第十八話 スーベニアの巫女
ジーク 主人公 ベントリー領の領主
シンシア 主人公の妻で一男一女の母
カイン ショーウェルズ大司教の息子
ナディア 聖騎士隊の隊長
ヨルム 山岳民族の戦士
ホドム 情報部隊の隊長
マルグリット ジョルジア公爵家の長女で姫騎士
ジーク達は、先ずアルムヘイグ王都へ向かい、カインの父親であるショーウェルズ大司教を訪ね、これまでの事情を説明したが、大司教もジーク達の疑問に対する回答を持っていなかった。
「紋章に関する情報はスーベニア神聖国の大聖堂に集まる。先ずは君たちの敵を知る為にスーベニアへ行くべきだろう。あそこには恩人である枢機卿がおられる。案内状を準備するので枢機卿に会う事は可能だろう。」
そう大司教に助言されてジークはスーベニアへと向かう事を決めた。しかしスーベニアは未だ戦時下にある。帝国のスーベニアへの侵攻はジョルジアと同時期だったが、スーベニア騎士団と信徒達の抵抗は激しく、また帝国兵の中にいた信徒が戦線を離脱したため、帝国は攻めきれずにいた。戦争に巻き込まれる危険を回避したかったが、紋章について深く知るため、またシンシアの情報が帝国に漏れた理由を探るため、スーベニア神聖国での調査は必須だった。
戦時下にあるとはいえ、前線から離れれば人の行き来はある。その人々の行き来に紛れ、ジーク達は冒険者や商人に扮しながら大聖堂を目指した。そうして数日後に大聖堂の一室でショーウェルズ大司教の恩師である1人の枢機卿と会う事ができた。枢機卿に対してジークは、先ずは旅装のままで訪れた非礼を詫び、次いで紋章の話を始めたが、以前から顔見知りだと言うカインが途中から代わり、シンシアが意識を失うまでの一連の流れを順を追って説明した。枢機卿は一通りの話を聞き終えると、側に控えていたシスターを呼んだ。部屋に現れたシスターは10歳ほどの子供に見えたが、俗人とは違う雰囲気を纏い、整った顔立ちからは何の感情も読み取れなかった。
「このミリアは隠者の紋章を持っています。こちらでは彼女を巫女と呼んでいます。」
隠者とは神に人生を捧げて一般社会との関わりを絶った神職を指すが、その隠者の中でも紋章を持つミリアは特別で、祈りの中で神の声=天啓を聞く事が出来るという。彼女を通じて今後進むべき道を神から聞いてはどうかと枢機卿から提案され、一同はミリアが普段から使っている礼拝堂へ移動した。その礼拝堂は古く、大聖堂ができる前から建っていたのだと枢機卿が教えてくれた。その礼拝堂の中心でミリアは跪き、長い祈りの言葉を発し始めると、彼女の左胸の辺りが光り始め、その光がゆっくりと礼拝堂を包む。そして暫くして消えた。光が消える瞬間、ジーク達も神聖な何かの気配を感じていた。
「今日はこれから何回かに分けて天啓をお与え下さいと神にお願いし、お許しを得る事が出来ました。」
「ご助力に感謝します。我々が情報を得るにはどれ程の時間が掛かりそうでしょうか?」
「それは分かりません。一度の天啓で多くの事を知れる訳ではないのです。私達にとって神のお言葉は難解で、『正しい』『間違っている』と言う程度しか認識できません。ですから、これから何度か質問を投げ掛け、少しずつ知りたい情報へと近付いていくしかありません。それに、この力は1日に1度しか使う事が出来ません。」
ジークは焦りを感じていたが、今は待つしかなかった。
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数日後、ミリアが得た情報を整理するという事でジーク達は枢機卿の部屋に呼び出された。ジーク達が訪れると、部屋には既にミリアが居て、直ぐに天啓で得た情報を話し始めた。
「先ず、シンシアのさんの件に関して帝国が関与しているかという問いに対しては『正しい』です。ただ、若干ですが天啓の内容に不確かさが感じられました。その不確かさの理由は分かりませんが、私たちが知り得ない事情があるのだと思われます。」
「帝国での革命、3国への侵攻、それにベントリーへの黒騎兵の襲撃、いずれも従来の帝国では考えられなかった事です。怪しいのは革命を実行した者、あるいはその者を支援する勢力でしょう。必ずしも帝国の全てが敵という訳ではないのかも知れません。」
「だが、その者達が帝国を牛耳っているのであれば、結局は帝国と戦う必要がある。」
「それはそうですが、帝国は強大です。帝国が一枚岩でないとすれば、その綻びを利用する事が出来る筈です。」
「なるほど。」
ジークとカインのやり取りが終わるとミリアは話を続けた。
「お二人には協力者が必要です。識者と愚者が助けてくれるでしょう。智者も協力者ですが、先程の件と同様に不確かさがありましたので、何らかの問題がありそうです。」
ミリアがそう告げた直後はジークには言葉の意味が理解出来なかったが、直ぐに枢機卿が補足してくれた。識者とは悠久の時を生きて多くの知識を有する者、愚者とは突拍子のない行動で相手を惑わす者、智者とは権謀術数に長けた者、いずれも紋章の力を持つ者達だという事だった。しかし識者と愚者が何を助けてくれるのか、なぜ智者は問題があるのか、具体的な事は分からなかった。
ミリアが告げた天啓の内容について枢機卿と話し合った後、話題はジークが持つ紋章へと移った。枢機卿は勇者か剛者のどちらかであろう、だがどちらも単騎での戦闘力を大幅に強化する力と考えられているが詳しい違いが分からない、正しく判断できるのは識者であろうと言う。識者はずっと長い間棲家を変えておらず、枢機卿からその場所を教えてもらう事ができた。
最後に、シンシアの情報がどこから漏れたのかについて話し合った。帝国との開戦前に数名の神官がスーベニアから姿を消していて、その神官達が疑わしいのだが、シンシアの情報が漏れたのはかなり前の筈で、現時点で断定する事は難しそうだった。そもそも秘密であったシンシアの事が何故漏れたのかも分からない。またカインの情報も漏れている可能性があると言われた。統一教内部に深く根差した勢力が存在しているのは間違いない。枢機卿は調査すると約束してくれた。
今後はホドムを通じて情報共有する事を確認し、ジークとカインは識者の棲家へと向かった。ナディアは帝国への反抗作戦のために分かれて行動する事になった。