第二十五話 帝国への侵攻
ジーク 主人公 ベントリー領の領主
シンシア 主人公の妻で一男一女の母
カイン ショーウェルズ大司教の息子
ナディア 聖騎士隊の隊長
キキ フーゲルの従者だった少女
イェガー 本名はイェルシア ハルザンド王国の王女
ヴァルベルト ゲイルズカーマイン帝国の新皇帝
ゲイルズカーマイン帝国への本格的な侵攻が開始された。
ハルザンド・ジョルジア・スーベニアからの帝国への侵攻軍のうち、ハルザンドとスーベニアからの軍は陽動でしかなく、主力はジークが率いるジョルジアからの侵攻軍だった。この侵攻軍にはカインとイェルシアとキキが従軍した。カインは前線部隊の後方からの魔術攻撃を、イェルシアとキキは作戦参謀役を担っていた。
イェルシアの智者の力は権謀術数に優れ、それは本来は宮廷内や国家間での交渉で発揮されるものだが、戦略戦術の立案でも発揮され、ハルザンド防衛での戦闘を通じて智者の力が増してきた現在では、戦況の変化をある程度は予測できる様になっていた。その力を使い、イェルシアは戦術立案の中核として活躍していた。
「うーん、各部隊の侵攻ルートは決めたけど、やっぱり帝国内での敵の守備は固いわね。これだと侵攻計画に遅れが出てしまうだけでなく、こちらの被害も少なくない。智者の未来予測を使って再調整していけば被害は減らせるけど...」
イェルシアは収集した情報を分析してある程度の確度で今後の推移を予測する。それを頭の中で瞬時に行えるのだが、戦況とは常に流動的で、情報伝達に遅れや漏れがあれば確度が低下してしまう。それを補完するのが智者の未来予測だった。未来予測とは呼ばれているが、実際には過去に向かって時間を巻き戻す。戦略に誤りがあると分かった時点で過去に戻れるのだから、何度も使えば確実に成果を出す事ができる。但し、強力ではあるが代償は大きい。未来予測を使った分だけ、巻き戻す時間が長い分だけ、イェルシアの寿命を消費してしまう。
「いや、未来予測は使いたくない。予測誤差は俺とカインで穴埋めする。」
「穴埋めするって言っても限界はあるわよ。力押しだけでは無理があるわ。キキの方はどうかしら?」
キキは偽計や計略の面で貢献していたが、これは愚者の力と言うよりは本人の素養によるものだった。人の嫌なところを攻めるのが上手い。キキの立案する作戦は、ジークとカインの力を軸としつつも、複数の小隊を伏兵として巧みに使い、戦線での帝国軍の被害を増大させていた。
「スーベニアの枢機卿の調査によるとバラモス派が絡んでいる様だぜ。」
枢機卿にはシンシアやカインの情報が流出した原因の調査をお願いしていた。シンシアはジョルジア敗戦後にヴァルベルトの襲撃により聖者の力を奪われている。またシンシアは10年以上前にもアルムンド領で襲われている。なぜシンシアの情報をヴァルベルトが知っていたのか、その調査だった。情報を盗み出したのは古道派に扮したバラモス派で、帝国の発行した許可証でスーベニアへ入国していた。スーベニアから帝国への出国記録も残っていた。統一教から異端と断じられたバラモス派がヴァルベルトと通じているかも知れない...これは帝国を揺るがすスキャンダルになり得た。
「この情報を神聖騎士団に流すと面白そうだよなぁ。」
帝国の神聖騎士団はカーマインでの反乱鎮圧へは参加せず、帝国による3国への侵攻作戦にも参加していない。理由は帝国がスーベニア神聖国へ侵攻した為で、神聖騎士団が属する教会が帝国からの出陣要請を拒否したからだ。拒否できる程度には教会と信徒である神聖騎士団の独立性は高かった。ただ、帝国領土内の防衛には参戦していた。キキはそこにヴァルベルトとバラモス派の話を流し、教会と神聖騎士団を帝国から離反させようと言う。成功するかは兎も角、帝国の混乱を誘うには良い手段だと思えた。
「やれそうか?」
「やれるぜ。」
「ホドムさんの情報によれば神聖騎士団の配置は特定の都市に集中してるわ。神聖騎士団が抜けると帝国の防衛戦に大きな穴ができるわね。」
そういいながらイェルシアは考え始めていた。神聖騎士団が抜けた場合の侵攻ルートを練っているのだろう。
「ではやってみよう。」
キキは複数の情報網を使いヴァルベルトとバラモス派の繋がりに関する噂を流した。その噂は時間をおいて帝国の教会組織へも伝わり、真偽をスーベニア神聖国に問合せ、その噂が真実である可能性が高いとの回答を得た。その回答を得てからの教会の行動は早かった。防戦に参加していた神聖騎士団を引き上げさせて帝都の周辺に布陣させ、新皇帝であるヴァルベルトへ質問状を送付すると同時に、教会関係者による帝都内の調査権を要求した。ヴァルベルトは近衛騎士団を城壁前に配置して威圧したが、教会と神聖騎士団は引かなかった。その状況は帝都だけでなく周辺地域をも混乱させた。
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ヴァルベルトが教会と神聖騎士団への対応に苦慮している間もジークは帝国内部への侵攻を続けていた。陽動を担っていたハルザンド・スーベニアからの侵攻軍はその役割を終え、ジークの侵攻軍に合流した。1つに纏まった侵攻軍は勢いを増し、徐々に帝都へと迫っていた。そうして帝都まで数日という距離にいた時、帝国の教会から派遣された司祭とその従者がジークの軍を訪れ、会談を申し入れた。
「ジーク殿、急な申し入れに対応して下さり、ありがとうございます。」
「いえ、こちらこそ感謝を申し上げるべきです。教会が味方になって下さったおかげで双方の被害を減らす事が出来ました。」
「信者を含む一般民の被害を抑える事は我々にとっても重要な事です。ジーク殿はこれから帝都へ侵攻されるとは思いますが、その際にも一般民の犠牲を最小限にできるようご配慮ください。」
「もちろんです。」
「それと、戦後の話になるかと思いますが、バラモス派の捕縛と、彼等の活動についての調査にご協力いただきたい。戦後処理でお忙しくなると思われますが、対処が遅れるとそれだけ捕縛と調査が難しくなります。」
「お約束しましょう。バラモス派が裏で何をやっていたのかを明らかにすべきと私も考えています。」
「ありがとうございます。ところで、ナディアという女性騎士の事をジーク殿はご存知でしょうか? カーマインでの反乱を主導していた女性です。」
「もちろんです。彼女は我々の大切な仲間です。彼女の行方がわからず心配していました。」
「教会で彼女の身柄を保護しています。」
司祭によれば、ナディアは戦闘中に右腕と片目を失い、その後に帝国軍による酷い拷問を受け、教会が彼女の生存を知って保護した時には死の淵を彷徨っていたと言う。ジークとカインはナディアの生存を聞いて安堵し、司祭に対し深い感謝の言葉を述べた。
教会側との会談を終え、ジークは帝都へ向け進軍を再開した。