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2.祝福の御子と空気を読まない次兄

 クラリスだけでなく、ルイを連れてきたエドガーまでもが固まってしまっている。コカトリスに遭遇してしまったかのよう。クラリスは実際に見たことはないけれど、おそらくこうなってしまうのだろう。だが停止しかけた思考を必死で動かし、この状況を理解しようと務める。


 まずルイという男性は、初対面の相手に求婚しなければならないほど困っているのか。

 ここが一番重要だ。


 祝福の御子の特性が子孫に受け継がれることはないが、彼らの血を自らの家系に引き込みたいと考える貴族は多い。また身分や生まれた土地関係なく、出世は確実であることから、結婚相手に困ることはないと聞いたことがある。


 幼い頃、クラリスは『もしも自分が御子だったら家の借金なんて一瞬で返せるのに……』と羨ましく思ったものだ。目の前の兄によってその借金のほとんどが返済された今となっては懐かしい思い出であり、祝福の御子は未だ遠い存在のままだ。よほどのことがない限り、目にする機会すらないと思っていた。


 そんな相手が結婚相手に困ることがあるのか。

 ルイ本人によほどの問題がなければ、いや、あったとしてもクラリスに辿り着くまでに様々な選択肢があったはずだ。

 それらの選択肢を蹴破ってきた可能性も否定できないが……。


 冷静になろうにも、彼の頭から生えたウサギ耳が思考の邪魔をする。

 クラリスはウサギには弱いのだ。兄の友人だということを差し引いても怪しい男を警戒しきれないでいる。


 どう返事すべきか迷っていると、先にエドガーが口を開いた。


「まぁいいや。クラリス、ルイにダンジョンの畑見せてやって。ルイは何度かダンジョンに潜ったことあるから中のことは大体分かっているし、父さん達にはもう話を通してあるから」

「何もよくないわよ!」

「ほら、クラリスももう二十二だし。ちょうどいいだろ」


 ハハハと軽く笑い飛ばす兄に突っ込みを入れる。

 エドガーはこんな時までも空気を読まないのか。呆れ半分、助かったという気持ちも半分。


 けれどその感謝も長続きはしなかった。

 エドガーは胸元からおもむろに杖を取り出した。


「ちょっとその杖! なんでまだ使ってるのよ! 新しいのを買ってって言ったでしょ」


 クラリスはエドガーが取り出した杖に見覚えがあった。忘れるはずがない。三年前にクラリスが作った杖だ。


 杖といっても、ダンジョンで拾った枝を少し強化した程度のもの。見た目はまんま枝。ダンジョンで死に、杖を失ったエドガーが発動する転移魔法に耐えられればそれでよかった。


 大きな魔法には耐えられないし、見た目も悪いから王都に戻ったら新しい杖を買うようにと口を酸っぱくして伝えたというのに……。


「朝から怒るなよ。ダンジョンに潜る前から疲れちゃうぞ」

「誰のせいで怒ってると……」


 いや、怒るだけ無駄だ。

 この男は一度気に入ったものはなかなか手放さない。クラリスが不格好な巾着袋を大事にしているのと同じ。その証拠にエドガーは杖の定期メンテナンスを行っている。


 そうでなければ錬金アイテムとはいえ、三年も保つはずがない。いや、普通ならメンテナンスをしていても壊れるはずなのだが、そこはエドガーの執着が成せる技。壊れたら寝ているクラリスを起こしてでも直させることだろう。そのくらい気に入っている。見ただけで分かる。


 なにせ彼は愛着のないものなら、貴重なものでも平気で手放すのだから。三年前になくした杖がいい例だ。


 当時エドガーが使っていた杖は、歴代最高の成績で学園を卒業した記念に贈られた品だった。世界樹から落ちた枝を使用しているらしく、十年に一度出回るかというくらい貴重な品。とても値段がつけられるようなものではない。


 そんな品を、実家に帰った際に失ったのである。周りが卒倒したことは想像に難くない。両親も兄夫婦も社交界に参加した際、多くの貴族に詰め寄られたという。だが当の本人はあっさりとしていた。


 この様子を見る限り、むしろお気に入りの杖が手に入ってラッキーとまで思っていそうだ。エドガーはそういう人なのだ。兄ながらその図太さが羨ましい。


「帰ってきたら杖のメンテナンスもよろしく!」

 エドガーはそう告げると、手に持っていたアイテムを置いた。そして自分はササッと転移してしまう。

 初対面の男と共に残されたクラリスのことなどお構いなしだ。大きな溜め息が溢れた。


「いきなりすまないな。昨晩、ようやくエドガーの休暇が取れたんだ」

「あ、いえ……」


 ルイは申し訳なさそうに告げるが、謝るところはそこなのか。

 突然来たことよりもプロポーズの方が大事なのだが……。だがクラリスの中での重要度も『兄の杖』が勝っている。


 この先も使い続けるのであれば大幅に強化しなければならない。今はなんとか保っているものの、いつかはエドガーの魔力に耐えきれずに暴発する。放置していると危険を伴うのである。


 杖の強化に使えそうな素材は手持ちにあっただろうか。

 そう考えに耽っていると、奥から父が現れた。どうやらエドガーの声が聞こえていたらしい。


「今、エドガーが帰ってきてなかったか?」

「ええ。でもすぐ帰ったわ。あとでゲートの取り付けにくるってそれを置いていったの」


 先ほどエドガーが置いていった転移ゲートを指さす。

 かなり大きく、はっきり言って邪魔だ。だが魔法アイテムは変なところを触ると起動してしまう。置いてった本人が戻ってくるまで放置するのが一番だ。


 父もチラリと視線を向けて、小さくコクリと頷くだけ。触ろうとはしない。それよりも気になることがあるらしい。父の視線はクラリスの隣に立つ人物に移っていた。


「そうか。それでお隣にいるお方は……」

「エドガーの友人のルイです」


 答えたのはルイだ。

 クラリスに挨拶した時同様、ペコリと頭を下げる。


「話は聞いております。ダンジョン畑を見に来るという話でしたな」

「ベルン男爵。クラリッサ嬢との結婚を許可していただきたい。突然の申し出になってしまったが、クラリッサ嬢のことは生涯かけて幸せにすると誓おう」


 言葉が被り、父が固まる。

 油が切れた機械のような動きでクラリスの方を向く。だが見られても困る。クラリスだって状況を理解できていないのだ。


 そもそもクラリスは兄の友人が畑を見に来ることすら知らなかった。そういうことは事前に伝えてくれないと困る。まぁ伝えられたところで心の準備ができるかどうかの違いしかないのだが。


「あとでエドガー兄さんに聞いて」

「……ルイ様、ひとまずこの話は保留にさせていただいてもよろしいでしょうか」

「いい返事を期待している」


 相手が祝福の御子だからか、父は妙にかしこまっている。だがクラリスにとっては『次兄の友人』でしかなく、特別扱いをするつもりはない。


 だがまぁ、エドガーの友人ならダンジョンの畑に案内するくらいはいいだろう。

 癖が強い次兄が友と呼んだ相手だ。突然初対面の相手にプロポーズをするような変人であっても悪い人ではないのだろうと思える。


 決してウサギ耳が生えているから甘くなっているわけではないのだ。


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