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第十九話 識者と愚者

ジーク 主人公 ベントリー領の領主

シンシア 主人公の妻で一男一女の母

カイン ショーウェルズ大司教の息子

ナディア 聖騎士隊の隊長

ヨルム 山岳民族の戦士

ホドム 情報部隊の隊長

マルグリット ジョルジア公爵家の長女で姫騎士

ミリア スーベニア大聖堂のシスター

スーベニアの西の外れにある暗く深い森の中をジークとカインは進んでいた。カインは修行の為に訪れた事があるそうで、彼の案内で道に迷う事はなかったが、とにかく野獣の襲撃が多く、森に入ってから5日経っても目的地に辿り着けずにいた。残りの食料が心許なくなって一旦戻ろうと考え始めた時、弓を携えた一人の老人が突然前に現れた。何度も繕い直したのだろう衣服は見窄らしい。だが背筋は伸び、佇まいに貧相さはない。野獣の多く住む森で生きているのだから、身体能力は悪くないのだろう。


「ワシを訪ねて来られたのかのぉ。そっちの御仁は見覚えがあるぞい。」


老人はフーゲルと名乗った。フーゲルは長身で痩せ型、杖をついているが足取りは確かで、皺くちゃの顔は常に笑っているようだった。カインは突然の訪問となってしまった事を詫び、次いでジークを紹介した。それから2人はフーゲルが住む小屋へと案内され、その家にいた少女に提供されたお茶を飲みながら訪問の目的を説明した。説明には長い時間を要したが、フーゲルはその皺くちゃの顔のままで最後まで静かに聞いていた。いつの間にかお茶を出してくれた少女もフーゲルの横に座っていた。


「面白い事になってんなぁ〜」


話を聞き終えた少女が少女らしからぬ言葉遣いで言った。少女はフーゲルの従者で、名はキキ。数年前に森で彷徨っていたところを保護されたらしい。元はスーベニアのずっと西方で生まれ育ったが、紋章が現れ、識者であるフーゲルの住む森に来たのだと言う。父母は共に神官で、彼女も生まれた時から教会で育ったそうだが、その薄汚れた見た目と先ほどの言葉遣いは、とても教会育ちとは思えなかった。彼女の紋章は愚者だった。


「ジーク殿の紋章についてと、それから奥方の件じゃな。その前に、先ずはワシの隠者の紋章について説明しようかの。」


キキが茶器を片付ける為に席を外したところでフーゲルは話し始めた。フーゲルの識者の紋章は、彼の前世に遡って記憶を呼び出せる力だと言う。フーゲル自身は長命の種族であるそうだが、教会に伝わるような悠久の時を生きる者ではなく、前世の記憶を呼び出せるが故にそう誤解されるのだと言う。多くの知識を持つ理由も前世の記憶を呼び出せる力によるものだった。フーゲルは話を続ける。


「過去のワシは多くの紋章持ちを見てきている。その記憶に照らし合わせれば、どんな紋章かは容易に判別できる。ジーク殿の紋章は勇者、奥方を襲った男は怯者であろう。」


勇者の紋章の力は、本来は強大な敵を打ち払うための力で、周囲の時間が遅くなるのは思考を加速させている為だが、それは勇者の力の一端でしかないと言う。戦い続けていく中で更に成長していくらしい。もう一方の怯者の力は、他者の紋章の力を奪うもので、本来は強敵を前に斃れてしまった仲間の力を引き継ぐ為にあるのだと言う。怯者に力を奪われた者が目覚める事はないが、怯者が力を失えば元に戻るという事だった。


「なら、あの男を斃せばシンシアは目覚めるのか...」


「まあそういう事だな。言葉にするだけなら簡単だがの...」


しかしこの大陸の何処にあの男はいるのか...おそらくは帝国にいる。だが帝国の何処に居るのかは分からない。考えていたジークに対してカインが提案したのは、スーベニアの枢機卿から聞いていたハルザンド第二王子に会いに行く事だった。第二王子は智者。天啓では協力者になるかも知れない者だ。


「あの男の所在が不明である以上、先ずは正攻法で帝国を追い詰めるしかない。その為には智者の協力を得るべきだろう。」


「そうじゃな。智者であればジーク殿カイン殿の役に立つ筈じゃ。智者は政治での権謀術数に優れると言われておるが、戦略戦術にも優れておる。あれは未来を見通す力じゃ。帝国の侵攻を押し返すのに必要な力となるだろうよ。」


「楽しそうだから俺も行くぜ!」


「そりゃ良いのう。これでこの家は静かになる。せいせいするわい。」


突然にキキが言うのでジークとカインは驚いたが、五月蝿いから連れて行ってくれとフーゲルは言った。そのフーゲルの言葉が嘘で、ジークとカインを助ける為、そして何よりキキに森を出て広い世界を見せたいとの考えなのは、キキを見つめる彼の優しい表情を見れば明らかだった。

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