消えた花瓶
中学2年生で生徒会の副会長、赤佐雅寛は先輩で会長の緑愛梛と共に生徒会の業務や学校生活の中で起こる日常の謎を解いていく。
ある日の放課後、生徒総会前日のリハーサルで生徒会室に立ち寄った赤佐達は、割れた花瓶を見つける。急いでいた赤佐達はリハーサルを終えてから、割れた破片を片付けようと鍵を掛けて後にする。生徒会室に戻ってくると、割れた花瓶は跡形もなく消えていた。その謎に赤佐達が挑む。
5月10日(火)
15時50分
私は校舎の1階、廊下を歩いていた。
「会長、お疲れ様です」
「わぁ!」
急に隣から聞こえてくる声に、私は思わず声を出してしまった。
「あぁ、赤佐君か。驚かさないでよ」
力が抜けてしまった。
「すいません、驚かせるつもりはなかったんです。」
「大丈夫!気にしないで。」
私は微笑む。
「よし!今日は生徒総会のリハだから、私達は生徒会室からパソコンとプロジェクターを取ってから体育館ね」
「はい。俺が職員室から鍵を取ってくるので、会長は先に生徒会室に行っててください」
「わかった。パソコンとプロジェクター重たいから運ぶのお願いね」
「はい!」
生徒会室は校舎から南側に出てすぐ隣に2階建ての別棟にある。
2階が音楽室、美術室。
1階が備品室、技術室、生徒会室がある。
出入り口は2箇所。北側と南東側にある。
「お待たせしました。鍵持ってきました」
私は受け取った鍵で横スライドのドアを開けた。
「赤佐くん、私ここで待ってるから、パソコンとプロジェクター持ってきてくれる?」
「わかりました」
生徒会室の奥からパソコンとプロジェクターを持ってきた赤佐くんが、こちらへやって来る途中、床の方へ視線を向けている。
彼の向けている視線の先は、ちょうど私達が会議で使う机が並んでいて、私のいる位置からは見ることが出来ない。
「どうしたの?リハに遅れちゃうよ。早く来て!」
「あっ!すいません。すぐ行きます」
私は焦っていた。リハーサルが始まるまであと10分もないからだ。鍵をかけて急いで体育館へ向かった。
15時55分
「5分前に着けたね」
「はい。早速準備始めます。」
赤佐君は先に体育館へ入っていく。
「学級委員達が来ちゃう前にお願いね。」
「はい」
私は何かが足りないことに気付く。
「あぁーーー!」
「どういたんですかいきなり。大きな声だして」
「体育館シューズ忘れた」
「びっくりさせないでくださいよ。」
会議用の折りたたみテーブルを組み立てながら、赤佐くんが言った。
「取りに戻る時間もないですし、リハーサルも何時間はやらないと思いますよ。だから大丈夫です」
よく見ると赤佐君は上履きを脱ぎ、体育館シューズを履かずに靴下で準備をしている。どうやら彼も忘れたみたいだ。
準備も一段落して
「赤佐君、そういえばさ、生徒会室でずっと何見てたの?」
「それが…花瓶が割れてたんです。それでびっくりして見入っちゃってました」
「割れてたって…あの花瓶は教頭先生が、置いてくれた大事な花瓶だよ。どうしよう…誰かが割ったってことだよね?」
赤佐君が唸る。
「ちょっと気になることがあって」
「何?」
私は彼の方を見て言った。
「花瓶って割っちゃったら、わざとでも事故でも普通片付けるじゃないですか?でも割った人は花瓶をそのままにして鍵をかけて帰ってしまった」
「うーん…まぁ気になるけど、今のところ誰がやったか分からないから、リハが終わったら私達で割れた花瓶を片付けて先生に報告するしかないね」
「そうですね…」
私達が話ししているうちに、続々と各クラスの学級委員が体育館に入って来る。
「各学年で集まってください」
私は学級委員達を誘導した。学級委員達は皆体育館シューズを履いていて、履き替えた上履きを赤いシューズバッグに入れ、手に持っている。
16時00分
まだ各クラスの学級委員が揃っていない。
来ていないのは
1年3組 石川さん
2年2組 草剪さん
3年4組 上紙くん
の3人だ。
最初に来たのは上紙くんだ。
「すまん、掃除がなかなか終わらなくて遅れた!」
と言いながら上履きを脱いで靴下のまま入ってくる。彼も体育館シューズを忘れたようだ。仲間がいた。
「大丈夫、大丈夫!まだ来てない人いるから」
私は忘れ仲間がいて、安心して声も明るくなる。
それから2〜3分後
「遅れてすいません。部活の準備を頼まれちゃって遅れました」
と入ってくるのは2年の草剪さん。
「草剪、学級委員だったのか!頼んですまなかった」
と上紙くんが草剪さんに向かって謝っている。
「いいんです、すぐに準備できたんで」
と上紙君の方へ走りながら、隣に来て答えた。
