戦を選んだ。これは後日明らかになるが、帝国軍は帝都内の一般民を人質とされ、戦う以外の選択肢が無かった。
「犠牲を少なくする為の降伏勧告でしたが、受け入れられないのなら仕方ありません。時間を掛けても仕方ないので、戦闘を開始しましょう。」
「そうだな。やるしかないか。作戦はどうなってる?」
「周囲に伏兵がいないという事だし、特別な作戦は必要なさそうね。最前線に立つジークには負担をかけてしまうけど、正面から攻めましょう。」
イェルシアは周辺地図を広げた。キキがその地図上に各隊のコマを配置する。
「敵陣の配置はこうだ。カインはここを集中的に攻めてくれよ。ここが一番脆そうだ。右翼はイェルシア、左翼はアタイ、中央はいつも通りジークで。神聖騎士団には後詰をお願いした。右翼と左翼は被害を抑えながら敵を引き付けて、敵の中央が崩れたらそれに合わせて攻め上がるつもりだ。」
「相手は数が多いけど敗残兵の寄せ集めだから左右との連携は弱い筈よ。最も固そうなのは中央の本軍だけど、崩れ始めれば脆いと思うわ。」
「了解。では半刻後に開始する。各自、無理はするなよ。」
帝国軍の抵抗は半日で終結した。大陸最強と謳われた帝国軍であったが、ジークの突進を防げる者はおらず、また右翼左翼はイェルシアとキキの巧みな用兵に惑わされ、密集すればカインの魔術の的にされた。強力な軍事力を誇った帝国軍にしては呆気ない最後だった。平原での決戦後、城門は統一教信者によって内側から開かれた。ジークは侵攻軍に対して負傷兵の治療と城壁外での待機を命じ、指揮をイェルシアに委任した。そうしてジーク自身はカインとキキと先鋭部隊を伴い宮殿へと向かった。帝都内の治安維持と一般民への対応は神聖騎士団が担った。
宮殿に突入すると一般的な帝国兵は見掛けず、ジーク達に向かってくるのは黒い鎧兜を纏った騎士だけだった。彼等一人一人はジークが率いてきた先鋭部隊より精強だが、ジークを相手にするには数が少なかった。ジークは次々と敵兵を打ち破りながら進む。宮殿内は複雑で、途中で道に迷う事もあったが、逃げ遅れたと思しき文官を捕まえて道を聞き出し、更に奥へと進んでいった。そして宮殿の奥深くの広い部屋、おそらく謁見の間だと思われる場所でヴァルベルトを含む一団を見つけた。ヴァルベルトの他に多数の騎士と数名のマント姿の男達がいる。
「ヴァルベルト、今度こそ決着をつけよう。」
「ひっ。」
ジークに向けたヴァルベルトの顔は引き攣っていた。ヴァルベルトの視点で言えば、ジーク一人だけなら力は拮抗している。しかしジョルジア戦で不思議な力を見せた少女...キキが居ると紋章の力は使えない。そもそも剛者の紋章がなければ自分の戦闘力など一般的な兵と大差ない。しかも賢者の紋章を持つカインと何人かの兵達がジークと共に居た。自分を守る騎士達だけでは勝てない。忌々しいが今回は逃げるしかない。
ヴァルベルトは周囲の騎士達と共にジークと対峙しながら、少しずつ後ろにある逃走用の扉へとゆっくりと後退した。そして扉を開けようとした時、扉は外側から鍵が掛けられた。
「なっ、なぜ。」
ヴァルベルトは慌てて扉を開けようとしたが無理だった。ヴァルベルトは気付かなかったが、騎士の一団に紛れていたマント姿の男達はジーク達を見るなり奥の扉へと向かい、その後を数名の騎士が追い、そして扉は閉められた。ジーク達は逃げた男達を視認していたが、無視していた。
「どうやら見捨てられた様だぜ。」
キキが煽る。ヴァルベルトが逃げるならもっと早くに、例えば宮殿にジーク達が突入した時点で行動した筈だ。しかし現実には、逃げ道が塞がれた部屋でジーク達と対峙せざるを得ない状況にある。ヴァルベルトの判断を誤らせ、この状況に追い込んだ者がいる。それはいち早く逃げたマント姿の男達かも知れないが今は確かめようがない。何れにせよ、この状況を企図した者にとってヴァルベルトを切り捨てる事は決定事項だったのだろう。
「こんな所で私は死なない! 私は覇者の筈だ。」
そう言ってからヴァルベルトは半ば狂った様に大剣を振り回し、周囲の器物を破壊していった。敵も味方も関係なかった。その大剣が繰り出す衝撃波はジーク達を襲ったが、ジークの光の盾に阻まれた。そうやって暫く暴れた後、ヴァルベルトは唸り声を上げながらジークへ斬り掛かろうとしたが、そのタイミングを狙っていたカインの炎の魔術に焼かれ、悶え苦しんでいる所をジークの一撃で両断された。即死だった。2つに分かれたヴァルベルトの体は床に転がり燃え続けた。残された騎士達は武器を投げ捨てて恭順の意を示した。これで帝都での決戦は終わりだった。しんとした静寂がジーク達のいる空間を包んでいた。
「面白かったけど最後は呆気なかったなぁ。」
宮殿を出ようと歩き始めたジークの耳にそう呟く幼児の声が微かに聞こえた。しかしその時のジークは幻聴だと思い、それ以上深くは考えなかった。