8.おしゃれなゴブリン
「昔拾ったウサギ……」
クラリスにとっては大事な思い出なのだが、ルイからすれば気持ちのいい話ではない。ウサギの耳を生やしていて、毛色まで同じとはいえ、人とウサギは全く違う。重ねているなんて馬鹿にしているのかと言われそうで、だから言いたくなかったのだ。
復唱され、居心地の悪くなかったクラリスは彼から視線を逸らす。
けれどルイの反応は想像とまるで違った。なぜか上機嫌なのである。
「そのウサギに会ったのはいつだ!?」
興奮気味にウサギエピソードに食いついてきた。クラリス以上のウサギ好きなのかもしれない。想像とは違う反応に、クラリスの方がつい戸惑ってしまう。
「えっと、六歳の時。あの頃はまだ錬金野菜を安定して育てることができなくて、その日は裏山に肥料に混ぜるための薬草を取りに行ったの」
「そうか。あの薬草はそのための……」
「ちゃんと薬草としても使えるから! むしろそっちがメインというか……エドガー兄さんに持たせていたのも普通の薬草だから。心配しないで」
ポーチの材料こそ少し特殊だが、中に入れていたものはどれもごくごく普通のアイテムなのだ。兄がルイにも分けていたかまでは分からないが、変な使い方をしていた可能性はおおいにある。学生時代のエドガーを知るルイの口から『あの』なんて言葉が付けられれば不安になるものだ。慌ててフォローを入れる。
「ああ、分かった。それより、実は俺はウサギにもなれるんだ。後で見てほしい!」
今度は謎の張り合いを見せてきた。
ウサギのプライドというものだろうか。だが『祝福の御子』が動物の姿を取れるという話は聞いたことがない。人によるのか、はたまた隠されているだけなのか。どちらにせよ他人に気安く教えていい情報ではないはずだ。
「えっと、そういうのって隠しておくものじゃ……」
「生涯を共にしたいと考えている相手に隠しごとは不要だろう」
「そういうものかしら」
「ああ。俺はなんでも知ってほしいし、クラリスのことはなんでも知りたいと思う」
「そ、そう」
満面の笑みを浮かべるルイ。端正な顔立ちも相まって普通の女の子ならこの笑みだけでノックアウトしそうだ。ウサギ好きのクラリスもぴょこぴょこ動く耳には思わず手を伸ばしそうになる。
だが彼は人間だ。男の人、それも初対面の相手に求婚するような変人だと自分に言い聞かせる。自制しないとこの場でウサギ姿を求めてしまいそうだから。
ウサギ姿でプロポーズされたらつい了承してしまいそうで怖くもある。
「ルイさん、横!」
そんな気のゆるみを察してか、集中しろと叱責するかの如く黄色いスライムが飛んできた。ルイはクラリスの掛け声に合わせて飛びのく。
一体目のスライムは壁にぶつかり破裂。けれどすぐに二体目、三体目のスライムが飛んでくる。
いずれも酸を吐き出す黄色いスライムである。
クラリスは飛んでくるあたりの位置に立ち、鍬をスウィングする。
狙うは北北東--ゴブリンの建てた見張り台である。慣れたもので、一体目で偵察部隊のゴブリンにぶつかり、はじけ飛んだ。いち早く敵を発見するため、高い位置に作られた見張り台からゴブリンが落下すると同時にスライムの酸が他のゴブリンの頭上に降り注ぐ。
ゴブリン達はギャーギャーと悲鳴を上げながら巣から飛び出した。そこに追加のスライムも飛ばしていく。
「すごいな」
「ありがとう。あ、あそこ。あそこに腰にカラフルな布巻いたゴブリンがいるでしょ? あれにはスライムの酸が飛ばないように気を付けてね。あれを攻撃しようとすると周りのゴブリンが大きめの魔法を打ってくるから。周りから潰していく感じでお願い。それから帽子被ってるゴブリンはボディを狙って。あの帽子は後で使うから」
「レッドキャップまでいるのか!?」
「レッドキャップ? ああ、帽子のこと? なんか魔物の間でおしゃれが流行ってるみたい。やっぱりファッションリーダーがいると違うわね。下の階層にいるコボルトとかオークも帽子被ってたり服着てたりするからそっちもあんまり傷付けないようにしてね」
ダンジョン内で生まれる魔物は死んだ場合、再び生まれ変わるのか、はたまた違う個体が発生しているのか。ダンジョン研究者の中でも解明されていないのだが、クラリスは同じ個体なのではないかと睨んでいる。
おしゃれなゴブリンを初めて見かけたのは十年近く前のことなのだが、以降、定期的におしゃれなゴブリンが発生している。
そのゴブリンに触発されるように、ダンジョン内の魔物達はファッションにこだわりを見せるようになった。服の素材は一体どこから取ってきたのかは謎である。
織布技術と染色技術が気になるところだが、彼らも人間と同じく、技術に対する思い入れは強いようだ。時間に余裕がある日にダンジョン内を捜索してみても、布を織るための機械などは見つけられなかった。
日々ファッションアイテムを身に着けている魔物は増え、アイテム自体も増えつつある。今ではクラリスよりも服装に気を使っているのではないかと思うほど。
ファッションアイテムを身に着け始めた魔物はお気に入りの服を守るように、少し変わった動きを見せるようになった。少し複雑ではあるが、彼らを倒せば一定確率でドロップアイテムとして手に入れられる。クラリスも恩恵を得ているのである。
「……そうか」
初めておしゃれなゴブリンを見たらしいルイは納得がいかない様子だ。不満そうな表情を浮かべながらも、クラリスの指示に従ってゴブリンを倒していく。
都会にはおしゃれなゴブリンがいないのか。もしかしたらおしゃれなゴブリンの出没もスライムニウム同様、潜る冒険者が少ないがゆえなのかもしれない。
必要に駆られて発生する文化があれば、暇が生み出す文化もあるのである。
まぁ暇だからとファッションを極めるくらいだったら他のダンジョンに生まれ変わってほしいものだが、魔物にも何かしらのルールがあるのだろう。
そんなことを考えながら、おしゃれなゴブリンの頭に鍬を振り下ろした。