それから5分後
1年の石川さんが入ってきた。
「遅れてすいません。職員室で先生と話をしてて遅れました」
私が
「先生に捕まっちゃんたんならしょうがないよ」
と遅れてすごく申し訳なさそうにしているので、フォローするように言った。
16時30分
リハーサルが終わってぞろぞろと学級委員達が体育館から出ていく。
私がふと赤佐くんの方を見ると、彼がずっと後ろ姿で体育館をあとにする学級委員達の方へ視線を向けている。
「どうしたの?」
「上紙先輩の通学リュック、開きかけになっててシューズバッグが見えたんです。なんで体育館シューズバッグを持ってて靴下で入ってきたんだろうって」
「遅れてたから慌ててたんでしょ」
と私は少し疲れた声で答えた。
生徒会室へ帰ってきた私達は鍵を開けて、パソコンとプロジェクターを持っている赤佐くんを先に入らせてから中に入った。私も赤佐君も疲れていて、口数も少なくなっていた。
赤佐くんは生徒会室に入ってすぐの会議用の机にパソコンとプロジェクターを置いて、掃除用具入れから箒と塵取りを取り出し、私も箒を持って一緒に割れていた場所に向かう。
赤佐君は凄く驚いた表情をしている。彼の視線の先を私も見てみた。
割れている花瓶が跡形もなく消えていたのだ。
5月11日(水)
7時20分
南側の校門から入ってすぐ左手に花壇がある。50メートルほど歩いて正面に昇降口があり、そこまでの道のりをずっと花壇が並んでいる。
今日は朝から行われる生徒総会で少し早めに登校した。
私は校門から歩いていると、赤佐くんが昇降口近くの花壇で用務員の人と話をしている。
私が赤佐君に近づくと、ちょうど用務員の人との会話が終わったみたいで、彼は深々とお辞儀をしていた。
「おはよう」
「おはようございます」
「用務員の人と何話してたの?」
「名前を聞いたりとか、持っているキーリングの中に生徒会室の鍵も持っているか聞いてたんです」
「用務員の人なんだから鍵は持ってるでしょ。」
私は名前の方が気になった。「なんでまた改まって名前なんか聞いたの?」
「用務員の人の名前“草剪”さんなんです。昨日リハで遅れてきた3人の中にも草剪さんがいました」
「偶然じゃない?考えすぎだよ」
私は赤佐君の方を見て言うと、彼は考え込み、黙ってしまった。
7時30分
生徒会室からパソコンとプロジェクターを持って、体育館へ着いた私と赤佐くんは他の生徒会メンバー達と、早速生徒総会の準備に取り掛かった。
「会長、生徒会室の掃除担当って何年生がやってるんですか?」
と会議用の折りたたみテーブルにパソコンを置きながら赤佐くんが聞いてくる。
「1年生だよ。生徒会って2、3年生だけで構成されてるでしょ?だから生徒会の存在を身近に感じてほしくて1年生にお願いしてるの」
「俺、去年掃除してないですよ」
「それは赤佐くんがいるクラスが担当じゃなかったからじゃない?私が1年の時は掃除してたよ」
「そうですか」
彼は再び考え込み、黙った。
「赤佐君…赤佐君!!」
私は彼が謎解きに取り憑かれていたので、我に返してあげた。
「昨日の花瓶の件、私も凄く気になる。でもね、今は生徒会の仕事に集中してほしい。分かってくれる?」
「…はい、すいませんでした。でも会長、分かりました!」
7時40分
生徒が続々と体育館へやって来て賑やかになってきて、各クラスの学級委員たちも体育館のステージ付近に集まってきた。
「あの…昨日のリハーサルで遅れた人はステージの裏の倉庫に来てくれませんか?」
赤佐くんが右手を上げて学級委員たちのいる方へ呼びかけた。
何事かと思ったので、遅れて私もステージ裏の倉庫に行った。倉庫に着いたら、3人が横に並んでその前に向かい合うように赤佐くんが立っていた。私はすぐ赤佐くんの隣に行った。
「赤佐くん、どうしたの?もう生徒総会始まるよ」
「すみません、確かめたいことがあって呼んだんです」
小声に私に言うと続けて、
「上紙先輩と草剪さんは付き合ってるんですか?」
突然の質問で3人とも、私もだけど目が点になる。
「いえ、昨日リハーサルの時に草剪さんが遅れた理由を言った時に、すぐに上紙先輩が遅れたことをフォローするように言葉をかけてたので。あと、各学年で集まってたのに上紙先輩のすぐ隣に草剪さんが行ったので、もしかしてと思ったんです」
「だったら何なの?」
草剪さんが語気を強めて答える。
「いや、確認したかっただけです。すいません、あともう一つあって」
「なんだ?他になんかあるのか?」
上紙くんも語気が強くなっている。
「石川さんではない他の誰かが花瓶を割ったんですよね?」
