束の間の休息
相手のロングソードを、自分が手にしているショートソードで絡め取ってから上に払い飛ばし、足払いを仕掛けて、決闘の相手を転ばせる。一歩踏み込んでショートソードの切っ先を、転んだ婚約者の男の喉元に突き付けた。負けるはずが無いと思っていたのか。転んで尻餅を着き、愕然として顔を上げた男の琥珀色の瞳を目が合う。
「そこまで!」
そこで審判から制止の声が上がった。その制止の声は、決闘の終わりを意味する。
三拍の間を開けて、宙から回転しながら払い飛ばしたロングソードが自分の後ろに落ち、地面に突き刺さった。
「勝者! イサベル・ニコルズ嬢!」
決闘の結果を受けて、訓練場にどよめきが広がる。
それはそうだろうと、自分は内心で呟く。
何故なら決闘の相手は『自分の婚約者の第一王子』で、現在フランキー王国は次期王太子の座を賭けて、第一王子と第二王子が争っている最中なのだから。
そんな中で、第一王子の浮気と、そこから始まった揉め事の果てに、本日『婚約解消を賭けた決闘』が行われた。
結果は自分の勝利。それは、婚約の正式な解消を意味する。
「殿下。貴方との婚約はこれで無くなりました」
縋るような目で自分を見上げる王子を一睨みする。
「私からの信頼も、歩み寄りの時間も、何もかも要らなくなったと行動と態度で示したのは貴方です」
王子が何かを言おうとして口を開いたが、手首を返してショートソードを横にし、剣の腹で彼の顎を叩いて黙らせる。
「説明を拒み、婚約解消を拒み、あれも嫌だこれも嫌だは通じません」
義務を先に放棄したのはこの男だ。何時壊れてもおかしくない関係に、亀裂を入れて壊したのもこの男。
「婚約解消は成立です。我が儘言わずに受け入れて下さいね。元婚約者様」
最後となる言葉を掛けてから借りたショートソードを鞘に納めて背を向ける。
振り返らずに訓練場から去る。通路を歩く途中で会った近衛騎士団長に、借りたショートソードを返して、頭を下げて礼を述べて移動を再開する。
婚約が無くなったと言うのに、何の感情も湧いて来ないのはありがたかった。だが、それはあの王子に対して何一つ未練が無い事を示している。
王城で最後の仕事を済ませるべく、王の執務室へ向かった。道中、ここ半年を振り返る。
次の王太子が決まるまで残り半年と言うところで、婚約者だったこの第一王子は急にどこぞの男爵令嬢と二人っきりになるようになった。自分を蔑ろにして。
元々、国内貴族のパワーバランスを考えた、完全な政略婚約だったので互いに情は無い。婚約期間も十五歳からの三年程度だったし。でも互いに、歩み寄りはした。
けれども、二年半にも及ぶ歩み寄りは、半年前に意味を無くした。この第一王子がどこぞの男爵令嬢と急に仲良くなった。利用目的で近づいたのか確認すべく、説明を要求したが『関係無い。私の自由だ。口を出すな』と突っぱねられた。
利用しているだけなのか。確認の為に件の男爵令嬢に接触すると、王子は鬼のような形相をして『虐めているのか』と詰って来る。挙句の果てには、男爵令嬢が虐めを受けていると『指示を出したのか』と怒鳴り始める。自分が指示を出した証拠を出せと言うと、怒鳴り散らして殴り掛かってくる始末。
身辺調査で二人の『白』は確定しているが、見限るには十分な態度だ。
情の無い婚約でも、互いに歩み寄っていたと言うのに、突然拒まれた。
何故拒まれたのか。思い付く理由は一つだけ。
――自分の利用価値が無くなったから、捨てるのか。
王命で強制された婚約が原因で、『派閥を問わずに』日常的に嫌がらせを受け、陰口を叩かれ、時に暗殺者を差し向けられるなどの命に関わる被害を受けた。
ただ一度も、第一王子とその派閥に属するものから、助けて貰った事は無い。全て自力で乗り切った。
家族は何時も通りの、お約束な状態で仲は悪い。その上、義母と義妹と義弟と共に犯罪に手を染めて、自分に爵位持ちとしての仕事を押し付けて来る始末。
王子との関係修復は不可能と判断して、『そんな指示を出す暇が有るのなら、その時間を使って貴方との婚約解消に動いた方が有意義だ』と言ったら、さっきまでの勢いが消えて、王子は顔を真っ青にした。
