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1.プロポーズは突然に

「うん、今日もいい天気ね!」

 窓を開け、新鮮な風を部屋に入れる。

 今日のクラリスことクラリッサ=ベルンはとても機嫌がいい。今日あたり、ダンジョンの主・ミノタウロスが復活するからだ。


 ダンジョン内の魔物を討伐した際、何かしらのアイテムがドロップする。

 ミノタウロスの場合は肉か装備品。ただし生まれたばかりだったりレベルが低かったりするとドロップアイテムは肉に固定される。ベルン領にあるダンジョンでは肉オンリーであった。


 味と量はその時々によって違うのだが、見分け方は簡単。

 ミノタウロスの毛の色が二色なら大量にドロップする。ただし味は普通。

 単色の場合、ドロップ量はやや減るものの、二色の時よりも美味である。


 味のランクは上から順に、金・茶・黒・白。金はなかなか出てこない。

 発生はランダムだが、美味しい肉を落とすミノタウロスほど復活まで時間がかかる。


 二色毛なら十日とせずに復活するが、金単色ともなれば二十日前後かかる。

 最後にダンジョンの主を倒したのはちょうど二十日前なので、ほぼほぼ金単色が出る。


 機嫌もよくなるというものだ。

 こげ茶色の髪を梳かし、お気に入りの紫のリボンで髪を括る。



「お嬢様、お食事の準備ができました」

「今行く~」


 メイドのアンナに返事をし、ダイニングへと繰り出す。

 すでにクラリス以外の家族は全員揃っていた。テーブルには野菜がゴロゴロと入ったスープとパンがある。野菜は領地で育てているものの他に、クラリスがダンジョンで育てているものも数種類混ざっている。


 両方の味を殺さないよう、スープの味付けは塩のみ。ミノタウロスの肉があればここに肉も加わるのだが、前回の肉はとっくに使い切ってしまった。


 だが文句なんてない。クラリスの幼い頃はこぶし大のパンが一つと、野菜が少し入った味の薄いスープだけだった。それも朝昼晩全部同じメニュー。


 ベルン家は貧乏なのだ。だが最近は野菜がサラダになったり、ソテーになったりとバリエーションが豊かになっている。


 それに少しのワガママくらいなら言えるようになった。

 クラリスはスプーンを置き、父の顔を真っ直ぐに見つめる。


「父さん。私、新しいブーツが欲しいわ」

「もうダメになっちゃったのかい?」

「今回なんかすり減るの早いのよね」


 クラリスのブーツはボロボロ。見た目だけの問題なら気にしない。踵がかなりすり減っているのが問題なのだ。ダンジョンに潜る際もこの靴を履いているのだが、ふんばりが効きづらく、滑るようになってしまった。


 まだ半年だと我慢していたのだが、あまり長く放置しているのは危険だ。早々に父に相談することにした。


「同じ靴を買ってきてるんだけどねぇ。今度町に行った時に買ってくるよ。同じサイズでいいかい?」

「うん」


 あっさりと許可してくれた。

 ホッと息を吐き、再度スプーンを取る。すると父の隣に座る母が口を開いた。


「ついでに服も買ってもらいなさいよ」


 母の視線はクラリスの服をじっと見つめている。

 こちらもリボン同様、お気に入りのエプロンドレスである。動きやすい上、濃い色のため汚れが目立ちにくい。繕った後がいくつもあり、丈もやや短い。成長期はすでに終わっているとはいえ、四年も同じ服を着続ければこうなる。


 いや、六……八年だったか。

 クラリス自身、一体いつから着ているのか覚えていない。クローゼットの中の服も同様だ。まだまだ着られるから着ている。


 服には興味がなく、家族以外の人と顔を合わせる機会なんて限られている。

 領民や毎回突然やってくる友人だって今さらクラリスの服なんて気にしない。とりあえず人前に出る時は土と血がついていなければいいだろう。そのくらいの認識であった。


「そっちはまだ大丈夫よ。私より母さんの服を新しくしたら?」


 だが母は違う。貧乏とはいえ、ベルン家は貴族である。父と共に度々社交界に出席しなければならない。社交界というのは厄介なもので、お気に入りのドレスだろうと何度も着ていると後ろ指を指される。


 アクセサリーと靴も同じ。このルールのせいで定期的に新しいものを仕立て、終わったら町の服屋に売るのを繰り返している。


 貴族令嬢でありながら一度しか社交界に出席したことのないクラリスには想像するしかできないのだが、毎回疲れて帰ってくる両親と兄夫婦を見ていれば参加したいとは思えない。


