第百三十八話 南大陸への潜入
連邦海軍の侵攻から3ヶ月、ジゼルと共に大型船で北の大陸へ来たスーベニアからの集団は森人族の里に隣接する場所に教会や住居を建設していた。内訳は神殿騎士が100名、医療班を含む聖職者が50名、船乗りが20名、魚人族が5名だった。彼等の合流によって港の警備体制は強化され、消失した港湾設備の再建も進んだ。
捕えられた連邦海軍の敗残兵は100名弱、彼等の中には恭順の意を示して北大陸での生活を望む者も少なくなかったが、ガイは受け入れず、武装を全て取り上げたうえで、連邦海軍の大型船1隻に乗せて南へと送り出した。クリスは北の状況が伝わる事を懸念したが、ガイは考えを変えなかった。南に戻っても彼等が正当な扱いを受けられる保証はない。その事を危惧する彼等にクリスは何か入れ知恵したようだった。
「どんな入れ知恵をしたんだ?」
「大した事じゃないわ。ハルザンドの港に向かっても捕えられるだけ。だから港には向かわず、夜陰に紛れて泳ぐか小舟に乗って上陸しなさいって言っただけよ。」
「そんなに上手くいくかな?」
「難しいでしょうね。でも彼等も知恵があるんだから、どうにかするでしょ。」
後日の話になるが、南へ向かった敗残兵はクリスの入れ知恵の通りに十数名ずつ上陸させながら南大陸を西廻りで進み、最後は大型船を西方諸国沖で座礁させた後に炎上させた。連邦海軍の中型船による追跡はあったが、夜陰に紛れて大型船から離れて行った小舟までは追いきれず、殆どの敗残兵は無事に上陸する事が出来た。
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森人族の集会所では臨時の族長会議が開かれていた。最初にその場でガイから連邦からの襲撃があった事、スーベニアから脱出した者達が到着した事、東の孤島に住む魚人族から交易の申し出があった事を伝えた。3点目の交易については特に異論はなく、別室で実務者同士が話し合う事となり、ルルとその従者はそちらへ移って行った。部屋に残るのは族長達とガイ、クリス、ジゼルだけとなった。
「神殿騎士が合流した事により港の守備は強化されているが、兵数としては未だ不足している。警備体制強化の為に構築した種族間の連携だけでは連邦の急襲に対応出来ない可能性もある。」
「アゼルヴェードの帝国を打倒した時のように南に攻め込む事は考えないのか?」
「あの時はハルザンドの港をゴルドルが抑えていたし、南の大陸の民衆や軍人もこちらに協力的だったわ。でも今回は違う。なんの足掛かりも無しに攻め込むのは危険よ。」
「ではどうするのだ。」
「南の状況が掴めれば良いのだけれど、残念ながら今は手段がないわ。それよりも、先ずは守りを固める事が急務よ。ガイ、そうよね?」
「そうだ。先ずは守りを固めたい。常備軍の設立、上陸可能性がある場所への守備隊の配置、早期警戒網の強化、可能であれば鳥人族による上空からの偵察も加えたい。」
「まぁ、ガイの事は信用しているから提案には賛成するが、南の状況が掴めないのでは、いつ襲撃を受けるか分からんな。そっちはどうするのだ。」
「準備が整い次第、少数で南に潜入する。ホドムと接触できれば情報を得やすくなる筈だ。」
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南へ向かった敗残兵達が南大陸の西方で大型船を炎上させている頃、ガイ達は夜陰に紛れてハルザンド東方に上陸していた。上陸の際に使用した小舟を海岸線にある岩壁の隙間に隠し、素早く内陸部へと進む。ガイに同行しているのはジゼルと神殿騎士2人、それとルルの従者である魚人族だった。魚人族は上陸地点の付近に留まり、南大陸からの脱出時に備える。大陸からかなり離れた沖合には大型船が待機している。
「ジゼル様、先ずはハルザンド東部のオアシス都市に潜伏して装備を整えます。それからジョルジア北部に入り、山岳地帯を抜けてホドムの一族が住むベントリーへと向かう予定です。帝国打倒の際に共に戦った仲間も多くいますので、可能であれば彼等の協力を仰ぎましょう。」
「ガイさん、何か注意すべき事はありますか?」
「ジゼル様と私が顔を見られるのは危険です。道中はなるべくフードで顔を隠して下さい。それと、勇者の存在を知られるとどうなるか予想できません。紋章の力を使用する事を極力避けて下さい。」
「分かりました。」
オアシス都市に入ったガイ達は旅装を整え、行商人に扮してベントリー領へと向かった。途中でガイの知り合いに一夜の宿を求めたが、目的や行先は明かさなかった。ジョルジアとの国境付近で警戒中の兵士に呼び止められる事もあったが、一般兵でガイ達を知る者はおらず、行商人だという説明だけで無事に通された。