本当に訳が分からない。
このやり取りを最後に、自分はこの王子を避けるようになった。たまに顔を合わせても鬱陶しいだけとなった。その時の決まり文句は『婚約解消に同意する気になったのか』にした。王子は顔を真っ赤にして『しない』と怒鳴るが、男爵令嬢との不貞行為は多くのものが知っていて、王の耳にまで届いている。王から叱責を受けても止めないのだからいい根性だ。
こいつの尻拭いに時間を取られ、派閥を問わずに嘲笑を受けて、時に命を狙われていると言うのに。
色々とどうでもよくなった頃、義家族の犯罪関係を内密に処理して(王にも許可を取った)鉱山送りにして、叔父に爵位を継がせ終えた。それは、家でやらなきゃならない事が、一つを除いて全て終わった事を示す。
最後の一つは婚約を解消する事だ。
しつこく『解消だけはしない』と、駄々をこねられたので、決闘を挑んで負かして同意させる事にした。向こうは『負けたら婚姻届けにサインしろ』と言い出した。
……そんなに妾として、男爵令嬢を囲いたいのかこの男は。
無性に腹が立って来た。実戦形式での決闘なので、急所を狙わなければ、手足を使っても問題は無い。
腹を数回蹴ったが、審判から注意は受けなかった。決闘は勝利で終わらせた。
王の執務室に到着した。決闘の結果がどうなっても訪れると、先触れを出していたのですんなりと通された。室内には宰相を含めた大臣が勢揃いしていた。
単身で訪れたからか、王はため息を零した。形式通りの挨拶をしてから執務机に近づくと、王は徐に口を開いた。
「ニコルズ嬢。今まで愚息が済まない事をした。派閥を問わずに暗殺者が送り込まれている事を知っていて放置し、浮気に走った愚息の責任は重い」
派閥を問わずに暗殺者が自分に送り込まれていた事を、今ここで王が正式に認めた。
認めた内容が大問題なものだったので、海千山千の大臣達も動揺する。何と言うか白々しい。
「まぁ、何を動揺していらっしゃるのかしら? 貴方達のご息女が、親の権力を使って暗殺者を差し向けて来たと言うのに。もしかして、ご存じなかったのですか? そうだとしても、正式に裁かれますので諦めて下さいな」
動揺する馬鹿令嬢の親共が余りにも奇妙だったので、カマを掛けて見たら全員の肩が動いた。大当たりだった。
「証拠の提出と確認は終わっています。今から悪足掻きしても遅いです。『知らなかった』も『娘が勝手に行った』も通用しません。諦めて下さい」
「そうだな。裁判は近日中に行う。……これから忙しくなる。足を引っ張る真似はするな」
王の言葉を受けて、幾人かの歯ぎしりが聞こえた。
王太子を決める日まで残り一ヶ月程度。自分と王子の婚約解消を知り、第一王子派は今頃てんやわんやの大騒ぎをしているだろう。
「陛下。これより私は予定通りの行動を取らさせて頂きます」
「ああ。三年程度だが、愚息が世話になった。今日ここで、婚約の解消を王妃と愚息の有責で認める。王妃の件も済まなかった」
王の言葉で、婚約が正式に解消となった。それも、相手の有責で。婚約の解消に伴う細かい話し合いは、既に終わっている。
最後に一礼してから、自分は退出した。
歩き慣れた王城内を歩いて出て、馬車に乗り込み帰宅する。
執務室で引継ぎの仕事に忙殺されている叔父の許に向かい顔を出す。決闘は勝利で終わらせ、王から婚約解消を相手の有責で認めさせた事も報告する。良くも悪くも、欲の無さが長所で欠点だった叔父の顔に変化は無い。慣れない仕事で疲れ切っている。引継ぎは終わっているし、緊急時に備えて『引継ぎノート』も作った。
事前の話し合いの内容は教えているので、これ以上報告する事は無い。一声掛けてから自室に戻った。戻ってもやる事は在る。明日から十日後に家を出るのだ。部屋の片付けをして、持ち出すものと捨てるものを決める。
とは言え、今日は決闘を終えた日。明日以降のやる事を紙に書き出して、今日はだらだらと過ごした。
