第百五十一話 ルルとフローラ
フローラはジゼルの2歳年下で13歳、とは言ってもジゼルの正確な年齢は不明なのだが彼は15歳という事になっていて、フローラはジゼルを兄として慕い、幼い頃はジゼルの後を追いかける事が多かった。だが13歳ともなるとある程度は分別がつく様になり、特に最近の連邦軍との戦闘の際のジゼルの光り輝く姿を見てからは、何となくジゼルに近寄り難く、話しかける事が少なくなっていた。その代わりという事ではないが、フローラはルルと居る事が増えた。ルルはジゼルと同じ年齢で、姉の様に接してくれた。
連邦軍との戦闘で負傷した者は多い。重症者は統一教の医療班が治療しているが、それだけでは間に合わない。フローラも、元々は聖者の紋章を秘密にする様に母からは言われていたのだが、今更そんな事を言ってもいられず、聖者の力で軽傷者の治療に当たっていた。もうかなりの回数をこなし、それに伴って徐々に聖者の力も増していると感じる。しかしそれでも重症者を回復できる程ではなく、また聖者の力を使った時の疲労も大きい。
「どうした。疲れたか?」
その日の治療を終えて家に戻った時、ジゼルが食事をしながらフローラに話しかけてきた。ジゼルは父と共に出掛けている事が多く、決まった時間に食事を摂る事が出来ない。この日も夕方になって漸くまともな食事にありつけた様だった。フローラはジゼルが食事している食卓の隣の椅子に座る。食事の際のフローラの定位置だ。
「お兄ちゃんこそ疲れてるんじゃないの。今日も朝暗いうちから出掛けてたでしょ。」
「僕は大丈夫だ。癒しの加護があるから疲れない。」
「本当? 無理しないでね。」
「分かったよ。フローラも無理するなよ。」
フローラがジゼルとまともに会話したのは数日ぶりだった。やや素っ気ない態度になってしまったが、心の中には久しぶりに会話できて嬉しく感じる部分もある。食事をあらかた食べ終わったジゼルがフローラの頭を撫でた。もう子供じゃないのよと言おうと思ったが、頭を撫でるジゼルの手の温もりが気持ちよく、フローラは言葉を飲み込んだ。その日は普段よりぐっすりと眠る事ができ、翌日に疲れを持ち越す事はなかった。
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ルルは魚人族向けに建設された住居で寝起きしているが、魚人族の代表として様々な会合に出る必要があり、ジゼルとも顔を合わせる機会が多い。だが、ルルの出席が必要な議題は主に交易と防衛のみ、それが終わるとジゼルはさっさと次の会合へ行ってしまうので、ジゼルとゆっくり会話する機会は限られた。最近は治療行為の合間に休憩しているフローラと話す事が多い。それ以外の時間はヨナに乗って空を飛んだ。一度だけフローラを同乗させた事もあったが、彼女は高い所が苦手な様だった。
ルルは連邦との戦闘には参加していない。周囲に大反対されてしまった。だが戦闘での魚人族の死傷者は少なくない。治療を受けている同族を見かけると、悔しさと申し訳なさが同時に湧き起こる。次こそは戦闘に参加して皆を守ると密かに思っていた。ルルの強みは、魚人族として泳ぎが達者なのは勿論だが、ヨナに乗れる事もある。矢の届かない遥か上空からどうにか攻撃する手段はないかと考えていた。
フローラについても気になる事がある。フローラはジゼルの妹の様な存在であるが、最近は彼女のジゼルに向ける視線が変わってきていると感じる。鈍感な男連中には分からないだろうが、フローラと接する機会の多いルルなら分かる。おそらくフローラの母であるフレミアさんも気付いているだろう。ジゼルへの恋心を自認しているルルにとってフローラは強力なライバルとなる。どこかでフローラと話し合おうか、でも自分の気持ちに気付いていないフローラにこの話をするのは藪蛇か、そんな事を考えて眠れない夜もあった。
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だが、ルルとフローラの2人が想いを叶える事は出来なかった。彼女達がジゼルに付いていくには実力があまりにも足りなかった。ジゼルが連邦打倒へと旅立つ際、フローラは同行を申し出る事も出来ず、ルルは付いて行くと言い張ったが周囲に猛反対された。それ以降、彼女達はジゼルと再会する事はなかった。
フローラは成人後、北大陸に移住していた将来有望な青年と結婚し、その青年と共にガイの後を継いで森人族の里長として発展に貢献すると共に、統一教の医療技術を取り入れて北大陸の医療体制の充実に努めた。
ルルは魚人族が住む孤島へと戻り、後年に父の後を継いで女族長となって魚人族を率いた。北大陸だけでなく南大陸との交易路も構築し、それによって魚人族の生活は安定したが、彼女自身は生涯誰とも結婚しなかった。