5.借金の理由と特殊なドロップアイテム
発生当初こそ小遣い稼ぎに潜る地元民もいたようだが、今となってはこのダンジョンに潜るのはベルン家の人間だけ。それも好きで潜っているわけではなく、魔物がダンジョンの外に溢れるのを防ぐため。
ここのダンジョンのように、冒険者が潜ってくれないダンジョンは各地にある。
ダンジョンの管理は国から領主に任されているため、領主が冒険者を雇って定期的に魔物を間引いてもらうのが一般的である。ベルン家もかつてはそうだった。
だが収入が少ないベルン家がそんなことを繰り返していては、ダンジョン発生時にできた借金がいつまで経っても減らない。
そこでクラリスの祖父は自ら魔物を狩り、孫であるクラリスにその役目を引き継がせた。
祖母と両親は祖父の決定に眉を顰めたが、最低ランクダンジョンであることが幸いした。というのも生まれたばかりの魔物であれば、素人でも簡単に倒せるのだ。
さすがに進化されれば大変だが、その前に狩ってしまえばいい。人間同様、魔物も復活するのだが、一日で完全復活することはない。最弱のスライムですら半分程度。弱い魔物でも狩り続けていればレベルは上がる。
ボスであるミノタウロスだけは少し苦労したが、サボらず続けていけば身体を動かすことにも慣れていく。死んでも生き返れるということもあり、当時まだ幼かったクラリスでもダンジョンの踏破が可能だった。
「そんなことはないと思う。これなんか初めて見たんだが……」
一階層の魔物を一掃し、アイテムを拾う。
駆け出し冒険者がギルドに大量に持ち込むアイテムばかりで、どれも市場に溢れていた。だが一つだけ、ルイが手に持っているものだけは特殊だった。
「それはスライムニウム。ちょうどストックがなかったから落ちてよかった。エドガー兄さんの杖の強化に使おうっと」
「スライムニウム? 初めて聞く名前だ」
「ドワーフでも知らないって言うから私が名付けたの」
スライムからドロップするからスライムニウム。命名したのはクラリスだ。我ながら安直な名前である。
ちなみにスライムニウムは金属とは思えないほど柔らかく軽い。熱を加えると固くなるのだが、軽さはそのまま。農具向きの金属で、クラリスが使用している鍬とじょうろ、猫車はこれを用いて作った。魔力の伝導率も高いため、杖の強化にも使える。
「大発見じゃないか! 発表すれば一財産を築けるぞ」
「他じゃ再現できないから相手にされないだろうって」
「誰がそんなことを!」
「鍛冶師のおじいさん。まぁうちでもたまに見つかるくらいだし、無理に売る必要はないかなって」
このスライムニウムは発生状況がかなり特殊で、地上はもちろん、他のダンジョンで発見されることもまずあり得ない。
秘密はダンジョン内の鉱物にある。ダンジョン内では地上よりも魔素濃度の高い鉱物が採掘される。鉱物は必ず岩に含まれており、鉱物が含まれる岩からは色つきの石が飛び出ている。素人が見ても分かるほど、他の岩との違いは歴然である。
低ランクダンジョンで採れた鉱物もそこそこの値段で売買され、ランクの高いダンジョンだと珍しい鉱物も採れる。そのため採掘専門の冒険者は幅広いランクに存在する。鉱物が含まれる岩が発生すればすぐに冒険者が飛びつく。スライムが捕食する暇もないほどに。
だが万年人手不足のベルン領では鉱石に手を出すことは少ない。
祖父は定期的に採掘していたようだが、クラリスでは岩を砕くのが大変なのだ。砕いたところで出てくるのは鉄鉱石。たまに銅や銀が採れる程度。売ればそこそこになるのだが、労力を考えると大した稼ぎにはならない。今では自分達が欲しい時に取っていくくらいで、基本は放置。
その結果、クラリスが管理を任されるようになってからしばらく経った頃から、スライムが謎の金属をドロップさせるようになった。
鍛冶師のおじいさん曰く『スライムが捕食した鉱物がスライムの内部で変化したものだろう』とのこと。だが他のダンジョンや大陸各地の鉱山で確認されているメタルスライムという魔物を倒しても金属がドロップすることはない。
メタルスライムに至る直前の状態で倒すことに意味がある。もしくはダンジョン産の鉱物を取り込むことによってこのような状態が発生するのではないか——というのが鍛冶師のおじいさんの仮定なのだが、どちらにせよ今まで見つかっていないのはかなり不自然であると。
まぁ結局のところ、よく分からないのである。
このダンジョン内はもちろん、外部でも再現することはできず、故にスライムニウムというものが魔物からのドロップアイテムであると証明することができない。
未だ発表されていない金属であることは証明できるかもしれないが、錬金術で作ったのではないと証明することもまた難しい。クリアできたとして、かけた労力分の対価を得ることは難しい。なにせスライムニウムは月に数個ドロップすればいいほどなのだから。
「その鍛冶師が発表し、クラリスが得るはずだった権利を奪う可能性は?」
「スライムニウム本体に興味はあっても、特別な権利や地位名声に興味がない人なの。むしろスライムニウム目当てにこのダンジョンに潜る人が増えて、自分の店に持ち込まれるスライムニウムが減ったら困ると考えるかな。ルイさんも公表しないでね。といっても言ったところで信じてはもらえないと思うけど」
「そうか。君に害を成す相手でないのならいいんだ」
ルイはホッとしたような顔でスライムニウムを渡してくれる。
受け取ったスライムニウムは他のドロップアイテム同様、マジックバッグに入れる。
あたりを軽く見回し、狩り残しと拾い残しがないかを確認する。
そして二階層に続く階段を下っていく。