第百三十五話 孤島での生活
クリス達が立ち寄った孤島に住む魚人族は、主に狩猟によって日々の糧を得ていた。森林で取れる木の実、狩による小型の鳥獣、それと海や川で獲れる魚など。味付けは香辛料がふんだんに使われた刺激の強いものが好まれる。衣服は、魚人族は陽の光に弱い為に外にいる時は葉や泥で皮膚を守るが、水の中では僅かな布を身につける程度、部屋の中では貫頭衣を着ている。家屋は木造だが、存外にしっかりした造りで、細部までしっかりと作り込まれていた。
怪鳥の襲撃は時折あるが、人気が無ければ襲ってこない。魚人族はそれが分かっているので、見張りが怪鳥を発見すると警笛が鳴り、直ぐに家屋の中に、あるいは泉や海の中に逃げ込む。魚人族の地表での姿は怪鳥の襲撃から身を隠す目的もあるのだろう。島の沿岸部に停泊したままの大型船も同じで、初めの頃は船上に設置した大型弩弓で追い払っていたが、早い段階で全員が船内に隠れると襲われる事はなかった。
「そろそろ怪鳥の討伐を始めましょう。」
「そうね。ジゼル君の参加は必須として、護衛のために神殿騎士を何名かと、案内役として魚人族からも何名か出して欲しいわね。」
「魚人族からはルルと従者を出そう。ルルはまだ幼いが、常より島の警戒にあたっている。安全に聖なる山まで案内できる筈だ。」
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聖なる山の麓までは森林の中を進み、山に着いてからは岩陰に隠れながら慎重に進んだ。上空を飛ぶ怪鳥に見つかる危険は避ける必要がある。一行は常に周囲を警戒し、怪鳥が現れると山の彼方此方にある大岩の影に隠れた。それ故に進みは遅く、夜になって漸く山の中腹に着く事ができた。
「あっちに怪鳥の番がいます。周囲に他の怪鳥はいません。」
先行していたルルの従者が知らせる。
「ジゼルの光は目立ち過ぎるのよね。明け方まで待ちましょう。」
ルルの提案に従って一行は怪鳥の巣の上方へ移動し、そこで明け方になるのを待った。怪鳥の番のうち1羽は巣に踞って動かない。もう1羽はその側で立っているが、やはり殆ど動きはなかった。次第に空は白み始める。すると立っていた1羽が大きな翼を広げて飛び立っていった。餌を探しに行ったのであろう。
「今よ。」
ルルがそう言うと同時にジゼルは紋章を光らせながら踞っていた怪鳥の上から飛び降り、怪鳥の背中に光の剣を突き立てた。怪鳥は鳴き声を上げながら暴れたが、その背に乗るジゼルは落ち着いて剣を横に払い、怪鳥の頭部を切り落とした。暫くすると彼方から怪鳥の奇声が聞こえた。番の片割れが鳴き声を聞きつけて戻って来た様だった。ルルが持っていた弓の神装具をジゼルに向けて投げる。ジゼルはそれを受け取って弓を引き絞り、魔術の矢を放った。矢は向かってくる怪鳥の口から入り、背中側から抜けて行った。射抜かれた怪鳥はそのまま山腹に激突し、動かなくなった。
「他の怪鳥の動きはどうなの?」
ルルが従者に聞く。
「今のところ大丈夫そうですが、ここに止まるのは危険です。一旦、岩陰に隠れましょう。」
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半刻ほどして他の怪鳥が来ないと判断してからジゼル達は討ち取った怪鳥の巣に戻っていた。2羽の怪鳥は動いていなかったが、最初に討ち取った怪鳥の足元に幾つかの卵があった。ジゼルが討ち取った際に暴れたので殆どの卵は踏み潰されているが、1つだけ踏み潰されずに残った卵があった。かなり大きな卵。卵が孵れば人間の赤子ほどの大きさになるだろう。ジゼルとルルが物珍しそうにその卵を見ていた。
「ねぇジゼル、この卵はどうしようかな?」
「食べられるかも知れない。持って帰ろう。」
「そうね。」
(ピキピキ...パリン)
ジゼルとルルが話していると、卵の上部が割れて、怪鳥の雛が顔を出した。雛はピヨと鳴いてからジゼルとルルを見ている。少し間をおいて、雛はもう一度ピヨと鳴いた。
「ジゼル、私はこの雛を食べられないわ。可愛すぎる。」
「でも危険だ。成長すれば怪鳥になるんだから。」
「ちゃんと躾ければ大丈夫よ。」
ルルは持っていた干し肉を小さく千切って雛に与えてみると、雛はそれを丸呑みにした。
「う〜ん。じゃあ族長が良いと言ったら...」
「決まりね。お父様は優しいからきっと認めてくれるわ。」
ルルは雛を卵から取り出すと、その雛を抱えてさっさと山を降りて行ってしまった。
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それからもジゼル達は怪鳥の討伐を続け、島で怪鳥を見る事は無くなった。絶滅できたかどうかは分からない。だが成鳥は居ないだろうと判断された。
ジゼルとルルが拾った雛は、族長のルーベルが渋々ながら飼う事を認め、専用の飼育小屋で飼われ始めた。餌は小型の野鳥や魚など何でも食べた。かなり賢い様で、躾ければ人や家畜を襲う事はなく、ルルが芸を教えると直ぐに出来る様になった。数ヶ月もするとジゼルやルルと同じ大きさになり、飛ぶ事も出来たが、どこかへ飛び去る事はなく、必ずジゼルかルルの元に戻って来た。幼鳥はヨナと名付けられた。