第百四十三話 アルムヘイグの従属
アルムヘイグへ派遣した特命捜査官が亡くなったとの報を受けた連邦政府は直ぐに連邦軍の派遣を決めた。アルムヘイグへ進軍した連邦軍は爆破事件が起きた街を占拠し、アルムヘイグ側による証拠隠滅を防ぐという名目で現場検証の為に訪れていたアルムヘイグ側の関係者を締め出した。この連邦の動きをアルムヘイグ側は強い口調で非難し、国軍を王都周辺に集結させ、連邦軍と対峙させた。この時点でのアルムヘイグ側の目論見は爆破事件の現場となった街から連邦軍を退去させる事だけだった。兵数で圧倒すれば連邦軍が退くだろうという甘い考えだった。
だが、連邦軍はハルザンドおよびスーベニアからも進軍を開始していた。国境にもアルムヘイグ国軍は残されているが、その数は僅か、突破されると王都まで遮るものがない。3方向から包囲される事になるアルムヘイグ国軍は守るのか攻めるのかの判断を迫られた。3箇所に分かれている連邦軍の兵数はそれぞれ1万、それに対して王都に集結したアルムヘイグ国軍は5万、数字の上ではアルムヘイグ側が圧倒していた。
この時、アルムヘイグ側が王都の守りに専念すれば、もしかすると負ける事はなかったかも知れない。だが、アルムヘイグ側は事件現場を占拠している1万を蹴散らした上で2方面と対峙すれば良いと判断し、事件現場のある街へと進軍してしまった。数日かけて街へと迫った連邦軍が見たのは、強固な守りで待ち構える連邦軍だった。街の周囲には簡易ながら鉄製の塀があり、その隙間から多数の大型弩弓の矢が見える。兵の前には二重の空堀が掘られている。街のある高台には弓矢を構える兵達が並んでいた。
「恐れるな。数では我等が圧倒している。さっさと連邦軍の奴らをアルムヘイグから追い出すぞ。」
国軍を率いている指揮官は無能ではないだろうが、固く守る連邦軍を相手に兵を損なわずに勝てる手はない。また後方から迫る2軍が来る前に目前の敵を壊滅させる必要があった。指揮官は全軍での力攻めを指示した。国軍は雄叫びを上げながら連邦軍へと突撃した。
「先ずは大型弩弓と弓矢で数を減らせ。」
連邦軍を指揮しているのはフーゲルだった。フーゲルの指示で連邦軍側から多数の矢が放たれ、アルムヘイグ国軍を次々と倒していった。だが、それでも国軍の勢いは止まらず、街を囲む空堀へと到達する兵が出始めた。フーゲルは大型弩弓を退げさせ、塀の内側から槍で応戦させた。嫌な匂いが周囲に広がる。空堀と思われた場所の底には燃焼性の高い油があり、そこを踏みながら空堀を超えてきた国軍の兵はその油に塗れていた。危険を察知した国軍の指揮官は後退を指示したが、その声は間に合わなかった。
「よし、火を付けろ。」
フーゲルの掛け声で多数の火矢が空堀の周辺へと放たれると、油に塗れた国軍兵は次々と炎に包まれていった。苦しみ、泣き叫ぶ声が彼方此方であがる。燃え盛る炎の熱は凄まじく、鉄壁に守られていた連邦軍もその場から離れざるを得なかった。国軍は混乱し、逃亡する兵も少なくなかった。混乱する国軍に対して連邦軍の騎馬隊が側面から突撃する。街からは引き続き多数の矢が降り注いでいた。
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初戦で5千人近い死者を出し、農民兵を中心に多数の脱走兵がでたアルムヘイグ国軍は、ハルザンドとスーベニアからきた連邦軍に包囲された段階で降伏した。未だ兵数的には拮抗していたが、何人かの将校を失い、また大きく士気を落としていた国軍には、これ以上の戦闘を継続させる意思がなかった。連邦軍は指揮官を捕縛したが、その他の兵は武装解除の上で解放した。その上で連邦軍はアルムヘイグ王都へと進軍した。王都を包囲されたアルムヘイグは、抵抗する事なく城門を開いた。
戦後、アルムヘイグは連邦政府から派遣された政務官による統治を受け入れ、連邦政府が提示した法律に基づいて王権が大幅に縮小された。国軍は縮小されて地方都市の守備を命じられ、代わりに連邦軍が増強され王都周辺に駐留する事になった。アルムヘイグで起こっていた襲撃事件や爆破事件はアルムヘイグに住む過激派住民によるものと連邦政府は発表したが、それを信じる者はいなかった。