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斬首執行

 あと数秒で蛇土流が到達するという中で、セキトは戦闘中に拾っていた一メートル程の木の枝を左手で掲げた。

「ガキぃ、その木の棒でぇいったい何をする気だぁ? 魔女みたいに魔法でも使うのかぁ? がははは!」

 セキトの一見意味不明な行動に、ゼンエイはあきれて笑い飛ばした。

 だが、セキトは至って大真面目にただ木の棒を掲げただけの状態で、迫りくる蛇土流の攻撃を待つ。


 ――そしてとうとう蛇土流がセキトの体へと到達するその直前。

 セキトの体内にある全ての血管が、心臓から末端にかけて淡い白色に蛍光し始める。

 さらに、白色の原精はセキトが右手に持つ木の枝にまでも流入し、枝の側面に血管の様な白色の模様を描いた。


「馬鹿な⁉」

 ゼンエイの目が驚愕に見開かれる。

 『原精色』なんて聞いたこともない、といった態度をとっていた筈のセキトが、眼前で『原精色』を行使しようとしている異常な光景。

 だが、その驚愕はまだ序章に過ぎない。


「――原精色『手転』」


 セキトがそう呟いた瞬間――セキトの体がぶれた……。


 そうゼンエイの目をもってしても、ぶれたとしか言い表せない、物理法則を無視した挙動でセキトは必中の筈だった蛇土流の挟撃を躱したのだ。


「はぁ⁉」

 意味不明、理解不能の文字がゼンエイの頭を埋め尽くす。

 歴戦の猛者であるゼンエイの知識をもってしても、この現象を説明できる『原精色』の存在の記憶を持ちえなかった。


 『手転』によって蛇土流を躱したセキトは、空中で新しくできた蛇土流という足場を蹴り、一直線で隙のできているゼンエイへと突っ込む。

 ――高速で肉薄し、完全にセキトの射程圏へと入った。

 やっとの事で勝ち得た絶好の好機だ。

 セキトは一気に畳みかける。

「どんな手品を使ったか知らねぇが接近したとしても無駄だぁ、『蛇土流』‼」

 踏み込み、右手の山刀で一撃を入れようとするセキト。

 だが、ゼンエイは自身の足元を蛇土流で隆起させ、後方へ逃れようとする。

「そんな短い刃じゃ俺様には届かねぇ!」

 前へ進むセキトと、後ろへ下がるゼンエイ。

 セキトの山刀ではぎりぎり届きそうにない。

 ゼンエイは致命の一撃が自分へ届かないことを感覚的に察し、笑みをうかべる――が、


 セキトは再び『原精色』を発動するそぶりを見せる。

 今度は外套から出ている、右肘から指先にかけての血管が一瞬で白色の原精で染まり、右手に持っている山刀までもが白色の原精に染まる。


「『手転』」


 そうセキトが口にした瞬間、セキトが右手に掴んでいる物が『山刀』から『刀』へ、まるで手品のように一瞬で切り替わった。

「なにぃいいい⁉」

 セキトの『原精色』に対して、再度の驚愕を見せるゼンエイ。

 山刀が刀に変わったことで、射程は数倍となり、セキトは完璧に首を狙える状態となった。

 ゼンエイは冷や汗を流しながら刀から逃れようと体をひねる。

「我流『試し切り』」

 セキトは鋭い声で発し、片手持ちの刀を上段から振り下ろす。

 振り下ろされた刀は狙い違わずゼンエイの右腕、右腿を一刀両断。

「がァアアアア!」

 鮮烈な激痛に雄叫びを上げるゼンエイ。

 セキトはさらに一歩踏み出し、返す刀で首を狙うが、

「舐めるなァアアアア! 『蛇土流ぅ』‼」

 ゼンエイの出っ腹が緋色に発光し、着物を突き破りながら現れた小規模の蛇土流が、セキトを突きとばす。

