第百話 街道での待ち伏せ
【登場人物】
ジュード 主人公 英雄王ジークの転生体 〈勇者〉
アゼルヴェード 神帝 異界から呼び出された怪物
マリリア ジュードに降った神帝の妃 〈聖者〉
シルリラ 神帝の妃 〈賢者〉
クリス スーベニアの神殿騎士で知略の持ち主
ケララケ 腹部以下が大蛇の獣人兵
ゴルバ 巨人族の青年で巨躯の持ち主
ティーゼ 龍人族の優れた女戦士
ジョルジアは、東は旧ゲイルズカーマイン地域、西はアルムヘイグ、北はハルザンドへと続く街道が交わる要衝で、この街道を通る人や物は多い。仮にここが閉鎖されれば、大陸内での人や物の動きが滞る。それは交易だけでなく、軍事にも当て嵌められる。戦時に移動する人や物資は多い。
ホドムの調査やマリリアの証言によれば、ケララケはカーマインを攻略中で、その攻略に必要な兵や物資はジョルジアを経由している。大陸北部ではハルザンドを、南部ではスーベニアを経由して東へと続く古い街道はあるが、ジュードがハルザンド東部を抑え、スーベニアが帝国に屈していない現状では、帝国による兵や物資の東への輸送には使えない。使えるのはジョルジア経由の街道だけだった。つまりジョルジアの街道を抑えると東にいるケララケは孤立する。物資が届かなければケララケが率いる部隊による作戦行動は停滞し、カーマイン側が盛り返すだろう。
クリスが旧アルムヘイグの闇森人をスーベニア側に引き付けている今がジョルジアを取り戻すチャンスではある。そもそもその為のスーベニアの侵攻だった。しかしジョルジア攻略中にハルザンド東部を奪い返される可能性、ケララケやシルリラがジョルジアを救援する可能性を考慮しなくてはならない。特にハルザンド東部を奪い返されると北大陸からの物資支援が途切れてしまう。ハルザンド東部を防衛しつつジョルジア攻略を進めなくてはならない。
「私がジョルジアへ行きます。ハルザンド東部の防衛が最重要課題で、疎かにはできません。ジュードはハルザンドに残る必要があります。」
マリリアのこの唐突な発言にその場にいた全員が驚いた。そもそも彼女はこの前まで敵軍を率いていた。精霊石が破壊された事で精神支配から解放されたと頭では理解していても、本当に影響が残っていたのかは他者には分からない。もしかすると本人にも分からないかも知れない。何らかの悪影響が出るかも、或いは再び裏切られるかも知れないという疑念が生じる。だが、マリリアは周囲の様子には構わず話を続けた。
「注意すべきはハルザンド王都のアゼルヴェードとカーマイン攻略中のケララケです。ジョルジア攻略ではカーマインにいるケララケの妨害が予想されます。アゼルヴェードはジュードが、ケララケは神装具を使える私が相手をすべきです。」
「自分が何を言っているのか理解しているのか。一度裏切ったお前が信用される事はない。」
「それでしたら、お好きなだけ監視を付けて、もし裏切ったならば、或いはその気配が少しでもあったなら、その場で殺して下さい。精霊石を持たない私を殺す事は難しくない筈です。私が逃げない様に鎖で繋がれても構いません。」
マリリアにすれば過去の罪に対する償いをする機会だった。この機会を逃すつもりはない。暫しジュードとマリリアは睨み合ったが、そこにガイが割って入った。
「我々が持っている手駒は限られます。神装具を使えるマリリア様の助力は我が軍にとって大きな助けとなります。この辺りで試してみるのが良いでしょう。それに、他に方法はありません。」
こうして消極的ながらジュードの許可を得て、監視付きでマリリアはジョルジアの攻略へと向かった。編成した一般兵達と共に、監視を兼ねてゴルバとティーゼの部隊が同行した。ジョルジアに入ってからは、闇森人が守る主要都市には近寄らず、小さな町や村を解放しつつ、ジョルジアからカーマインへと通じる街道を目指した。
・・・この部隊でジョルジア全土を攻略する事は難しい。それなら、最大の障害になりうるケララケを討つことを優先しましょう。街道を押さえて物資の補給が閉されればケララケはジョルジアに現れる筈よ。・・・
解放された町や村の住民は、はじめは感謝の言葉を口にするが、部隊を率いて来たのがマリリアだと分かると罵声を浴びせた。小石や汚物が投げつけられる事もあった。ジョルジアを滅亡させた張本人なのだから当然だろう。家族や知人を失った者も少なくない。マリリアは何も言い返さず言い訳もせずに先を急いだ。国を滅ぼした悪女マリリアが今は町や村を解放している、その事実が驚きと共に周辺地域へと伝わっていった。
・・・あぁ、彼等が失ったものはもう戻らない。この程度では何の償いにもならない。・・・
罪の重さを再認識しながらもマリリアは進んだ。
街道に到着したマリリアは、この街道でも一番の難所である川沿いの道、その対岸の林の中に潜んだ。そこからは曲がりくねった対岸の街道が見える。岩場を削って作られた街道で、馬車1台がどうにか通れる程度で道幅は狭い。仮に多くの兵がいたとしても、その場所だけは隊列が細く伸びる。但しマリリアが潜む対岸からはかなりの距離があった。この場所にケララケを誘い出す。マリリアはその時を静かに待った。そのマリリアの後ろにはゴルバ、いつでもマリリアを殺せる距離で待機していた。
ケララケを誘い出す為に、マリリアの指示でティーゼは街道を通る帝国の物資輸送を妨害していた。すると目論見通り数日後にケララケの率いる部隊がカーマイン方面から現れた。マリリア達が潜む対岸からでも一際体の大きいケララケを容易に見つける事ができた。マリリアはケララケを視認すると、何度かゆっくりと深呼吸した後、神装具の弓を構えて3本の矢を続けて放った。鋭く一直線に3本の矢がケララケへと飛ぶ。1本目はケララケの鼻先を掠め、驚いて矢が飛んできた方向に向いたケララケの胸に2本目の矢が突き刺さり、3本目は眉間に突き刺さった。闇森人ですら不可能で、神装具を持ち、途中で矢の軌道を調整できるマリリアだからこそ出来た超遠距離狙撃だった。
ケララケが大きく揺れながら後ろ向きに倒れる。驚きつつも闇森人がこちらへ矢を放つが、マリリア達のいる場所には届かない。神装具の使用で疲弊したマリリアは動かないケララケの姿を確認してから地面に座り込んだ。
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ケララケを失った闇森人の軍はカーマイン方面へと戻って行った。戻って行きはしたが、残された闇森人だけではカーマインを攻略する事が出来ないだろう。
カーマインへと戻って行った闇森人の軍を確認したマリリアは、無理に守りの固いジョルジア主要都市を攻める事はせず、解放した街や村の守備体制を整えてから、ハルザンドに残るジュードの元へと戻って行った。