 むしろ毎回頑張っている母にはご褒美があった方がいいのではないかと思ったのだ。

 母だって同じ服を何年も着ている。そろそろ替え時だろうと。

 だが母はふるふると首を横に振る。


「私はいいの。社交界に出るためのドレスやアクセサリー代だけで十分だわ」

「そう? イレーヌ義姉さんは?」

「私も社交界用のドレスがあるから。それに私、クラリスがくれる布でワンピースを作ろうと思ってるの! もちろんクラリスとお義母様の分も!」

「まぁ!」

「本当に⁉ ならイレーヌ義姉さんがもっと練習できるように、いっぱい布を作らないと」

「とっても素敵な服を作るから任せておいてちょうだい」


 大きく胸を張る義姉・イレーヌに、母もクラリスも大喜びだ。

 イレーヌがワンピースを作ってくれるというのなら、ますます新しい服など不要だ。


「クラリス、クラリス。俺には? セドリック兄さんには言ってくれないのか?」

 にこりと微笑むイレーヌの横で、今まで静かにしていた長兄・セドリックが騒ぎ始める。

 何かが欲しいというよりも自分だけのけ者にされるのが寂しいのだろう。だがクラリスは兄に向けて冷たい視線を投げる。


「セドリック兄さんはこの前、イレーヌ義姉さんに夜会用の服をリメイクしてもらってたでしょ。私、知ってるんだから」


 イレーヌは裁縫が得意で、度々兄と父の服をリメイクしてくれる。

 本人はあくまで趣味の範囲でしかないけれど……と謙遜するが、かなりの腕前だ。そのままでは畑仕事用には着られない服も動きやすさが増して大活躍する。


 なぜ兄と父だけかと言えば、男性用の社交服は女性用のドレスとは違い、売れないから。

 加えてよほど特徴があるものでもなければ数回着回してもバレない。だがさすがにずっと同じというわけにもいかず、定期的に新しいものに変えている。


 同時に普段着に生まれ変わっているため、セドリックの服は決して少なくない。

 夫のクローゼットに私服が増える度、イレーヌの腕は上達していった。


 最近ではクラリスが錬金術で作った布を使って女性服の練習をしており、そろそろ納得のいく服ができそうだと以前話してくれた。先ほど会話に登場したワンピースもそう遠くないうちに作ってくれるのだろうと期待している。


「そうなんだけどさ、聞いてくれたっていいじゃないか」

「あなたにははぎれで袋を作ってあげるから」

「え、本当に!?」


 落ち込んでいたのが嘘かのように速攻で復活するセドリック。

 ちょろい。ちょろすぎる。まぁそこが上の兄のいいところではあるのだが。


「じゃあ私、そろそろ行くわ」

「気をつけてね」

「いってらっしゃい」




 部屋に戻り、部屋の端に置いた木の籠を背負う。

 父が作ってくれた籠の中には小さな巾着袋が一つ。紫色の袋の上部には長い耳が、正面には二つのボタンがついている。ウサギのつもりで作ったが、言われなければそうは見えないだろう。


 クラリスだって分かっている。だが下手なりに愛着を持っていて、マジックバッグのベースを決める際もこれ以外が浮かばなかった。


 そう、これはクラリスお手製のマジックバッグなのである。

 といっても時間を止める効果はないし、収納量だって大したことはない。せいぜいダンジョンで使う道具と、獲得したドロップ品を入れられる程度。だがクラリスが使う分には十分なのだ。


 隣に立てかけてある鍬を手に取り、準備万端。

 玄関を出てダンジョンに向かおうとした時だった。王都にいるはずの次兄・エドガー=ベルンがそこに立っていた。見覚えのない男性も一緒だ。


 遊びに来たにしてはいささか早すぎる。まだ日が昇って半刻ほどしか経っていない。事前に連絡もなかった。急ぎの用事だろうか。はてと首を傾げながらエドガーに問いかける。


「おはよう、エドガー兄さん。今日帰ってくる予定だったっけ?」

「今日の午後から数日休みが取れたから、とりあえず設置予定のゲートを置きに来るついでに友達のルイを連れてきた」


 次兄の紹介に合わせ、隣にいた男性がペコリと頭を下げる。

 紫がかったグレーの髪色と色素の薄い瞳、整った顔と長い耳も相まって幻想的な雰囲気を醸し出している。


 動物の特性を持って生まれた『祝福の御子』だとすぐに気づいた。抜きんでた能力を持つ御子とどうやって仲良くなったんだろうか。王城で働くエドガーの交友関係はよく分からない。五つも年が離れていて、暮らしている場所も違えばこんなものだ。


 だが次の瞬間、理解できないことが起きた。


「はじめまして、クラリッサ=ベルン嬢。俺と結婚してほしい」

「は?」

「え?」


 なぜかルイがクラリスに求婚したのである。


新連載始めました(* ´ ▽ ` *)

人気0の最低ランク?ダンジョンで魔物を討伐しながら野菜を育てるうさぎ好きヒロイン✖️ヒロインと人参にまっしぐらなうさ耳ヒーローのお話です!


「面白い」「続きが気になる」など思っていただけましたら、作品ブクマや下記の☆評価欄を★に変えて応援していただけると作者の励みになります!

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