第百四十話 南大陸からの脱出
小人族の里を出たガイ達は、往路と同じく山岳民族に扮してベントリー領を通過した。その際にも警備兵に呼び止められたが、怪しまれる事はなかった。ホドムから預かった小人族6名は前日夜に出発し、山岳民族の里で落ち合う事になっている。彼等は諜報活動に優れた種族であり、ガイ達と共に移動するよりは、彼等だけで移動した方が発見され難いという事だった。小人族の若者6名を率いるのはホドムの息子、彼は将来的にホドムの名と立場を継ぐ事が決まっており、名をホドラムと言った。
山岳地帯からジョルジアを抜けてハルザンドへ差し掛かって野営している時に、別行動していたホドラムがガイ達の前に現れた。
「ガイ殿、どうもハルザンドの警備が厳しくなっている様です。」
「戦闘になりそうか?」
「オアシス都市の周辺は夜陰に紛れて進めば戦闘を回避できるかも知れませんが、警備が厳重な海岸付近では戦闘になるかも知れません。どうぞお気をつけ下さい。」
「了解した。ホドラム達は先に船のある場所まで行けるか?」
「我等だけでしたら問題ありません。」
「小舟を隠してある場所は前に伝えた通りだ。付近には魚人族が潜んでいるので、彼等と共に出発の準備をしてくれ。警備に見つかりそうになったら先に沖合の大型船へ向かっても構わない。」
「分かりました。どうかご無事で。」
ホドラムはそう言うと姿を消した。この頃には大陸西方に上陸して逃げた敗残兵の件が大陸中に伝わり、大陸全土の、特に北側の海岸線の警備が強化されていた。ガイ達は砂丘の影に隠れながら月の光だけを頼りに先を急ぎ、日中は外套で身を包んで砂の中に潜んだ。ホドラムの情報通り、ハルザンドのオアシス都市の周辺までは発見される事はなかった。
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ハルザンド東方のオアシス都市を過ぎた辺り、ガイ達は海岸線から少し離れた砂丘にうつ伏せになって海側を確認すると、海岸線を警備する兵士達が見えた。陣幕を張り、その周りに5名の兵士がいて周囲を警戒している。陣幕の中を窺い知る事はできないが、おそらくは同数程度の兵士が休んでいるだろう。東と西の数百メートル先には別の陣幕が見える。この間隔で10名ずつの兵士を配置していると仮定すると、全体ではかなりの兵数を配置している筈だった。
「薄く伸びた警戒網です。目前の兵士だけであれば容易に突破出来ます。命令されれば今すぐにでも斬り掛かります。」
神殿騎士がガイに言った。同行している神殿騎士2名は特に剣術に優れた者を選別している。ガイとジゼルもいる事を考えれば、突破は容易だろう。ここを突破さえすれば、後は小舟を隠している岩壁の下まで降りていくだけだった。ただ、既に小舟が発見されていれば、その為にホドラム達が既に沖へ漕ぎ出していれば、ここを突破しても意味はない。ここからは見えない岩壁の下に兵士が待ち構えている可能性もあった。
「考えていても仕方がない。いくぞ。」
ガイはそう言うと警戒中の兵士へと駆け出し、ジゼルと神殿騎士もその後に続く。だが、それに気付いた兵士の1人が警笛を鳴らした。ガイは警笛を鳴らしたその兵士を一撃で斬り倒し、また直ぐに近くの兵士に斬り掛かる。その他の兵士にもジゼルや神殿騎士が斬り掛かる。陣幕から出てきた兵士達も戦闘に参加してきたが、ガイ達は数の不利にもかかわらず敵兵を斬っていった。残りの兵士を戦闘不能にすると、ガイ達は海岸へと向かって駆けた。
だが、海岸へと向かう途中でガイ達は小舟を隠している岸壁の下から登って来る兵士達を見た。小舟を隠していた場所が発見されていたのだろう。警笛を聞き付けて近くの陣幕から来た援軍も迫っていた。ここは一旦切り抜けて別の脱出手段を考えるしかないとガイが考え始めたその時...
「ピッ、ピィィィィィィィ...」
聞き慣れた鳴き声が海よりの上空から聞こえた。ルルが乗るヨナの鳴き声だった。ヨナは低空を飛行してガイ達に迫る兵士達を遮り、また上空に上がる。
「直ぐに小舟のあった所へ行って。仲間が船で戻って来る筈よ。」
ルルのその言葉を聞いてガイ達が岸壁から登ってきた敵兵に斬り掛かった。同じくルルの言葉を聞いていた敵兵がガイ達の行手を阻もうとするが、ガイ達は崖を降りながら次々と敵兵を斬っていった。一方のジゼルは、海岸へと降る坂の入口に立ち、近くの陣幕から来た援軍と戦っていた。海上には近付いてくる小舟が見える。
「ガイさん達はそのまま海岸へ向かって下さい。僕だけならヨナに乗って逃げる事ができます。ガイさん達が船に乗るまで僕はここで足留めをします。」
ジゼルのその言葉に従ってガイ達は敵兵を斬りながら坂を降っていき、どうにか海岸線へと着いた。そしてタイミングを合わせた様に岸に着いた小舟に乗り、海へと漕ぎ出す。小舟は魚人族の補助によって速い速度で沖へと進んでいった。ジゼルはそれを確認すると、崖下に飛来したヨナに飛び乗り、ルルと共に海上へと飛び去った。