第百三話 大陸東部の解放
【登場人物】
ジュード 主人公 英雄王ジークの転生体 〈勇者〉
アゼルヴェード 神帝 異界から呼び出された怪物
マリリア ジュードに降った神帝の妃 〈聖者〉
ガイ 武勇に優れたジュードの従者
フレミア 元はマリリアの侍女でジュードの付き人
ゴルバ 巨人族の青年で巨躯の持ち主
ティーゼ 龍人族の優れた女戦士
キリング 市井に埋もれていた発明家
旧ハルザンド王都のアゼルヴェードに動きがない。それを確認してジュードは大陸東部の国々、旧ゲイルズカーマイン地域の解放に着手する事を決めた。北大陸から送られて来る物資は十分にあり、また解放した地域からの志願兵も部隊としての体裁が整ってきている。キリングという男が作った据え置き型の大型弩弓の配備も進んだ。この大型弩弓は、矢手を守る為の専用の盾が前面に備えられ、命中精度は改善の余地があるものの飛距離は長い。闇森人の長距離攻撃へもそれなりに対抗出来るだろう。
「帝国の動きには注意してくれ。アゼルヴェードが出て来たら撤退しても構わない。」
「東方には誰を向かわせますか?」
「俺が行く。」
「危険です。それにお体が完治していません。他の誰かに任せてはどうでしょうか?」
「アゼルヴェードと戦う前に後顧の憂いは絶っておきたい。東方には未だ多くの闇森人がいるだろうし、ケララケ以外の獣人兵がいないとも限らない。味方の被害を最小限に抑えつつ迅速に進むには俺が出るしかない。」
ジュードの東征に反対する者は多かったが、ジュードは自身の決定を押し通した。ジュードが率いる解放部隊に同行するのはジョルジアから戻っていた巨人族のゴルバと龍人族のティーゼの部隊、それに治療継続も兼ねたマリリアだった。戦闘には参加しないがフレミアも同行する。ガイにはハルザンド東部の守備が命じられた。
旧ゲイルズカーマイン地域へ侵攻した当初はさほど苦労しなかったが、奥へと進むにつれて闇森人の抵抗は激しくなっていった。そして旧ゲイルズ王国の王都に近づいた時、これまでの数倍の規模がある帝国軍の部隊との戦闘になった。闇森人が遠くから矢を放ち、前に出た巨人族の部隊が大楯でその矢を防ぐが、それでも負傷者が出始める。降り注ぐ矢が多い為に龍人族の部隊は前へ出れない。ジュードの予想通り何体かの獣人兵の姿も見える。そんな中をジュードは矢を光の盾で払いながら帝国軍に向けて突き進んで行った。ゴルバは大楯を構えながら、ティーゼは降り注ぐ矢を剣で払いながら、ジュードの後を追う。
「2人は無理をするな。退がれ。」
「お一人で無理される方に言われたくはありません。」
「3人で出れば敵の攻撃も分散するさ。」
ジュードが帝国軍の中央に突っ込むと複数の獣人兵が襲いかかって来た。褐色の肌の獣人兵。おそらくは闇森人を獣人兵に造り替えたのであろう。ジュードは囲まれない為に素早く動くが、帝国軍の中にはジュードの速度についてくる獣人兵もいて、何度か光の鎧に攻撃を喰らった。それでもジュードは敵を斬り続ける。遅れてティーゼが、さらに遅れてゴルバがジュードの周囲にいる獣人兵に向かう。先に着いたティーゼの剣がジュードと対峙していた獣人兵の背中を斬った。ティーゼが斬った箇所から血飛沫が飛ぶ。
「斬れる。こいつら神性を帯びてない。」
「あぁ、だが龍神装具の速さに対応できる獣人兵がいる。ティーゼは闇森人の方へ向かえ。」
ジュードの言葉に従ってティーゼは闇森人へと向かう。速さに優れたティーゼは軽い手傷を負いながらも闇森人を斬り倒していく。ゴルバは何度か弾き飛ばされながらも大楯で何体かの獣人兵を引き付けていた。遠くからマリリアも矢で援護する。ジュードは素早く移動しながらも斬り続け、暫くすると力尽きて倒れる獣人兵が出てきた。その頃には巨人族の盾に守られながら進んできた龍人族も混戦状態となった戦場で闇森人と戦っていた。
数刻後、闇森人と獣人兵の集団が全て地に伏した。巨人族と龍人族の死傷者も少なくない。しかしこの戦いが決定打となったのか、それ以降の旧ゲイルズカーマイン地域での帝国軍の抵抗は弱まり、短い期間で都市や周辺地域が解放されていった。解放された人々は歓喜し、ジュードの名を連呼しながら彼を迎え入れた。
ーーーーーーーーーー
ある日の夜、マリリアとフレミアはジュードの治療を終えて就寝前のひと時を共に過ごしていた。
「マリリアはこれからどうするつもりなの?」
「まだ帝国との戦いは続きますし、怪我や病気で治療を必要する人達も大勢います。私は聖者の紋章を持つ者として出来る限りの貢献をしていきます。それが私なりの償いです。」
「そうじゃなくて、ジュード様との事よ。」
「ジュードとの...もちろん彼が完治するまで治療を続けますし、戦いでも彼のお役に立っていくつもりです。それしか私に出来る事はありません。」
「そんな事を聞いているんじゃないの。あなたのジュード様に対する気持ちよ。だってマリリアはジュード様を愛しているのでしょう。その想いを内に秘めたままで良いの? 治療と戦いだけなんて、それじゃあ単に与えられた役割を果たしているだけだわ。」
「...無理です。もう私には彼を振り向かせる事は出来ません。それに、私は彼を裏切り、深く傷つけましたので、いつか罰を受けねばならない立場です。」
「確かに以前の通りには戻れないでしょうね。でも、振り向いてくれなくても良いじゃない。せっかくマリリアはジュード様の元に帰る事が出来たしのだし、あなたなりにジュード様に寄り添えば良いと思うの。それに、罰がどうとか決まっていない事を考えても仕方ないわ。」
「...そうですね...考えてみます。でも彼を愛しているのはフレミアさんも同じですよね?」
「私? 私のジュード様への気持ちは尊敬とか崇拝だと思っていたのだけど、この気持ちも愛情と言えるのかしら。ふふっ...そうなると私達は同じ男性に想いを寄せるライバルなの? それとも協力者?」
「フレミアさんが協力してくれるなら心強いです。」
「そう? じゃあ協力し合いましょう。」
それからも遅くまで2人は会話を楽しんだ。