この世界には学校が無い。魔法は存在するけど、身分の貴賤を問わずに誰でも使える。その使い方は『親から子へ』伝えられる。高い魔力を持つものは、世界に魔法を齎した創造神を祭る教会で教育を受けるが、これは平民限定となる。貴族は宮廷魔術師団に通って魔法について学ぶ。『職場で使えそうな新人育成を行っている』とでも言えばいい状態なので、学校とは言い難い。十歳から五年間、週に三日通うだけだし。
自分の場合は十五歳の時に、第一王妃の手で強制的に婚約を決められてしまい、一ヶ月間ほぼ毎日登城して王妃教育を受けた。過去の経験が活きて、『残りは王太子が決まってから』となったから良いけど、王妃には殺意が湧く。ニコルズ公爵家に、相談もせずに、王を言い包めて権力を使って、一方的に決めて置いて、嫌がらせをして来た。お飾り妃では無く、仕事はしているようだが、大した仕事はやってい無さそうだ。
婚約は無事に解消となったから、もう会わないけどね。王子と王妃の有責扱いだから、再婚約は無い。
婚約が解消となってから六日目。家を出るまで残り五日。
気分良く荷物を纏めていると、叔父の執事がやって来た。執事が言うには、王子の浮気相手の男爵令嬢が、前触れ無く押し掛けて来たと言うのだ。
……貴族の庶子でも無いのに、貴族のマナーすら守れないのか。
同じ事を思ったのか、執事も良い顔をしていない。
「貴族としてのマナーも守れない、幼子に会う気は無いから追い返して」
「承知致しました」
そう頼むと、執事は当然と言った顔で頷いてから去った。少ししてから、ドア越しに大声が聞こえて来たが無視した。暫く経ってから静かになったけど、予定を修正する事にした。叔父に相談しよう。
翌日、翌々日も、男爵令嬢はやって来た。同じ文言で追い返したが、明日もやって来そうだ。仕方が無いと、叔父に相談した予定通りに今日から動く事にした。
予定を修正したと言っても、日程を繰り上げるだけだ。着替えて荷物を纏めた鞄を手にする。
そう。予定よりも二日程早いが、十八年過ごした家から、玄関ホールで叔父と執事達に見送られて出た。
当面の資金類は確保している。貴族籍からの離籍届は既に王に提出済みだが、正式に処理されるのは決闘を行った日から一ヶ月後になる。それまでに捕まると面倒だが、これから出国するからどうにか逃げ切れる筈だ。
商人が使うような馬車に乗って家を出る。これなら『商人が仕事を終えて帰る』ように見えるだろう。事実、商人を装って出た事で、移動途中ですれ違った王家の馬車は無反応だった。誰が乗っていたかは知らないけど。
その後、途中で辻馬車に乗り換えて、歩いて王都から出た。
転移魔法を使って移動し、国内有数の大きな街の宿に泊まって、これからの行動方針を纏め直した。出国出来たのは、離籍届が受理される日と同じ日だ。
晴れて自由の身になったところで、何時もの尋ね人に会いに行こう。
数日後の夕方少し前。
三つ程小国を挟んだ先の海沿いの国で目的の尋ね人に会えた。それは良かったし、会いたかった三人の内の一人もいた。
「へぇー、フランキー王国の『決闘令嬢』の正体ってククリだったのね」
久し振りに会えたのはミレーユだ。ルシアとマルタはいないけど、こればっかりはどうにもならない。会えただけでも幸運なのだ。
買い出しの途中だったのか、左手に小さな丸底の籠を下げ、右手に茶色の紙袋を抱えて街中を歩くミレーユに会えた。紙袋を受け取って共に街中を歩く。そのついでに、今までどうしていたかを話していた。どこに誰がいるか分からないから、周囲に音が漏れないようにする結界を張っている。壁に耳あり障子に目ありって言うし。
聞き終えて出て来たミレーユの最初の感想がこれだった。知らない渾名に思わず眉を顰める。
「誰よ、決闘令嬢って?」
「誰って、フランキー王国の第一王子の元婚約者、イサベル・ニコルズ公爵令嬢よ。あんたの今世での名前じゃない」
「……何でそんな名が、こんなところにまで広まってんの?」
ここはフランキー王国からそれなりに離れている。インターネットのような通信環境が無いこの世界で令嬢らしからぬ渾名が知れ渡るには、たった一ヶ月では期間が短過ぎる。誰かが広めたとしか思えない。
