第百四十五話 連邦海軍の増強
連邦軍が東方各国との戦闘で使った兵器は擲弾発射器とでも呼べる物だった。単に火を付けた爆弾を投石機などで投げるだけ、或いは大型弩弓の矢の先端に爆弾を付けるなど幾つかの種類はあるが、東方各国との戦闘では、矢の推進力に火薬を用い、更に先端に筒状の爆薬を仕込んだ物だった。命中精度は極めて低いが、複数の矢を次々と発射する事ができ、射程も長い。火薬の存在自体は以前から知られていたが、それを兵器として実現させた例は稀だった。キースが開発した兵器で、多連装噴進砲、或いは単に多連装砲と呼ばれた。
敗退した東方各国は、依然として連邦への抵抗を試みたが、全体としての統制を欠き、また既に多くの兵を失っている事もあり、連邦軍の相手にはならなかった。一方の連邦は、東方各国の征服を急がず、既に統治下にある地域の内政と、更なる軍備増強を優先していた。特に優先していたのは海軍力の増強で、ハルザンドの軍港周辺を厚い壁で囲み、その中で軍艦の建造が進められた。この軍港周辺は軍関係者しか立ち入る事が出来ず、ホドムが中を調査できない程に厳重に警戒されていた。
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「ハルザンド軍港の警備が厳しい事から、連邦政府は北への侵攻を諦めていないと思われます。ジョルジアでの戦闘で使われた兵器の件もあります。ご注意下さい。」
ホドムからの連絡を受けたホドラムがその場に集まった者達へ南の状況を報告していた。ガイ、クリス、マリエラ、ルル、それにジゼルがいた。マリウスは北大陸での統一教組織の構築に忙しく、フレミアとフローラは怪我人や病人の治療がある為、戦争関連の話に参加する事は殆どなかった。
「こちらに攻めて来る兵数を予測できますか?」
ジゼルが質問した。ジゼル達が北の大陸に着いて既に2年が経過している。ジゼルの正確な年齢は不明だが、北の大陸に着いた時点を11歳とし、今では13歳になっていた。大人程ではないが同年代の中では逞しい体格を持ち、声変わりも始まっている。
「兵数を判断する材料がありません。海軍が所有する軍艦の数が分かれば良いのですが、現状では陸側から軍港の中を窺い知る事が出来ません。」
「魚人族が偵察してみるのはどうですか? 魚人族なら海から近寄れます。夜間であれば発見される可能性も低い筈です。」
ルルが横から口を挟んだ。魚人族との交流は少し前から始まっているが、彼女は未だに魚人族の島に戻っていなかった。最近はフローラと共に常にジゼルの側にいる事が多い。未だ幼さを残す外見だが、言葉遣いは大人びてきていた。
「危険ですが、それ覚悟で威力偵察するという手段もあります。偵察のついでに一当たりしてみれば敵の力量も分かると思います。」
そう言ったのはマリエラだった。最近はクリスの副官代行に就き、彼女から戦術を学んでいる。クリスは知略に優れた騎士だが、既に40代半ば。後進の育成に積極的で、同時に海上戦力の強化に取り組んでいた。マリエラも海上戦力の強化について知っている。
「マリエラ、こっちの海上戦力の試しも兼ねるんでしょうけど、威力偵察は逃げ切れる手段がないと採用できないわ。残念だけど今回は無理ね。」
「クリスの言う通りだ。消極的だがルルの案でいこう。ヨナによる上空からの偵察も組み合わせれば確実だろう。」
ガイのその言葉に全員が頷いた。
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南の偵察に向かったのは艦長であるマリエラ、海からの偵察を担当する魚人族、上空からの偵察を担当するジゼル、船上から弓矢での攻撃を担当する森人族、それと操船を担当する南からの移住者だった。ルルはジゼルへの同行を希望したが、彼女は魚人族の代表として北大陸の住人との会合が予定されていた為に同行出来なかった。
軍港の偵察は目論見通り実施され、海上および上空から連邦海軍の軍艦数を確認する事が出来た。その時点での大型船の数は10隻を超え、それも従来の大型船よりも大きく、表面は鉄板で覆われている様だった。仮に1隻あたり500の兵を運べるとすれば、全体で5千もの兵数となる。その他にも建造中の大型船が何隻かあった。