「ぐッ!」

 出っ腹のふりをして着物の中に詰めていた土によって発動した『蛇土流』の一撃は、ダメージではなく、距離を取ることを目的としたものだ。

 セキトは不意打ちを食らい、突きとばされながらも何とか態勢を立て直し、再び攻勢を仕掛けようとするが、

「『蛇土流【散】』‼」

 ゼンエイが距離を取る為に放った、牽制の蛇土流が迫りくる。

 セキトは無理せず後方へ下がることでそれを回避した。


 ――距離が離れたことで二度目の小休憩となった。

 セキトは右手の刀に滴る緋色に蛍光する血を一振りで飛ばし、左腰に納刀。

 見ると、ゼンエイは肩で息をしており、かなり消耗していることが伺える。

 だが、不思議な事に先ほど切断した筈の、右手足が繋がっていた。

 ゼンエイの手足を凝視すると、切断面を土で無理矢理接合しているのがわかる。

「ガキぃ、『原精色』使えるじゃねぇか。まんまと騙されたぜぇ」

 視線に質量が帯びると錯覚させるほどの眼力で、ゼンエイはセキトを睨みつける。

「その傷口、土で塞いでるようだが大丈夫か? 病気になるぞ?」

「黙れぇ、確かに手痛い傷を負わされたがぁ、おかげでお前の『原精色』もぉ理解してきたぜぇ――」

 セキトの挑発を一蹴し、ゼンエイは左手でセキトを指差す。

「――さっきお前を突きとばした時ぃ、お前の左手が一瞬見えたぁ。お前の右手から消えた山刀が、何故か左手に握られてるのがなぁ」

 ゼンエイは『手転』で右手から消えた山刀が、セキトの左手に握られていた事実を指摘する。

「お前が一瞬で取り出した刀はぁ元々左腰にあったぁ。――これだけ状況証拠がありゃ簡単にわかるぜぇ。『手転』はお前が原精を流したモノ同士を一瞬で入れ替える能力だぁ。一度目は木の棒とお前自身を、二度目は右手の山刀と左手の刀を、そうだろ?」

 射るような目つきでセキトへ問い掛ける。

「ああ、その通りだ。二度目で見抜くのは驚きだが、授業料は高かったようだな」

 セキトは余裕のある態度で嫌味も込めて返答する。

「まったく、薄気味悪いガキだぁ。低能な馬鹿が持てば下らない能力だと笑い飛ばすがぁ、お前が持つと不気味な感じがしてくるぜぇ、『蛇土流』‼」

 不意打ち気味に原精色を発動するゼンエイ。

 だが、ゼンエイは足から原精を地面へと流していない。

 セキトは首を傾げる。


 だがセキトの背後――先程刀から飛ばしたゼンエイの血液が、セキトの死角で静かに発光し地面が隆起し始める。

 質量自体は小さいが、先端を鋭利にした蛇土流の一撃が、セキトへと迫る。


――が、

「悪いがそれは知っている」

 セキトは罠に掛かったふりを止め、振り向く。

 背後から迫る蛇土流の軌道を見切り、その側面に手の平をあて白色の原精を流入させる。

「『手転』」

 セキトが躱した蛇土流がさらに直進し、崩れるぎりぎりを狙って、蛇土流とセキト自身を対象に『手転』を発動する。

 ――するとどうなるか。


 セキトはゼンエイの方向へと十数メートルをテレポートし、文字通り一瞬で距離を詰める。

「底が知れねぇなおい、『蛇土流』‼」

 ゼンエイはセキトを接近させまいと、いくつもの蛇土流でセキトを攻撃する。

 セキトは迫りくる蛇土流をステップで躱しながら、ゼンエイへと接近する足を止めない。

 普通であれば躱せないような蛇土流の攻撃であっても、『手転』による超短距離テレポートを回避に織り交ぜることで、物理法則を無視した挙動で蛇土流を躱し続け、ゼンエイとの距離を縮める。