「そりゃあ、公爵令嬢が『浮気をしておきながら王太子に成りたいが為に、婚約解消を拒んでいた王子に決闘を挑んで負かして、婚約解消を相手の有責で認めさせた』何てやったら、他所の国にまで話題として広まるでしょ? リアルな演劇までやっているみたいだし」
「第二王子が原因だったのか。……余計な事を」
広まった原因が何となく解ったので、無性に舌打ちしたくなった。
「何でそう思うの?」
「『僕に鞍替えしない?』って笑顔で言って来る奴だったの」
「そう思われても仕方が無いわね」
無性に殴りたくなる笑顔を浮かべた第二王子を思い出す。アレもアレで、良い性格していなかった。婚約者がいなかった理由は知らないけどね。
他愛の無い話をしながら、ミレーユが当面の居住地として利用している借家にまで歩く。到着した借家の前には、長蛇の列が出来ていた。
「ペドロがいるのね」
「そうよ。良く解ったわね」
「医者である事に拘りを持っているのは、ペドロだけでしょ」
「確かにそうね。弟子に色々と教えながら治療しているから、手伝う事は無いけどね」
「弟子取ってるの? 珍しい」
どう言う訳か、魔法を使わずともどうにかなる怪我や病気になると、ペドロは独りで治療したがる。その代わり、魔法で治せる場合は出来る面子に丸投げするが。
「確かに珍しいわね。でも、あと半月程度で全て教え終わるそうだから、そう長居はしないわよ」
「どれだけ集中して教え込んでいるのよ」
裏口から入ると、意外な事にもう一人いた。赤い髪と黒い肌、間違いなくギィードだ。
この国は海沿いなので、日焼けして肌が真っ黒になっている船乗りや、海の向こうの国からのやって来た黒人系の商人がいるのでさして珍しくも無い。それを考えると、日焼けしているペドロも目立たない事を考えてこの国にいるのかもしれない。
そんな事を思っていたら、ギィードが先にこちらに気づいた。
「おっ、ククリじゃねぇか! 久し振りだな。ミレーユも買い出し助かったぜ」
「久し振り。来る途中でミレーユに会った」「はい、どーぞ」
ミレーユと一緒に手荷物をギィードに渡す。ギィードは荷物を受け取ると近くのテーブルに置いた。
「そうだったのか。……あ、ペドロの診察は夕方には終わる」
「もう夕方だけど?」
「残業だ。急患がいた」
「……それじゃぁ、しょうがないか」
三人で顔を見合わせてから、誰が言うまでも無く台所に向かい、夕食の準備を始める。
作る人数を聞き、手持ちの食材を聞いてから夕食のメニューを決める。スープは明日の朝食にも出すからと多めに作る。
「やっぱり、ククリと同じ手順じゃないと、スープは水煮になるな」
「そうね。何でかしら?」
「出汁、って言うか、ブイヨン使ってる? ベーコン使う場合も、旨味が出ないように最後に入れるとか、気を遣わないと駄目だよ」
骨付き肉から骨を外し、その骨を臭み消しの野菜や酒を入れて、寸胴鍋で煮込む。
「美味い飯と、食えればいい飯の、差だな」
「何回か教えたよね? 何で覚えないの?」
「疲れている時に、美味い飯の手間を考えるとな……」
「ええ、面倒に感じるのよ」
「作り置きをしないのね」
面倒臭がりな二人は、自分と目が合わないように明後日の方向を見る。今後の食事担当は自分になると、確信した瞬間だった。
ペドロの残業が終わり、四人で夕食を取る。仕事終わりだからか、それとも別の理由が在るのか。自分以外の三人は夕食を、バクバクと、ハイペースで食べている。
明日の朝食分に流用しようと考えて多めに作ったが、全て三人の胃に収まった。食後の皿洗いは全員で手分けして行った。
お茶を淹れて食休みの時間になった。
近況を報告し合い、分かち合う物品が有れば分け合い――今回分け合ったのは、ミレーユが宝珠と呼ぶ六つの『霊力を溜められる鉱石』だった。初めて見たが、ミレーユが込められていた霊力を全て使用したらしく、全部空っぽだった。その為、実験ついでに、自分が霊力を籠め直してから分配した。なお、聖結晶は女衆三人に渡した事で、既に全員に行き渡った状況だ――今後について話し合う。と言っても、あと一ヶ月はここにいる予定だ。
