第百五十八話 連邦との決戦前夜
アルムヘイグでも国軍と連邦軍の対峙が続いていた。アルムヘイグでは有力貴族も私軍を持つが、それぞれ自領を守るのに精一杯で、王都に援軍を出す余裕はない。王家が集められたのは王都周辺の国軍だけで、戦力としては連邦軍の3割程度でしかなかった。武装の違いもある。連邦軍が本気で攻めれば王都が陥落するのは明らかだった。但し、連邦軍側に本格的な戦闘を行う意思はない。犠牲が出れば自分達の支配地域の国力低下を招くだけ。彼等とすれば反連邦の態度をどうにか改めさせたいだけだった。
アルムヘイグ王都と対峙する連邦軍がスーベニアから北上してきた別の連邦軍を発見したのは王都との対峙を始めてから3ヶ月後の事だった。だが、その軍はカーマインでの武装組織の討伐作戦を中止して連邦中央政庁の守備に就く予定であった筈だ。事情を確認しようと副官が赴くと、キースの指示によりスーベニア経由での行軍となり、しかもその際にキースと指揮官が討たれたという事だった。
「指揮官を失うとは何とも不甲斐ない奴等だ。キース殿が討たれた事にも驚いたが、それにどう対応するかは連邦政府が考えるべきであろう。さっさと中央政庁へ向かわせろ。」
「彼等は長い行軍であったのでこの付近での野営を求めています。」
「なにぃ...なんて図々しい。まあ仕方ない。王都攻略の邪魔にならぬ様に離れた場所で野営させろ。」
「了解致しました。」
スーベニアから北上してきた連邦軍は指示に従いアルムヘイグの連邦軍の後方で野営準備を始めた。アルムヘイグの連邦軍の指揮官はその野営場所に違和感を感じたが、キースを討ったというスーベニアの勢力の方が気になっていた為、いざとなれば奴等を盾にすれば良いと判断し、野営場所の変更を求めなかった。
2日後の夜、スーベニアから来た連邦軍は一斉にアルムヘイグの連邦軍へと襲いかかった。多連装砲や大型弩弓を相手に向かって正面から放ち続け、同時に歩兵部隊が左右から押す。哨戒中だった僅かな兵を除いて仮眠していたアルムヘイグの連邦軍は、この夜襲により大きな被害を出し、物資を奪われ、陽が登り始める頃にはアルムヘイグ王都付近へと押し込まれていた。どうにか反抗の態勢を整えようとしたが、騒ぎに気付いた王都側からも攻撃され、裏切った連邦軍とアルムヘイグ国軍に挟撃される形となって数を減らしていった。
ジゼルが西方諸国からアルムヘイグへ到着する頃には戦闘は終了していた。
ーーーーーーーーーー
連邦の中央政庁がある都市は今では兵士で溢れていた。元々、この都市の守備は連邦軍とは異なるイェルヴェ達の直轄の軍が守っているが、それに加えてジョルジア駐留の連邦軍を呼び戻し、更にキースが率いていた連邦軍の主力も戻っている。指示を無視してスーベニアへ行ったキースが討たれたのは計算外、ハルザンド軍港を落としに行ったフーゲルも行方不明で、今やイェルヴェしか残っていない。軍を率いていた2人を欠いて、とても多くの兵士を指揮できる状態ではなかった。
「どこで間違えた...」
イェルヴェは執務室で1人の頭を抱えていた。思えば北の大陸を攻めた辺りから歯車が狂い始めている。いや、その前のスーベニア攻略からか。智者であるイェルヴェは未来を正確に予測できていた筈だが、その予測が外れ始め、今では全く予測できなくなっている。残っている手札と言えば、キースが開発した神装具と、主だった軍関係者や政府役人を従わせる為の人質ぐらいだった。どうにか人質を盾に勇者を討てば、討てないまでも食い止める事が出来れば...
「無理だ。時間稼ぎにしかならん。じきにゲイルズやジョルジアも反連邦に与する。そうなれば残った軍を維持する事もできん。」
「コンコンコン(ドアをノックする音)」
直轄軍の指揮官が入ってきた。
「イェルヴェ様、直轄軍の都市防衛の配置を完了いたしました。戻ってきた連邦軍主力部隊は都市北部の人質達を見張らせています。ジョルジア担当の軍は引き続きジョルジア方面への備えとして都市東方で待機しています。」
「分かった。」
「そっ、それで...勇者が現れたらどう致しましょうか?」
「迎え討つしかあるまい。現れたら私も出る。」
直轄軍の指揮官も連邦側の不利は承知している。彼はイェルヴェによって下級士官から引き上げてもらった恩があり、イェルヴェと運命を共にする覚悟ではあるが、しかし人質を取って他者を従わせるやり方には賛同できずにいた。
「激しい戦闘になる可能性があります。非戦闘員を都市から避難させては如何でしょうか?」
「それはダメだ。戦闘は都市の外でやる。非戦闘員は都市に篭っていた方が安全だろう。」
「了解致しました。」
イェルヴェも直轄軍の指揮官も勇者との戦闘がどうなるか予想できずにいた。フーゲルの部下からハルザンド軍港での勇者との戦いの様子を聞いてはいるが、とても人の為せる技とは思えない。彼等は各軍の指揮官を集めて軍議を開いたが、何ら具体的な策を立てる事ができず、ただ勇者が現れるのを待った。