「ちぃ! だがなぁ、これは突破できまいぃ、『蛇土流【とぐろ】』‼」

 舌打ちしたゼンエイはそう叫ぶと、通常の『蛇土流』とは比にならない程の量の原精を地面へと流す。

「大技か?」

 セキトは一旦接近するのを止め、何が起こるのかと警戒する。


 ――すると、

 地面を振動させながら、いくつもの蛇土流が出現し、全てが同じ方向でゼンエイへと巻き付いていく。

 蛇土流はドーム状に折り重なり、最終的にモンブランケーキのような土の塊へとなった。


「防御技か、視界はなさそうだが」

 セキトは土の塊から一定の距離を取り、次に何が起きるのかと警戒する。

 ――このまま『蛇土流』で攻撃してくことも考えられるが、視界があっても当たらない攻撃を、やたらめったらに乱射してくる可能性は低いだろう。

 セキトは相手の次の行動を待っているが、いくら経っても何も起こる気配がない。


「――逃げたのか?」

 逃走という言葉が脳裏を過る――が、

「逃げねぇよぉ!」

 セキトのすぐ背後の地面が隆起を始める。

 しかもゼンエイの声は背後から聞こえていた。

「『蛇土流【鎧】』‼」

 慌てて振り向くセキトの視界に入ったのは、黒地に緋色の光模様が刻まれた重装の甲冑。

 それが、地面の隆起と共に地中から出現した。

「大量の原精を流し続ける事で形を維持するこの鎧はぁ、土砂を超高圧で圧縮した材質によりぃ、あらゆる刃を通さないぃ!」

 ゼンエイは左足で踏み込み、土砂の鎧で覆われた左拳がセキトへ突き出す。

 大男の巨体から放たれる拳は土砂の鎧でさらに強化され、まともに食らえば命はないとセキトに感じさせる一撃だ。


 ――だが、

 あろうことかセキトは無手の左拳でゼンエイの拳に応じる。


「――それ、相性最悪だぞ」

 セキトとゼンエイの拳がぶつかる寸前、セキトの肘から拳にかけて白色の原精が集まる。

 接触の瞬間、コンマ数秒未満の一瞬で、白色の原精が一気に土砂の鎧へと流れこんだ。


「『手転』」


 『原精色』の発動。

 今回の対象は、右手に握った山刀と――左拳に接触する土砂の鎧。

 結果、ゼンエイを覆っていた土砂の鎧は一瞬で消失し、セキトの右手へ。右手に握っていた山刀は、左手の中に。

「なあァア⁉」

 驚愕に声を上げるゼンエイ。

 セキトは左手を殴る動きから、切る動きへと変化させ、一刀の軌跡にあったゼンエイの左手を切り飛ばす。

 返す刀でゼンエイの首を狙おうとするが――地面を踏ん張ろうとしたセキトの足が空を切った。

「なっ⁉」

 何事かと足元を確認するセキトの表情が驚愕に染まる。

 ――セキトの足元の地盤が崩れ始めていた。

「消費する土砂を偏らせたことでできる落とし穴だぁ!」

 怒りを滲ませた声で言いながら、ゼンエイの右足を蹴り出し、セキトを崩落する落とし穴へと叩き落とす。

 そしてゼンエイはすぐさま地面へと緋色の原精を流しながら声を上げる、

「つぶれやがれぇ! 『蛇土流【土葬】』‼」

 セキトが落とされた落とし穴、その左右両方の壁が一気に閉じ始める。

 脱出しなければ圧死か窒息死は確実だ。

 だが、不味いことに落とし穴の高さは数メートルある。


 セキトは『手転』を発動するべく、体内の原精を活性化させ、全身の血管が白く蛍光し始める。

 それはセキト自身を『手転』の対象にする時特有の予備動作だ。

「無駄な足掻きだぁ、『手転』でお前と刀の位置を入れ替えたとしてもぉ、精々人一人分程度の移動が関の山だぁ! がははは!」

 勝ちを確信したゼンエイは、切られた左手を押さえながら、大笑いする。


「『手転』」


 落とし穴が完全に塞がるのとほぼ同時、セキトは『手転』を発動させ――ゼンエイの眼前にテレポートした。


 突然目の前に現れたセキトの存在に一瞬固まるゼンエイ。

「な⁉ お前何と入れ替わって――」

 幾度目かの驚愕に染まるゼンエイは、しかし気付いた。

 至近距離かつそれが白色の原精によって光を帯びていたから見えたのだ。


 ――地中からセキトの右手までぴんと張る、細い糸の存在に。


「糸を空中になびかせてやがったのかぁ⁉」

「ご名答、移動する位置には多少自由が効くんでな」

 セキトは常に体から数本の細く頑丈な糸を垂らしていた。

 落とし穴に落とされた後でも、まだ地表に滞留していた糸へ原精を流し、自分自身と入れ替えることで、数メートルをテレポートする一芸をやってのけたのだ。

 そして、これによりまたもやゼンエイはセキトの間合いに入ってしまった。

 三度目の正直と、止めを刺しにかかるセキト。

「『手転』」

 右手の糸と左手の山刀を対象に『手転』を発動し、利き手に武器を持たせる。

 首を狙う大一番の好機。

 前へと踏み込み詰めにかかる。


――が、

「もしかしたらと心のどこかで思ってたから準備してたんだぜぇ? まさか本当に使う事になるとはなぁ! 『蛇土流【とぐろ】』‼」

 既に地面へと流していた緋色の原精により、『蛇土流【とぐろ】』を発動するゼンエイ。

 だが、一度目とは異なり、今度はセキトを中心に複数の蛇土流が隆起を始める。

 今度は防御ではなく、逃げ道のない攻撃としての発動。

 さらに、蛇土流の一つがゼンエイの足元から隆起を始め、セキトから距離を取る為に、後方へとゼンエイの体を運ぶ。


 前へ進むセキトと、後ろへ下がるゼンエイ。

 奇しくも一度目の接近と同じ構図になる。

 だが今回は距離がより近い。

 セキトの山刀があと少しでゼンエイの喉元へ届くかと思われたその時――セキトの前進が何かに引っ張られるように止まった。


 ――それは、地面からセキトの腰へと延びる糸だ。

 反転攻勢の立役者となったその糸は、しかし頑丈さが仇となり、地面とセキトを繋ぐ鎖となってしまった。

「やはりついてるのはぁ、俺様の方みたいだなぁ」

 蛇土流に乗り距離を取ろうとするゼンエイは笑う。

 しかし、セキトに焦りの表情はない。

 再びセキトの右腕に白色の原精があつまり、それは山刀をも染め上げる。

「無駄だぁ、俺様にはわかるぅ。『手転』で刀に入れ替えたところでぇ、俺様にはぎりぎり届かないぃ!」

「――原精色『手転』」

 セキトは『手転』を発動し、右手に握る山刀を左手に移す、そして左手から右手に移ったのは、


――『太刀』だ。


「なんだってェ⁉」

 ゼンエイの右手足を切断した刀とは別の、より刃渡りの長い太刀がセキトの右手に入れ替わった。

 一気に青ざめるゼンエイ。

 歴戦の猛者だからこそわかってしまうのだ、あの太刀は首まで届くと。

 

「うごァアアアア‼」

「――我流『斬首執行』」


 左から横凪の一閃。

 片手で振るわれたその一刀は、首の骨と骨の間を鮮やかに通過し、ゼンエイの首を胴から切り離した。

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