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3.錬金術は偶然で

「とりあえず、私は今からルイさんと一緒にダンジョンに潜ろうと思うんだけど……」

「クラリス! 彼のことはルイ様と! それに口調も」

「ルイでいい。敬語も不要だ。クラリッサ嬢には自然に話してほしい」

「なら私のこともクラリスって呼んで。みんなそう呼ぶから」


 クラリスは一応男爵令嬢ではあるのだが、社交界に出たのはお茶会デビューの時のみ。それも王様に顔を見せる義務があるから足を運んだだけのこと。馬車は借り物だったし、ドレスは叔母が幼い頃に着ていたドレスを手直ししたものだった。


 借金を抱えたベルン家は三番目の子供にお金をかけられなかった。クラリス自身もドレスにも社交界にも興味がなく、自分に金をかけるくらいだったら家を継ぐ予定のセドリックか、魔法の才能があるエドガーに回してくれと思っていた。


 平民同然の生活にも文句はない。むしろ貴族扱いされるとむずむずとした気分になるくらいだ。


「分かった」

「それで、ルイさん。ある程度の話はエドガー兄さんから聞いていると思うけど、畑があるのは第十階層――ダンジョン主のいるフロアなの。そこまでは弱い魔物しかいないし死んでも生き返るけど、手持ちのアイテムはほとんど戻ってこないから。念のためになくして困るものは置いていってね」


 ダンジョン内で死んだ場合、入り口付近に設置された『祈りの祭壇』前に復活する。クラリスは幼少期から数えきれないほどダンジョン内で死んでいるが、いずれも五体満足で生還している。


 ダンジョン内では創造神の加護が強く働くらしく、どこのダンジョンでも同じなのだ。

 だがペナルティはある。死亡時に所持していたアイテム・武器・装備のほとんどが失われるのである。このペナルティにより、エドガーは杖を失った。


 ルイもそのペナルティを理解しているようで、こくんと頷いた。


「高い杖とかか?」

「そうそう。そういうの。落とすと偽宝箱の片付けが大変なのよ」


 エドガーの杖については彼も知っているようで、茶化したようにそう告げた。

 クラリスも同様に茶かす。


「なぜ偽宝箱を片付ける必要があるんだ? 潜る人間が限定されているなら、宝箱の中身だってある程度予想がつくだろうからリスクを負ってまで開けることはないだろうに」

「トラップ系やゴミ系は放置していてもいいんだけど、ミミックは生まれてからしばらくすると歩くでしょう? 強くなる前に探すの大変なのよ」


 ダンジョン内に発生する宝箱の中身は、ダンジョンが吸収したものによって賄われている。死亡した冒険者が所持していたアイテムやダンジョン内部で魔物が作り出したもの、ごく稀にそれらを組み合わせて作られたと思われる未知のアイテムなんてものもある。


 このルールは偽宝箱にも適応される。偽宝箱とは宝物以外が入った宝箱の総称であり、開けた途端に即死するトラップが仕掛けられているもの・開けるのは苦労するのに中身はゴミ・魔物に擬態したモンスター『ミミック』あたりが有名だ。


 一般の冒険者に嫌われるのは中身が『ゴミ』の偽宝箱である。

 この『ゴミ』は比喩ではない。冒険者が捨てていったポーションの空き瓶や肉の包み紙などが出ればいい方で、最悪排泄物がそのまま入っている。そのため外部から持ち込んだものは必ず持ち帰るのがマナーとなっている。


 それでも死亡した冒険者の手持ちに入っていたらどうしようもなく、それを放置すればまたどこかの宝箱の中身となる、という最悪のループが繰り返されることとなる。ゴミ箱を設置してもダメ。スライムに食べさせてもダメ。一定数溜まれば大量に偽宝箱が発生してしまう。



『ゴミは持ち帰れ』

 ダンジョンを作りし、創造神の強い意志を感じる。



「そういえばクラリスが毎日ダンジョンに潜るのは魔物が強くなるのを防ぐためだったな」


 このルールには一時クラリスも頭を悩まされたのだが、ミミックと比べれば大したことはない。なにせベルン領のダンジョンにおいて、ミミックは生まれたばかりのミノタウロスよりも強いのだから。


 とはいえミミックは自分で移動できるまで成長するか、冒険者が蓋に見える部分を開けなければ攻撃してくることはない。つまり設置直後に撤去してしまえばさほど脅威ではない。


 発生したと分かったら回収し、グラグラと湯だった大鍋に突っ込む。這い上がってこないよう、速攻で蓋をするのがポイントだ。


 ミミック、というより宝箱は火と水の攻撃が弱点であるため、しばらく煮込むとお湯に溶ける。綺麗に溶けて何も残らない。中身が入っていた場合だけ、アイテムがぷかぷかと浮きあがる。