赤佐くんのもう一つの質問でまた私は目が点になる。
「これは推測です。証拠もないので間違っていたらすぐに言ってくださいね」
と続けて
「何者かが石川さんに花瓶を割ったことを擦り付けて、それをを知った上紙先輩と草剪さんが石川さんを助けるために花瓶を無かったことにした」
上紙君はため息をついた。他の二人は俯いていた。
「赤佐くんの言った通りなら、石川さんに擦り付けた人は許されない。何があったのか全部話してくれる?生徒会が力になるから」
石川さんは両隣の2人にそれぞれ頷き、2人もそれに応えるように頷く。
私達を見て石川さんが、
「昨日起こった事、全部話します」
5月10日(火)
15時35分
「私はいつものように生徒会室の掃除をしていたんです。男子が2人箒で遊び始めて、箒が花瓶に当たって花瓶台から落ちて割れてしまいました。そうしたら2人はお互いに責任転嫁をし始めたんです。1人が俺は知らないと言い出して生徒会室から出ていくと、もう1人も出ていきました。他にも一緒に掃除をしていた人も巻き込まれたくないと言って出ていきました。気付いたら生徒会室に居たのは私1人でした。」
15時40分
「先に帰った誰かが先生に私が花瓶を割ったと報告するのではないかと凄く怖くなりました。頭の中がもう一杯いっぱいで、もう頼れるのは従兄弟の上紙先輩しかいないと思ったんです。すぐにでも上紙先輩の所に行きたかったので、生徒会室の鍵をかけ、職員室に鍵を返してから先輩のいる3階に行きました。」
15時50分
「上紙先輩に会いに行ったら、草剪先輩も一緒にいました。2人に話をしたら力を貸してくれると言ってくれたんです。鍵をまた取りに行けば怪しまれるかもしれないと、草剪先輩は親戚で用務員の人から急な用でと鍵を借りに行ってくれて、上紙先輩は花瓶を無かったことにしようと割れた破片を体育館シューズバッグに入れてくれました。」
16時00分
「上紙先輩は3人で遅れてきたら怪しまれるかもと言って、上紙先輩→草剪先輩→私の順番で1人ずつ体育館に入りました。」
5月11日(水)
8時00分
「私達に全て話してくれてありがとう。早速だけど、割った男子2人の名前教えてくれる?先生に報告するから。花瓶が無くなったことは報告しないから大丈夫」
「ありがとうございます」
石川さんは深くお辞儀して、2人は安心した表情だった。
「それだと解決にはならないと思います。先生にチクられたと思った男子たちは、石川さんに何を仕返しするか分かりません」
赤佐君が水を差す。
「それじゃあどうしたら良いと思う?」
「俺が割ったことにします。そうすれば彼等からの仕返しの心配もしなくて済みますし、割れた破片も俺が捨てたことにします。」
私は赤佐君の突然の提案に困惑しながらも「それで良いの?」
「はい」
彼の決意は固かった。
赤佐くんが返事をしたその時、他の学級委員が「何やってんだ?」と入ってきたので私達はすぐステージ裏の倉庫から出てきた。
9時30分
生徒総会は無事に終わった。
昨日リハーサルで遅れてきた3人は私達の前に現れ、お礼を言ってそれぞれのクラスへ帰って行った。
「赤佐君さ、いいの本当に?花瓶の事一緒に謝りに行ってあげようか?」
「大丈夫です。お母さんみたいなこと言わないでください。一人で行ってきますから」
15時50分
私は赤佐君の後をつけて、職員室前まで来ていた。
教頭先生に謝っている彼をガラス張りの壁越しに見ていた。
しばらくして出てきたところに突然私が現れたので、彼は驚いた表情をしている。
「えっ来てたんですか!?」
「気になっちゃって」
私は微笑む。
「見てたけど怒られてるって感じじゃなかったね」
「はい。割れた破片でケガをしなかったか?って」
「それだけ?結構長く話ししてたけど」
「あとは今日の生徒総会の話でした」
赤佐君はホッとした顔をしていた。
「それにしてもさ、俺が割ったことにしますって言った時は本当にビックリしたよ。赤佐君はがこんな思い切った事を言う人だと思わなかった」
「あの時は石川さんを助けたいっていう気持ちで一杯だったんで」
「いや〜赤佐君は生徒会の鑑だね」
「やめてくださいよ」
赤佐君は照れ笑いして言った。
私は後輩の成長を感じて、嬉しい気持ちになった。
こんにちは
最初に、このお話を最後までお読み頂きありがとうございました。
「日常の謎」をテーマにして書くのは凄く楽しく、時間を忘れて書いてました(笑)
初めて書く小説なので読みにくい箇所があるかもしれません。申し訳ありません。
少しでもこのお話を読んで、楽しんでいただけたら幸いです。