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4.細かいことは気にしたら負け

「じゃ行きましょう」

 ここで話していても、ダンジョンに行く時間が遅くなるばかりだ。

 残りは道中で話せばいいだろう。見るからに仕立てのよさそうな服も気になるが、ルイは元々ダンジョンに潜るつもりで来ているのだ。汚れても文句は言うまい。


「ところでクラリス。武器は?」

「この鍬。畑も耕せるし、魔物も倒せるしで便利なのよ。定期メンテナンスは欠かせないけどね」


 ダンジョンに潜り始めた頃は細身の剣を使用していた。最低のランクダンジョンとはいえ、下層の魔物も単独で倒せたくらいだ。剣の腕はそこまで悪くはなかったと思う。


 だがダンジョン内に畑を作り、畑を耕すための鍬を持ち込むようになってからは、鍬の方がクラリス向きだと判明した。鍬一本で畑を耕せて魔物も倒せるなら持ち込む荷物は少なくて済む。死亡時のペナルティを考えると荷物が少ないに越したことはない。それ以降、鍬を武器としても愛用している。


 十数年来の相棒を撫でると、ルイの頬が緩んだ。


「そうか。やはり……変わらないな」


 何かぼそっと呟いていたようだが、よく聞こえなかった。

 こてんと首を傾げる。


「もしかしてエドガー兄さんと一緒にしてる? 兄さんの杖は緊急時用だけど、こっちはちゃんと武器として使えるように作ってるのよ? 全然違うんだから」

「ああ、ちゃんと分かっているさ」

「そう? ならいいけど」


 小さく笑って歩き出すルイ。本当に理解してくれているのか微妙なところだが、深追いすることもないだろう。クラリスの持っている鍬が武器として使用できようができまいが、大した違いはない。


 なにせこれから向かうダンジョンでは普通の鍬で倒せるほどの魔物しか出ないのだから。


 魔物は強さに応じてランク分けされている。

 駆け出し冒険者でも一人で倒せるスライムがEランク、少し手こずるゴブリンがDランクである。ベルン領のダンジョン内にいる魔物のほとんどがDかEランク。


 ダンジョン内最強であるはずのミノタウロスですら、初心者数人で倒せるCランク相当しかない。大きなダンジョンなら二階層あたりから見かけるそうだ。


 出没する魔物によってダンジョンもランク付けされている。ベルン領にあるダンジョンは一番低いEランク。ダンジョン発生時にやってきたダンジョン認定官がササッと見て判断を下したのだそうだ。


 普通の鍬を使わない理由としては、想定外の用途に使用すると鍬がダメになるから。

 初めのうちは特に気にせず使用していたのだが、ドワーフの鍛冶師に叱られた。


 復活するからといって命を預けるものを粗末に扱うな、と。

 冷静に考えなくとも彼の言っていることは正しい。実際、それで痛い目にあったこともある。ならばと錬金術が使えるようになったタイミングで強化してしまうことにしたというわけだ。


 ちなみにドワーフの鍛冶師には顔を合わせる度、未だに「手入れを欠かしてないだろうな?」と怪訝そうな顔で聞かれる。信頼されていない、というより、ヒューマンよりも寿命の長い彼にとってクラリスはいつまで経っても子供なのだろう。


 そうこう考えているうちにダンジョン前に到着した。


「ルイさん。ちょっと待っててね」


 クラリスはマジックバッグの中から一枚の布を取り出す。オークが落とした腰布を錬金術を用いて糸にしてから布として作り直した『綺麗な布』である。


 耐久性の問題もあり、服などには使えないのだが、掃除をする時には重宝している。イレーヌが刺繍を練習する時に使っているのも、この布と一段階前の糸である。


 失敗作は躊躇なく雑巾にできるのだと、毎回喜んでくれる。実際、今クラリスが持っているのもイレーヌの失敗作である。少し前に頼まれて作った色つきの糸で刺繍した形跡がいろいろなところに残っている。


 これはこれで可愛いので、クラリスも気に入っている。

 布を水魔法で少し濡らし、祈りの祭壇に飾られた像を磨く。


「いつもこうしているのか?」

「今日も何事もありませんように、ってお願いするついでにね。無事に帰って来られたら帰りは採れたての錬金野菜をお供えするの」


 このダンジョンで死亡者が出たのは三年前、酔っぱらったエドガーの死亡が最後。その前だとクラリスの幼少期まで遡るのだが、習慣のようなものだ。


 キュッキュと磨いて、綺麗になった像に手を合わせる。ルイもクラリスのマネをして、両手を合わせた。するとぽおおっと柔らかい光が広がった。


「これは神の!」

 ルイが驚くのも無理はない。通常、祈りの祭壇が光るのは神の力が働いた時のみ。ダンジョン内で死んだ冒険者が復活する際、復活人数に応じた強い光を放つ。


 クラリスも幼い頃はよく光に包まれて生還したものだ。三年前、死亡者がいないにも関わらず祭壇が光を放った時はひどく驚いたものだ。だが毎日見ていれば見慣れる。落ち着いたものだ。


「エドガー兄さんが死んだ次の日から、祈る度に光るようになったの」

「エドガーが?」

「数年ぶりに神の力が発動した影響かなって思ってるんだけど、セドリック兄さんにもエドガー兄さんにもよく分からないみたい。まぁ光るってことは創造神の加護が届いているって証拠だから大丈夫でしょ。今まで悪いことが起きた事もないから安心して。さぁ行きましょうか」

「あ、ああ」


 ダンジョンというものが初めて観測されてからかなり経つが、未だ不明なことも多い。発生場所に規則性はなく、なぜダンジョンごとに生息する魔物が違うのかも謎のままだ。


 学園でダンジョンの勉強もしていた兄達が分からないというのだから、クラリスが分かるはずがない。だがクラリスはダンジョンに詳しくなりたいわけではない。現状を維持したまま害を被ることがなければそれでいいのだ。


 ダンジョンに潜り、鍬を片手に魔物をサクサク倒していく。

 どこにどんな魔物がいるのか。考えるまでもなく身体が動く。ダンジョン内の魔物討伐はクラリスにとって作業のようなものだった。会話をする余裕さえある。


「綺麗なものだな……。他の冒険者が入った形跡すらない」

「見ての通り、弱い魔物しか出ないし、ドロップ品もかなりしょぼいでしょ? ここに潜るくらいなら、少しお金を貯めてダンジョン都市に行く方がいいのよ」


 ダンジョン都市とは、ダンジョンを主な収入源にしている土地のことだ。冒険者向けの施設も多く、国から『ダンジョン都市』として認定されれば冒険者ギルドの支部も建てられる。都市が発展してくれば一般人向けの施設や冒険者ギルド以外のギルドなんかもやってくるようになる。


 大規模のダンジョンが発生した土地はもちろんのこと、小規模から中規模のダンジョンでも複数が密集していて多くの冒険者が集まっている状態が継続されると、ダンジョン都市として認定される。


 Eランクダンジョンでもダンジョン都市付近にあるか、近くに低ランクダンジョンが全くなければ駆け出し冒険者がやってくることもある。だがベルン領から一番近いダンジョン都市は馬車で五日ほど離れた場所にある。そこは小規模から中規模の複数ダンジョンで形成された都市であり、駆け出し冒険者は当然そちらに流れていくというわけだ。


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