第百六十話 王国を吹く風に乗って(最終話)
連邦軍は解体され、連邦政府が独自の軍を持つ事は禁止された。また連邦議会は復活し、連邦政府と共に加盟国の参加により運営される事になった。イェルヴェ達が加盟国に強要した法律は破棄された。ハルザンドは連邦の支配を逃れて都市国家の集合体として新たな政治体制を取り入れ、スーベニアはかつての神聖国へと戻りつつある。南北の大陸間の交易も再開され、同時に南大陸での陸路での流通も復旧され、経済活動が活性化するだろう。
統一教は、基本的な教えは変わらないが、新たに勇者と勇者を支えた者達の事績を経典として纏め、彼等を信仰の対象に加えた。マリウスは各国を巡ってこの新しい統一教の布教に生涯を捧げた。
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中央政庁でイェルヴェが捕縛された後、ジゼルは姿を消し、誰も彼の行方を知る事が出来なかった。ただ、何人かはジゼルが姿を消すだろうとは予想していた。
「奴の事だ。これからどうするかは自分達で考えろとでも言うのだろう。奴なら下界の何処かで見守っているであろうし、困難が訪れた時にはまた姿を現すだろうよ。」
テラスゴのその言葉に、ジゼルをよく知る者達は寂しさを感じつつも、やはりそうだろうかと納得した。
「最後の挨拶ぐらいはしたかったわね。」
「でも、どこで見守っているんでしょう。」
「それは分からん。姿を消しているだけで、すぐ側にいるのかも知れん。」
「また会えるかしら。」
「どうだろうな。奴が現れるのは人々に大きな困難が降り掛かる時だ。また困難が降り掛かってくるのは避けたいがな。」
「それもそうね。」
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ある王国のある農村地帯を風が吹き抜け、実り始めた麦穂を揺らしている。ジゼルと彼に付き従う3柱の眷属神はこの風に乗って下界の街や村を見守っていた。
ジゼルは北大陸の古の神々と同じく下界に留まったが、古の神々とは異なり、人々の普段の営みには加わらない事を選択した。南大陸の神々の様に紋章を持つ者達を通じて力を示す事もしない。それ故に人々がジゼル達の存在を身近に感じる事はない。姿を現すとすれば、力を示すとすれば、それは人々が乗り越えられない程の大きな困難に襲われた時だけだ。人々の営みは人々に委ねるべきで、もしかすると自分達への信仰が薄れていつか力を失う事があるかも知れないが、ジゼルはそれでも構わないと考えている。
人々の前から姿を消してから既に十数年が経過し、ジゼル達は人々の生活圏からは遠く離れた険しい山の中に居を構えてそこで生活していた。生活といっても大した事はしていない。飲食は必要なく、睡眠や休息も必要ない。以前よりはっきりと姿を現せるようになった三柱の眷属神とゆっくりとした時間を過ごし、時折は風に乗って人々の営みを見て回っている。
この日もジゼル達は農村地帯を吹く風に乗って人々を見ていた。
「やはり今年は豊作の様ですね。この景色は何度見ても飽きません。」
「シンシアは麦畑が好きよね。でも私も好きよ。砂漠のオアシスも好きだけど。」
「次は何処に行きましょうか?」
「マリリアの孫が居るカーマインはどう?」
「良いんですか?」
「もちろんよ」
「じゃあ行こう。3人ともしっかり掴まってくれ。」
農村にまた新たな風が吹き、その風に乗ってジゼル達は去っていった。
第十一部 完