第百三十九話 小人族のホドム
ガイ達はジョルジアに入ってから西へ向かいアルムヘイグのベントリーへと通じる山岳地帯へと入っていた。この辺りは崖に挟まれた細道を通る事になるが、その細道は迷路の様に複雑で、安易に入り込むと出られなくなる。ジゼルは過去の記憶を頼りに慎重に進んだ。
「待て、ここを通行するなら名前と目的を言え。」
崖の上から野太い声が聞こえた。周囲を見渡すと他にも何人かの男達がいる。
「かつてジュード様の従者だったガイだ。貴殿らも俺の顔と名前ぐらいは知っているだろう。ベントリーの外れにあるホドム殿の一族に会いに行くつもりだ。」
「おぉ、ガイ殿でしたか。」
1人の大男が崖を滑り降りてガイの前に来て、フードに隠れたガイの顔を覗き込む。
「確かにガイ殿ですね。以前の帝国との戦いの際に遠くからお顔を拝見した事があります。北の大陸へ行かれたと聞いておりましたが、いつこちらに戻られたのでしょうか。」
「10日ほど前だ。用事を済ませたら直ぐに戻るつもりだ。なるべく目立ちたくない。」
「訳アリという事ですね。では我等の里にお立ち寄り下さい。そこで我等と同じ服装に着替えてからベントリーへと向かいましょう。あそこは脱獄者の逃亡を助けてから連邦の監視が厳しくなっています。今のままの旅装で通ると疑われるかも知れません。隣領の住人である我等と同じ姿の方が危険は少ない筈です。」
ガイ達はその提案を了承した。彼等の里で山岳民族の衣装に着替え、露出した顔や肌を墨や泥で汚し、岩塩を運搬する一行に紛れてベントリー領を挟んで反対側にあるホドムの一族が住む地域へと移動する。途中で警備兵に遭遇したが、岩塩の運搬自体は正規のものであり、疑われる事はなかった。早朝に山岳民族の里を出たが、目的地に着いたのは日が暮れた後だった。族長の屋敷に案内される。そこにはホドムも居た。
「お久しぶりです、ガイ殿。それにジゼル様も。ジゼル様は眠っておられたのでご記憶ではないでしょうが、ハルザンド王都からここまでお連れしたのは私達です。」
「ホドムさんに牢獄から救出された事は聞いています。僕の為に危険な役目を担われたそうですね。本当にありがとうございました。」
「感謝の言葉など無用です。我等一族にとってジーク様やジュード様は主人です。その転生体であるジゼル様の為に我等が働くのは当然の事です。」
「挨拶はそこまでにして欲しい。ホドム、早速だが本題に入りたい。」
ガイは急な来訪の目的をホドム達に説明した。ホドム達に期待しているのは、南の大陸で連邦の動きを調査する事と、それを北の大陸にいるガイ達へ知らせる事だった。南北間の船の航行が実質的に止まっている現状では困難な依頼の筈だが、広範囲を素早く探索して知らせてくれる彼等なら何か手段があるだろうとガイは期待していた。ホドムは暫し考えてから口を開いた。
「これからお話しする事は口外しないで頂きたい。実は我等は小人族の末裔で、北の大陸の住人と同様に我等も一族の神を崇めています。その神がこの地に未だご存命だった時に与えて下さった神装具があり、その神装具を使えば遠方へ情報を送る事が出来ます。」
「それを聞いて安心した。ところで、ホドム達の神は亡くなられたのか。」
「はい。遥か昔の事ですが、古の神々とこの地に新たに誕生した神々が争った時に、かつての勇者に討たれました。その戦いの際に多くの種族が全滅を恐れて未知の海へと漕ぎ出しましたが、我等の祖先はこの大陸に隠れ住む事を選択しました。しかし一族の生活は苦しく、緩やかに衰退していく運命にあったのです。ですがジーク様に拾って頂き、今では安住の地を得る事が出来ました。」
「そうだったのか。よく話してくれた。何かできる事があれば知らせてくれ。」
「それでは里の若者を連れて行って下さい。南北間での情報のやり取りに1名は必要ですが、出来れば6名ほど連れて行って頂きたい。ご存知の通り連邦政府はスーベニアを滅ぼしました。その矛先がいつベントリー領や我等に向かうか...。ですから一族の若者を北へ移住させたいと思います。」
「了解した。6名程度であれば引き受けよう。今後も機会があれば引き受けると約束する。」
それからもガイとホドムは細部を話し合った。北へ同行する若者達の人選が終わった翌々日、ガイ達はベントリーを後にした。