第百二十話 森人族の里
ジュードが居なくなってから10年後、ガイとフレミアはかつて闇森人が守っていた北の大陸の軍港付近に住んでいた。闇森人はアゼルヴェードが滅した事により闇から脱し、現在は以前の森人族に戻っている。だが軍港付近での戦闘で、あるいは南の大陸での戦闘で数を大きく減らしていた。生き残った森人族は各種族の里で重労働を担わされていたが、ガイは各種族と交渉してその森人族を引き取り、軍港付近で森人族の再興に取り組んでいた。
引き取った森人族は1000人にも満たない。森人族の長命だが孕みにくい体質から、人口が爆発的に増える事はなく、他種族と肩を並べられる様になるまでには長い長い年月が必要だと思われた。それでもガイは森人族と協力して、かつての戦闘で破壊された瓦礫の中から使える資材を集めて住居や施設を建設し、荒れた畑を耕し、南からの移住者を受け入れて労働力を増やし、また同時に南の大陸との交易に従事して仲介業者としての立場を確立していった。今では軍港周辺が里と呼べる状態までに戻っており、ガイはその里の長の様な立場になっていた。
ガイはフレミアに同行して北の大陸に来ただけで、森人族を再興する使命があった訳ではない。マリリアの子供を引き取ってスーベニアで暮らしていたフレミアの周囲は常に騒がしく、その騒がしさは必ずしも善意からだけではなかった。その状況から逃れる為にフレミアは北の大陸へ移住する事を決断し、ガイはそれに付いて来ただけだった。
ガイは少年だった頃からフレミアを知っている。上級貴族の子女は幼少の頃から顔を合わせる機会が多く、ガイは初めてフレミアを見た時から彼女に憧れていた。それで王都騎士団へ入団した時に結婚を申し込もうとしたが、彼女は既に幼馴染と婚約済で、諦めるしかなかった。その後は辺境に左遷されて出会う事はなかったが、ジュードの従者となった際にフレミアの実家が没落していた事を知り、ガイは彼女を救えなかった事を深く悔やんだ。その後、ガイはフレミアと再会したが、その頃のフレミアの瞳にはジュードしか映っていなかった。フレミアが北へ行くと言い出した時に彼女に同行したのは、ガイが未だ彼女への気持ちを残している為だった。
北の大陸で生活を立ち上げる際に各種族と交流を持ち、その際に森人族が置かれた状況を知った。彼等は各種族の支配に従順だったが、過酷な環境ゆえに命を落とす者が少なくなかった。それは闇森人だった時の彼等の行いからすれば仕方ない事かも知れないが、ガイには支配者と被支配者が入れ替わっただけで、依然として歪んだ状況に見えた。アゼルヴェードに壊された生活を元に戻すには今のままでは駄目だ。その想いからガイは森人族の再興に取り組み始めた。フレミアもガイの考えに賛同し、共に取り組んでくれた。
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北へ移住して10年が経過したある日、ガイはフレミアの家を訪ねた。ガイはフレミアの前に出ると片膝をつく。その手には毎年恒例の花束があった。フレミアのいる部屋の隅ではマリリアから引き取った子供、マリエラが本を読んでいる。
「フレミア、私の妻となって下さい。必ずあなたとマリエラを守ります。」
「私は子持ちの年増女ですよ。揶揄わないで。」
「あら、私は賛成よ。ガイ叔父ちゃんならママを任せられるわ。」
「マリエラは黙ってなさい。」
「はーい。」
マリエラは本を置いて部屋を出て行った。外で近所の子供達と遊ぶのだろう。ガイは依然として膝をついたままフレミアの前にいて、ただ真っ直ぐに彼女を見ている。
「はぁ〜、困りました。あなたは一度決めたら考えを変えないのですね。」
「もう諦めないと自分自身に誓いました。」
「何を求めているか分かりませんけど、私よりもっと素敵な女性がいるでしょう。この里の女性の中にはあなたに憧れている人も大勢いるのよ。」
「私にとって女性はフレミアだけです。」
「本当に頑固者。もう何度も断っているでしょう? 以前の私をあなたも知っているでしょうに。」
「10年も前の事です。」
「そっ、そうね、もう10年...そんなに経つのね。そろそろ私も変わるべきなのかも知れません。それに、ここに来てからあなたにはお世話になりっぱなしで、もう、あなたの居ない生活は考えられない...」
フレミアは目を瞑ってゆっくりと深呼吸した。
「分かりました。こんな私で良ければ妻にでも何にでもなりましょう。その代わり、マリエラと私を幸せにすると約束して下さい。」
「私の一生をかけて必ず...」
ガイが言い掛けたところで、部屋の外で聞き耳を立てていた子供達が突然入って来た。
「やった〜。ママ、ガイ叔父ちゃん、おめでとう〜」
「すげ〜、とうとう里長がマリエラのママを口説き落としたぞ。」
「直ぐに皆んなに知らせようぜ。」
騒ぐだけ騒いで子供達は部屋を出て行った。ガイは立ち上がってフレミアをやや強引に引き寄せる。フレミアは戸惑いつつも抵抗しなかった。