第二十三話 帝国への侵攻前夜
ジーク 主人公 ベントリー領の領主
シンシア 主人公の妻で一男一女の母
カイン ショーウェルズ大司教の息子
ナディア 聖騎士隊の隊長
ヨルム 山岳民族の戦士
ホドム 情報部隊の隊長
マルグリット ジョルジア公爵家の長女で姫騎士
ミリア スーベニア大聖堂のシスター
フーゲル 深き森の住人
キキ フーゲルの従者だった少女
イェルガ ハルザンド王国の第一王子
イェガー 本名はイェルシア ハルザンド王国の王女
ヴァルベルト ゲイルズカーマイン帝国の新皇帝
ジークとしてはヴァルベルトを打ち取れなかった事を大いに悔やんだ。しかし仮にジークが敗れればヴァルベルトと帝国の攻勢を止めるのは難しいだろうし、勇者の力を奪われる可能性もあった。そうしたリスクを回避すると言う意味でキキの判断は正しかった。何より今は、帝国が去った後のジョルジアをどう復興するかという課題がある。マルグリットがいるとは言え、彼女一人でどうにかなる課題ではない。帝国の再侵攻に対する備えも必要だった。ジークは頭を切り替えるしかなかった。
「ジーク、貴方に最大に感謝を。貴方がいなければジョルジアを取り戻せなかったわ。この御恩をどうにかしてお返ししなければならないわね。」
ジークの部屋にマルグリットは訪れていた。
「礼などは必要ない。俺は俺のために戦っただけだ。それよりもジョルジア復興の方はどうなんだ。」
「それは大丈夫。アルムヘイグに逃れていた文官達は戻ってきたし、各国からの支援も決まったわ。だけど離れてしまった民意を取り戻すには時間がかかるでしょうね。前王による失政と、それに続く帝国の侵攻によって人民のジョルジア王家に対する忠誠は失われたわ。」
「その為に君がいるんだろう。」
「そうなのだけど...所詮は公爵令嬢に過ぎない私だけでは荷が重すぎるのよ。帝国との戦いが終わったら協力して欲しいのだけど、その時になったら相談に乗ってくれるかしら?」
「もちろんだ。俺にできる事なら協力する。」
「ふふ、ありがとう。」
そう言うとマルグリットはジークに抱き付き、直ぐに離れて部屋を出て行った。
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北方のハルザンドでは、イェルシアが智者の力を発揮しつつある様だった。黒い鎧兜の騎馬兵に偽装した兵を使ってイェルシアが帝国軍を罠に嵌め、或いは他の手段で混乱を誘い、その混乱に乗じて戦線を大きく押し返していた。ホドムの配下による情報収集は的確で、イェルシアの作戦立案に役立っていると言う事だった。ハルザンドが帝国に侵略された地域を取り戻す日も近いと思われた。
「この戦いが終わったら必ず貴方の元に参ります。」
毎日の様に送られて来るイェルシアからのメッセージの末尾にはいつも同じ言葉が綴られていた。この言葉だけなら恋文の様だが、これまでの彼女との接点で好意を持たれる要素はなかった筈だし、妻子がいる身としては迷惑な話だった。本来の目的は戦後復興や褒賞の相談だろう。或いは単に揶揄われているのか。もしそうなら余裕があるという事だ。ジークからはハルザンド国民への支援を優先して欲しいとだけ返していた。
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南方のスーベニアでは、カインの救援により全ての帝国軍を撤退させていた。賢者の力による後方からの魔術攻撃の威力は絶大で、帝国軍の守りを崩壊させ、スーベニア軍の反攻を防ぐ事が出来なかった様だ。帝国による再侵攻を防ぐ目処が立ったら、カインは聖騎士団を伴ってジークに合流すると言う。帝国南方のカーマインの反乱は鎮圧されていた。残念ながら反乱を主導したナディアは行方知れずで、ジークは彼女の無事を祈るしかなかった。
カインと聖騎士団がジーク達に合流し、またアルムヘイグからジョルジアへ復興支援の為の物資や人員が到着したところで、ジークは単独でアルムヘイグ王都へ戻った。ジョルジア戦の戦果を報告し、また今後の帝国への対応を協議する事が目的だった。王都では英雄だ救世主だと持て囃され、勲章を与える動きもあったが、未だ戦時下である事を理由にジークは辞退した。
今後の帝国への対応を協議する場には各国首脳が参加し、ジークも傍聴を許された。各国首脳としては、帝国の軍事力を削減する、帝国周辺の国々に対して賠償する、平和の為の新たな条約を結ぶ、が目指すべき方向で、その為には帝国に対して一時的にでも軍事的優位に立つ必要があると判断された。使者を介して帝国と平和裡に交渉する道も検討されたが、新皇帝ヴァルベルトが現状で全ての条件を受け入れるとは考え難く、戦争回避の道は否定された。帝国へはハルザンド・ジョルジア・スーベニアの三方から同時に進行すると決まり、ジークはジョルジアからの侵攻軍の指揮官に任命された。
ジークはジョルジアへ戻る前にベントリーへ行き、子供達や未だ意識の戻らないシンシアと過ごした。シンシアは以前とは違って痩せ細り、今にも消えてしまいそうだった。必ずシンシアを元に戻すとジークは改めて誓い、ベントリーを後にした。