 ただし大鍋を担いで旅する冒険者なんていないし、アイテムそのものが熱に弱かったら中身もダメになってしまう。といってもベルン領のダンジョンではそんなアイテムが宝箱に入ることはない。大抵が魔物のドロップ品である。


 そのためだけに宝箱を回収して歩くのはかなり面倒だ。なにせ茂みの中に隠されているなんていい方で、沼の中に沈んでいた時や偽宝箱を設置するためだけに隠し部屋が発生したこともある。


 三年前は大鍋を兄に背負わせて、偽宝箱を見つけ次第煮込んでいった。二人で行った分、かなり楽できたが、エドガーの杖さえ無事だったら探知系の魔法を使えたのでもっと楽できたはずである。


 ……今度発生した時には手伝わせよう。クラリスはそう心に誓う。


「畑ばかり気にしていて、すっかり忘れていた」

「畑はあくまでついで。といってもあの畑のおかげで錬金野菜が作れるんだけどね」

「畑を管理するために錬金術を始めたのか?」

「いいえ、偶然使えるようになったの」


 畑を作った当初は通常の肥料と種を使っていたのだ。

 ダンジョン内で野菜を育てようと思ったきっかけはエドガーだ。師匠と共にダンジョン都市でレベリングしてきた彼が、ダンジョン内で野菜を見つけたと話して聞かせてくれた。


 領地にあるダンジョンしか知らないクラリスはもちろん、他のダンジョンにも潜った経験のある祖父も強い興味を示した。というのも、ダンジョンに生えている植物の成長は地上よりも早い。ダンジョン内に充満する魔素が成長を補助しているのだとか。場所によっては非常に珍しく、高品質な薬草が採れるダンジョンもある。


 詳しい原理は分からないが、ベルン領のダンジョンに生えている植物も毎日すくすくと成長している。木の枝だって折った翌日には元に戻っているほど。クラリスは幼い頃、大きく育った木はいつかダンジョンの天井を突き破ってしまうのではないかと心配していた。まぁ実際はある程度まで成長したらストップするだけだったのだが。


 それはともかく、もしも人の手でも育てられるのであれば、地上で育てるよりも早く、栄養価の高い野菜が育てられる。そう考えた祖父とクラリスはダンジョン内での野菜の生産を始めた。


 だが上手くいかなかった。野菜はある程度成長したら腐ってしまうし、肥料はダンジョンから『ゴミ』判定されてしまう。もったいない。


 その後、エドガーが調べてくれた結果、ダンジョンで自生している野菜は種自体が特殊であることが判明した。以降、兄はダンジョン産の野菜を発見する度に持って帰ってきてくれるようになった。それをいろいろと弄っているうちに錬金野菜が出来上がったというわけだ。


 初めは二種類しかなかった錬金野菜も今は十三種類ある。学園に入学したエドガーが王都付近にあるダンジョンに端から潜って、様々な野菜を回収してきてくれたからだ。


 膨大な魔力を消費するとはいえ、転移魔法が使えるためか、エドガーは野菜を抱えて頻繁に帰省していた。長期休みでもなかなか帰省できなかったセドリックとは大違いだ。当時は気に留めなかったが、返信用の封筒に転移魔法陣を描いてあったのもかなり異例だったのだろう。おかげで多くの錬金野菜が手に入ったわけだが。


「偶然なんてそんなことあるのか?」


 ルイが不思議に思うのも無理はない。

 錬金術師の多くは師と呼べる人物から技術を学ぶものである。だがクラリスは完全に独学。初めのうちは自分が錬金術を使っていることにすら気づかなかった。


「使ってた鍋が錬金釜向きだったみたい」


 ベルン家の鍋やフライパンは全てダンジョン産の鉄鉱石を使用している。ダンジョンで拾ってきて、村で暮らしているドワーフの鍛冶師に加工してもらうのだ。なんでもその鉄鉱石に魔素が含まれていたことで、錬金釜としても使えたらしい。鍋から変なものがでてきたと鍛冶屋に駆け込み、発覚した。


「そんなことってあるのか?」

「ええ。私がそうだったし、錬金術使える人って案外多いのかも」


 錬金術において大切なものは、錬金釜と材料とイメージ。


 この三つさえ揃えば大体どうとでもなる。

 本物の錬金術師が聞いたら絶句しそうなものだが、クラリスは王都で活躍するような錬金術師を目指しているわけではない。自分の使うものだけ作れればそれで満足なのだ。極める気もない。


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