第百四十二話 連邦制の変質
南の大陸にある全ての国は連邦に加盟している。この連邦はアゼルヴェードの帝国へ対抗する事を目的に成立した経緯があり、その役割は、連邦外との軍事作戦や外交とそれに伴う各国との調整が主な役割だった。主権は依然として各国にあり、その一部の権限を連邦政府に委任するという形をとっている。各国の徴税権は加盟各国が持ち、国毎に割り当てられた額を拠出して連邦政府の活動資金とする。軍隊も、加盟各国の国軍から派遣された部隊を集めて連邦軍とし、連邦政府の指揮下に置いていた。
帝国が崩壊して明確な敵国がなくなると、連邦政府の権限は大幅に縮小され、加盟各国に共通する課題、具体的には国家間の協定の改訂や、或いは係争の調停が主な役割となる筈だった。しかし帝国によって王政が消失したハルザンドの再興を目的に連邦政府や連邦軍の規模は維持された。後にハルザンドが北の大陸との交易で利益を産み出し始めると、ハルザンドを管轄する連邦政府は自前の予算と軍隊を持つ様になり、最近ではスーベニアをも管轄下に置いた。それと同時に連邦政府は北の大陸を外敵と認定して戦時措置法を発動すると、連邦議会を解散し、議会の承認を経ずに連邦軍を動かせる様になっていた。
だが、財政面で見ると連邦政府は苦しい状況だった。資金の源泉であった北の大陸との交易が停止されている。そこで連邦政府が目を付けたのが各国の教会からスーベニアへと流れる統一教信者の献金だったが、大聖堂が消失し、各国からスーベニアへの献金の流れは途絶えている。イェルヴェがハルザンドの新興貴族達から奪った財産を拠出して連邦政府の財政を支え、それによってイェルヴェの発言力は増したが、遠からず連邦政府が資金不足に陥るのは確実だった。
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ジョルジアとアルムヘイグの国境付近にある連邦政府の中央政庁の一室でイェルヴェ、フーゲル、キースの3人は今後の方針について話していた。フーゲルが送り込んだ北大陸への侵攻部隊は撃退され、1隻だけ戻ってきた大型船は大陸西部で炎上した。また、ハルザンド東部の海岸線で発生した戦闘も報告され、逃亡者は海上を北に逃れていた。連邦海軍を増強する事が急務だが、それを実行するには多額の資金が必要だった。
「アルムヘイグかジョルジアを抑えれば東西の人と物の流れを掌握出来る。その流れに課税すれば良いじゃないか。結構な資金が手に入るよ。」
キースが他人事の様に言った。彼の関心は兵器開発であって、その為の資金をどう集めるかと言う点には興味がない。
「やるとすればアルムヘイグだな。あそこは大国だけあって国単体での税収入も多い。」
「待てよイェルヴェ、キースの話を間に受けるな。徴税権は加盟国が持っている。そこに手を出すと面倒な事になる。反感を買って加盟国からの資金拠出が打ち切られると連邦政府の財政が破城するぞ。」
「あちらから手を出して貰うのさ。どのみち今のままでは資金不足になる。」
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連邦政府の中央政庁はアルムヘイグの国境地域にある。連邦政府の役人が西方の加盟国へ向かう際はアルムヘイグを通るしかない。加えてハルザンド牢獄からの脱獄事件以降の監視が未だに続いており、その為の人の出入りも少なくなかった。だが、最近になってアルムヘイグで連邦政府の役人を襲撃する事件が多発していた。死傷者は少なかったが、いずれの事件も襲撃犯を捕縛出来ず未解決のままだった。一連の襲撃事件は連邦政府から加盟国への警備強化依頼という形で伝達された。
各国の関心がアルムヘイグに集中するなか、連邦政府は事件究明の為の一層の努力をアルムヘイグに要請すると共に、特命捜査官の派遣と連邦軍による襲撃犯討伐への協力を申し出た。これに対してアルムヘイグは特命捜査官の受け入れのみ了承し、連邦軍の方は拒否した。1ヶ月後、派遣される特命捜査官が決まるとアルムヘイグ側は迎えの使者を送り、捜査本部が置かれる予定のアルムヘイグ王都へと随行した。
アルムヘイグ王都への道中、護衛を入れると50名を越す一行は街の複数の宿を貸し切って分散して宿泊していた。特命捜査官はその中で最も高級な部屋をあてがわれ、その部屋に多くの木箱を持ち込み、アルムヘイグからの使者と今後の捜索について話していた。だが、特命捜査官は疲れのせいか視線が定まらず、額に大粒の汗を浮かべていた。
「捜査官殿、体調がすぐれない様でしたら続きは明日にしましょう。」
そう言った使者に対して捜査官が返した言葉は予想とは違っていた。
「使者殿、貴殿を巻き込んでしまって申し訳ない。だが私には選択の余地などないのだ。」
「どっ、どうなされましたか?」
使者がそう言いかけた時に捜査官は後ろの木箱を開け、火のついた燭台をそこに投げ入れた。その直後、捜査官達がいた部屋を中心に大爆発が起こり、周囲に爆風と破片と炎が撒き散らされ、周囲の建物を巻き込んで火災が発生した。翌早朝に火災は鎮火したが、特命捜査官とアルムヘイグの使者、それに護衛の何名かが亡くなった。この事件は連邦政府へ直ぐに伝えられた。