第百十八話 新たな旅立ち
スーベニアの墓地、まだ新しい墓標の中でマリリアは意識を取り戻した。
「漸くのお目覚めね。」
優しい声が聞こえた。声の方に目を向けると1人の女性が立っている。だがその女性の姿は、向こう側が透けて見え、周囲を淡い光が包んでいる。
「ここは? 貴方はどなたでしょうか?」
「私はシンシア。ここはマリリアが埋葬されていたお墓よ。」
「えっ。シンシア様?」
「はじめまして...ですね。様は要らないです。シンシアと呼んで下さい。」
「私は処刑された筈です。生き返ったという事でしょうか?」
「そうじゃないわ。ご自分の身体を見てみなさい。」
マリリアが自分の身体を見ると、シンシアと同様に透けているが、シンシアとは違って淡い光に包まれていない。いや、僅かに光に包まれているが、その光は微かだった。
「これは...」
「貴方も私も、もう人ではありません。普通の人々には見えないし、会話する事も出来ません。そんな存在です。」
「死後の世界という事でしょうか? 霊魂とか?」
「私も詳しくは知りませんが、死後の世界であるとは言えるでしょう。普通の人々は死後に輪廻の輪へと戻っていきますが、紋章を持ち、生前の貢献が人々に認められれば、この世界に留まる事を許されるようです。貴方も私も光に包まれているでしょう。僅かですが私達も神性を帯びているのよ。今は如何してるか分からないですけど、剛者イェルガと賢者カインも私達と同じようにこの世界に居ました。」
「ではイェリアナやシルリラも何処かに居るのでしょうか?」
「残念ですが、彼女達の魂は輪廻の輪へと戻って行ったでしょう。それぞれイェルガとカインが付いて居たのですが、彼女達は紋章持ちとして何かを成す事が出来ませんでした。」
「私はシンシアさんのお陰で...」
「いいえ。それは違います。貴方が貴方自身で成した事に人々が感謝しているという事です。私は、貴方が幼い頃は貴方に付いていましたが、貴方がジークの転生体であるジュードに出会ってからは、彼のそばに居る事が多かったのです。彼は怪我ばかりしますから、それを癒す必要がありました。」
「そうでしたか。致命傷と思える大怪我でもジュードが生きていたのはシンシアさんが居たからなのですね。ありがとうございました。本当に...本当に...感謝します。」
「私だけではないわ。貴方も聖者として彼を癒したでしょう。私達2人の力が合わさって彼の傷をどうにか癒す事ができたのです。」
「ジュードは...ジュードは今どこに居るのでしょうか?」
「彼はアゼルヴェードとの対決の後に神に連れられて神界へ行ったようです。亡くなったわけではないので、またどこかで転生するのではないかしら。それにしても...ふふっ、やはり彼が気になるのね。処刑される事を受け入れたのは彼が居なくなったせいかしら?」
「いえ、例えジュードが居たとしても私は処刑を受け入れたと思います。多くの人々の命が失われた事に対する罰を私が負う必要がありました。子供を人に預ける事になってしまいましたが、仕方がなかった事だと今は思っています。」
「そう、それが貴方らしい判断なのでしょう。可哀想だけど、もう過ぎた事ですし、蒸し返しても意味はなかったですね。」
「ところで、シンシアさんはこれから如何なさるのですか?」
「私? 私はこの世界に留まるつもりです。いつかまた彼が復活すると信じていますので、その時が来るまではこの世界を見て回るつもりです。」
「私もご一緒して良いでしょうか? 私もジュードが救ったこの世界の行末を、それと彼と私の子供の今後を見守りたいです。」
「良いですよ。それでは行きましょうか。先ずはハルザンド。イェルシアが目覚めているかも知れません。」
「はい。」
それからまだ暫く会話を楽しんでから2人はその場を去っていった。
ーーーーーーーーーー
マリリアの処刑から1年後、未だに復興作業は続いていたが、人々の顔には笑顔が戻りつつあった。
イェリアナとシルリラの行方は不明だったが、森人族へと戻った複数の文官の証言で既に亡くなっている事が判明した。彼女達2人は稀代の悪女として歴史に刻まれたが、スーベニアはマリリアの墓の隣に彼女達の墓を作り、他の戦争被害者と共に弔った。
北と南の大陸を繋ぐ航路では頻繁に船が行き交っていた。かつての軍艦は輸送船へと姿を変え、物資や人を運んでいる。大陸間での移民も僅かだがいる。その移民の中にガイとフレミアの姿があった。ガイは連邦軍の司令官に推挙されていたが、それを断り、北の大陸へ行くと言い出したフレミアに付いて来ていた。
船の甲板に立つガイとフレミアが海風を受けながら沈みゆく夕陽を眺めている。フレミアの腕には未だ幼いマリリアの子供が抱かれていた。
第八部 完