第百五十四話 スーベニアへの上陸
ハルザンド軍港を取り戻す為に連邦が集めた軍が殆ど戦う事なく勇者1人に降ったという報せが大陸全土を駆け巡った。この報せを受けて連邦の支配下にある各国は態度を大きく変えた。連邦の影響力が大きいアルムヘイグとスーベニアを除く各国は反連邦の姿勢を明確に打ち出した。
連邦が南大陸を支配し得たのは軍事的に優位であった為だが、2度の北大陸への大規模侵攻に失敗し、またキースが率いる連邦軍の主力部隊はカーマインでの反連邦武装組織の討伐に手古摺っている。加えて、ハルザンドで勇者に降った各国国軍の兵は自国への帰路にあり、未だに各国に分散配置された連邦軍は居るものの、連邦が圧倒的な軍事的優位性を保っているとは言えない状況になっていた。
「勇者がいれば必ず勝利できる。」
連邦の支配に苦しむ各国の人々は、そんな根拠のない、だが必ずそうなるだろうという確信を持っていた。そんな人々にスーベニアでの連邦軍敗北の報せが届いた。
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フーゲル率いる寄せ集めの軍がハルザンド軍港に迫っていた頃、大型船に乗ったクリス達は大陸南部のスーベニアへと到着していた。スーベニアの小さな港を守る守備兵をテラスゴとゴードが蹴散らし、既に100名の神殿騎士と300名の聖騎士が上陸している。
「迎撃準備を急いで。直ぐに連邦軍が来るわよ。」
完全に連邦の支配下にあるスーベニアに常駐する連邦軍の定数は5000と少なく、しかも現在はカーマインの反連邦武装組織への対応の為にその半数しか残っていない。それでも2500という兵力はクリス達にとって脅威だった。おそらくスーベニアの連邦軍は直ぐに向かって来るだろう。長引けばアルムヘイグなどからの援軍もあり得る。いざとなれば海上に逃れれば良いが、出来ればスーベニアを取り戻したい。数日でどれだけ迎撃できるかがカギだった。
戦闘が始まると手始めに遠距離攻撃できる多連装砲や大型弩弓が使われる。だが多連装砲も大型弩弓も、それを使う為の設置作業や試射が必要になる。防衛側は予め準備しておけるが、攻撃側は進軍後に設置作業を始める為、どうしても攻撃側は後手となってしまう。そうならない為に攻撃側の指揮官は工夫するのだが、敵軍が隘路などで待ち構えていると工夫できる余地は殆どない。クリスが選んだ防衛地点はそんな地形だった。
「テラスゴさんとゴードさんは隘路を挟む高台に陣取って、連邦軍を高台に近づけないで下さい。隘路に入り込んだ連邦軍は私達で片付けます。」
「任せよ。クリス殿は無理せぬようにな。」
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スーベニアに常駐する連邦軍が迫って来たのは10日後の事だった。
連邦軍を率いてきた指揮官は隘路のを挟む左右の高台に敵軍が居ないと判断し、それぞれ500ずつを送って高台を確保するよう命じた。この高台は、連邦軍側から見れば遠回りに迂回すれば登れる坂で、クリス側から見れば急峻な崖となっている。仮に連邦軍が高台を確保できれば敵軍に対して一方的に多連装砲や大型弩弓を放てるのに対し、クリス側が確保したとしても多数で迫って来る連邦軍に追い詰められてしまう。
「敵軍は地形の選択を誤った様だな。」
それが連邦軍の指揮官が感じた事だった。左右の高台を抑えれば敵軍を一方的に攻撃出来るし、仮に敵軍が遠距離攻撃の射程外まで退けば、隘路を通り抜けて残り1500で攻めれば良い。犠牲は出るだろうが、負ける事はない筈だった。だが、これは連邦軍を分散させる為にクリスが準備した餌だった。クリスとしては、一度に2500と戦うのは避けたい。どうにか隘路に入って来る連邦軍の数を減らしたかった。上陸したばかりで選択できる地形が限られる中で考え、隘路を挟む高台を連邦軍を釣る為の餌とした。
高台を登り始めた連邦軍の分隊はテラスゴやゴードによって妨害された。神々への攻撃は効かない。神々からの攻撃も兵達が守りに徹すれば避けられる。だが重量のある多連装砲や大型弩弓は簡単には動かせず、テラスゴやゴードによって破壊されていった。兵器が破壊されてしまっては高台を確保する意味がない。だがそれを防ぐ事は出来なかった。
「仕方ない。隘路を抜けて敵軍を直接攻撃せよ。敵の矢を恐れずに駆け抜けろ。」
連邦軍の指揮官がそう指示すると1500の兵が一斉に隘路へと進んでいった。そうして兵の大多数が隘路の中程に達した時、数本の大型弩弓による火矢が隘路へと飛来し、地面へと突き刺さった。次の瞬間、隘路の中程で大爆発が起こり、多数の兵が吹き飛んだ。隘路に埋設した大量の爆薬によるもので、クリス達がハルザンド軍港で鹵獲したものだった。クリス達は爆死を免れて生き残った兵達に向けて次々と大型弩弓を放った。
隘路に入った連邦軍は指揮官も含め1000を超える死者を出した。後方に残した物資も敵の手に渡っている。高台に登った分隊の隊長は体勢の立て直しが必要と判断し、かつて大聖堂があったスーベニア中心都市へと撤退していったが、その過程で追撃を受け、さらに数を減らした。