第二十話 ハルザンドの第二王子
ジーク 主人公 ベントリー領の領主
シンシア 主人公の妻で一男一女の母
カイン ショーウェルズ大司教の息子
ナディア 聖騎士隊の隊長
ヨルム 山岳民族の戦士
ホドム 情報部隊の隊長
マルグリット ジョルジア公爵家の長女で姫騎士
ミリア スーベニア大聖堂のシスター
フーゲル 深き森の住人
キキ フーゲルの従者だった少女
ハルザンド王国は砂漠の国だが、王国全土が砂漠という訳ではない。森もあれば山もある。特にアルムヘイグとの国境沿いは山岳地帯だった。その山岳地帯の谷間を抜ける道をジークとカインは走っていた。後ろには騎馬兵が追ってきている。賢者の力を持つカインを狙っているのだろう。数日前にハルザンド王宮で第二王子のイェガーと会い、一致団結して帝国に抵抗したい、と当たり障りの無い話をした。カインが賢者の紋章を持つ事も念のため話している。そしてジーク達はハルザンドからアルムヘイグへの帰り道で待ち伏せしていた騎馬兵に追われる事になった。
「大人しく捕まってもらおうか。」
山道の行き止まりへとジークとカインが追い詰められた時、騎馬兵達の後ろから第二王子が出てきた。
「賢者を捕える事なんて簡単だったね。従者1人だけ連れて来るなんて、無警戒すぎるよ。君はこれから帝国に引き渡される。そうすれば帝国はハルザンドから手を引く約束なのさ。」
「ハルザンドは帝国に寝返ったと言う事か?」
「王にはそのつもりは無い様だけど、強大な帝国に対抗するより従った方が賢明だよ。帝国が約束通りハルザンドから手を引けば王も納得するさ。」
「愚かだ。君も智者の紋章を持っているのだろう。帝国が君も捕えるつもりだとは考えなかったのか?」
「それは僕が考えれば良い事だよ。仮に帝国が約束を保護にしたなら、その事実を帝国軍の兵達に明かすだけさ。皇帝が不義を働いたと分かれば帝国兵の士気も下がるだろう。さぁ、もう良いだろう。」
そう言ってから第二王子はカインを捕らえよと命じ、騎馬兵がジーク達に襲いかかった瞬間、先頭の騎馬兵の何人かが一瞬で切り倒された。ジークの胸の紋章が光っていた。それと同時に周囲の高台に人が現れた。
「ギャハハ...智者も大した事はないなぁ。」
キキの甲高い声が周囲に響く。高台に現れたのはキキとヨルムが率いる山岳兵だ。ジーク達は追い詰められたのではなく、イェガーと騎馬兵達が誘い出されたのだった。カインとキキが立案した作戦だった。
本来であれば智者であるイェガーを騙せる筈はないが、イェガーは2つの事を知らなかった。ミリアの天啓によってジーク達が初めから智者を信じていなかった事、カインに同行するジークが単なる従者ではなく勇者の紋章を持つ事。その2つを知らないイェガーは、国内で奇襲すれば容易にカインを捕えられると考えてしまっていた。どうにかカインを捕える事で挽回しようとした騎馬兵達だったが、前衛のジークと後衛のカインの組み合わせは強力で、同時に高台からの攻撃も受け、瞬く間に数を減らしていった。暫く後に騎馬兵は全て打ち倒され、残されたイェガーはあっさり降伏した。
「どうやら立場が逆転したようだ。」
カインの言葉に第二王子が首を項垂れた。
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イェガーを伴ってジーク達は改めてハルザンド王宮へ向かい、守備兵に第二王子を引き渡すと、今度はハルザンド王に拝謁した。ハルザンド王は褐色の肌の壮年の男だった。王の隣には一人の女性が俯きながら立っていた。
「私達は貴国の第二王子の襲撃を受け、逆に第二王子を捕らえました。王子の身柄はこちらへ赴いた際に守備兵に引き渡しています。それと帝国について幾つかお伝えせねばならない事があります。」
「そうか...それは面倒をお掛けした。」
ハルザンド王の表情は暗い。ジークは話を続ける。
「黒い鎧兜を纏った騎馬兵の集団を率いる男は紋章の力を奪う事ができ、力を奪われた者は目を覚ます事がありません。私の妻で聖者でもあるシンシアは力を奪われ、それ以降は眠ったままです。目を覚まさせる為には、その男から力を取り戻す必要があります。また、男と黒い騎馬兵は帝国で革命を起こした者、或いはその一味であると考えられます。妻の紋章の力を奪った件に帝国が関与している事は隠者の天啓によって確認されています。」
「そうか、帝国が...」
そう言ってからハルザンド王は隣に控える女性に目を向けた。女性は涙に濡れた顔を両手で覆っている。
「コレは元々は心優しい娘だったのだ。」
王は事情を話し始めた。ハルザンド王には双子の兄妹がいて、第一王子だった兄のイェルガは剛者の紋章を持つ武勇に優れた若者だったが、帝国が侵攻してくる前に何者かに襲われ、それ以降は意識が戻らない。帝国の侵攻が始まると第一王子を欠いたハルザンドの劣勢は明らかで、状況を憂慮した妹のイェルシアは、以前から国外の人間に対してそうしていた様に男装して第二王子イェガーと名乗り、独断で帝国に接触したのだという。王の横で俯いていた女性がそのイェルシアだった。
「ヴァルベルトが兄上の仇だったのね...」
イェルシアは姿だけでなく言葉遣いも変わっていた。事情を理解したイェルシアは涙を流しながら自身の浅慮を恥じ、ジーク達に対し深く謝罪した。
「帝国と交渉する際に黒い騎馬兵を率いた男が自分は新皇帝ヴァルベルトだと明かしたの。今思えば、兄の力を使って私を捕える事が出来たのでしょうね。私が多くの兵を引き連れていたので諦めたのか、そもそも智者の力には興味がなかったのか...いずれにせよ私は騙されていた様ね。」
イェルシアは、今後は兄イェルガに代わって自分が軍を指揮し、帝国に徹底抗戦すると宣言した。彼女の言葉を信じられないとキキはイェルシアを疑いの眼で見たが、ハルザンド王は必ず実行させると約束した。おそらくキキはハルザンド王の言質を取るために芝居したのだろう。
智者の力を発揮するためには正しい情報収集力が必要であるため、ホドム配下の数名をハルザンド王に預け、ジーク達はアルムヘイグへと向かった。勇者の力は強大な敵を打ち払う為にあるとフーゲルは言った。強大な敵とはヴァルベルトの事か、或いはその先に更に強大な何かが居るのか。そんな事を考えながらジークはアルムヘイグへの帰路についた。遠目に望むハルザンド王都に強い風が吹き、周囲の砂漠を巻き上げる。その様が反撃の狼煙に思えた。