ペドロの弟子の習熟具合は速いそうなので、こちらは半月程度で全てを教え終わるらしい。それでも、一ヶ月ここにいる予定なのは、移動の準備方面で時間が掛かると見ているからだ。主に、ペドロの弟子にここを明け渡すのに時間が掛かる。主に手続き関係で。
必要なものの仕入れと作製は、ペドロが付きっ切りで教えたお陰で問題無い。教えている事に関しても、文盲では無い事を理由に教本を作ったそうだ。絵本版も作ったらしい。
やはり識字率が高いと、『本』言う形で情報が残せるから便利だ。
話し合いが終わり、明日の朝食の仕込みをしてから、ミレーユと一緒にお風呂に入り、就寝。
翌朝から新しい日々が始まった。
一ヶ月後。
予定通りに四人で街から去った。知り合った商人から馬車を勧められたが、『途中で薬草の採集を行い、適当な乗合馬車を利用する』と言って断った。
人気の無いところまで徒歩で移動し、そこから魔力駆動の四輪車に乗って移動する。運転は交代制で、最初はギィードが務める。予定通りに出発出来て良かったが、出発直前までの騒動を思い出してげんなりする。
「まさか、ハンドクリーム一つでここまで騒動になるなんて……」
「ほんっとうね」
「暫くの間は、作るなよ」
「作らないよ。作り飽きた」
車のシートに凭れ掛かって、天井を仰いでため息を零す。
元居た国では、貴族平民問わずにハンドクリームが当たり前のように使われていた。だが、こちらの国には全くと言っていい程に普及していなかった。最終的に幾つかの街の香水屋に作り方の教本を売る事で、様々な香り(特に花系)がするハンドクリームを欲しがる女性(貴族平民問わず)をどうにか落ち着かせた。
始まりは、あかぎれに悩む女性の手当て用品として、ペドロからの依頼で作った。眠る前に使った方が良いと教える為に落ち着く香りを付けたら、口コミで大ヒットしてしまった。商人までもが押し掛けて来て、大騒動だった。
今になって思えば、ミレーユに聞いてから作れば良かったと後悔する。
騒動は収まった。それで良しとしよう。元居た国に情報が広まっても、逃げる手段は有るからね。
半年後のある日。
大きい食堂で昼食を取っていると、役人らしい二人の男が接触して来た。
自分がフランキー王国の公爵令嬢じゃないかと尋ねられた。紙を持っている事を確認してから逆に尋ねる。
『名前の綴りがよく間違われるから、その紙を見せて欲しい』と言って、紙を受け取る。
予想通りに、家名の綴りが間違っていた。その事を告げて『別の人物』と誤認させ、二人を帰らせた。
同席した三人に、どう言う事か教えて納得して貰った。
元居た国でもよく起きた事で、十回中六回は起きる事だった。
イサベル・ニコルズの、ニコルズの綴りはややこしい事に、三種存在する。
地球のアルファベットで表記するのなら、『Nicholls』が正しいのであって、『Nichols』と『Nicolls』ではない。これを利用して嫌がらせ対策をしたんだよね。わざとお茶会や招待を欠席したり、『送り主を間違えている』と手紙を送り返したりした。特大級の失礼をしているのは向こうだから、衆人観衆の多いところで糾弾されても、堂々と言い返せば特に問題は起きなかった。
昼食後、買い物を済ませて速やかに移動した。そして、海沿いの国に向かい、船に乗った。
祖国から逃げるように、もっと遠くへ移動する。
この面子での、ちょっとした旅に満足するまで、移動は続いた。
やはり、たまに会えるから嬉しく思う。
何時か来る終わりはまだ先。
海を越えているのに、祖国からの調査の手は未だに伸びている。まだ、諦めきれていないらしい。
仮の話。連れ戻されるようなら、その時は覚悟を決めるしかない。
Fin
ここまでお読み頂きありがとうございます。
菊理とミレーユの再会編です。
のっけからクライマックスだけど、だらけない為に短く書こうをモットーにしました。もう幾つかエピソードを追加しようかと思いましたが、ぐだぐだになりそうだったのでこの長さです。エピソードの取捨選択が難しい。
※誤字脱字報告ありがとうございます。