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魔女の考察

「これはタコスジカズラでしょうか? 実物を見るのは初めてです。何というか、とてもおぞましい見た目です」

「んー!」

 ツボミが花を摘んできて、ヒヨリに見せた。

 鮮やかな赤の美しい花だ。

「それはサイヤナです。とても綺麗ですが、毒があるので捨てましょう」

「ん」

 ツボミは持っていた花をぽいと捨てた。


 そんな調子で森に切り開かれた街道を色々なものに目移りしながら進んでいる。

 ヒヨリもツボミも村の外の世界に興味津々だ。

 そんなヒヨリの姿を見て、セキトはあの災厄の日の事を思い出す。

 ヒヨリの手を引き、死におびえながら走り続けた道のり。だがもうセキトはあの時の子供ではない。

 研鑽したセキトは中型の肉食獣程度、正面からねじ伏せるだけの力を持っているのだ。

 そんな風に己の成長を実感していたセキトの隣へヒヨリが並んだ。

「そういえばセキト、『書斎の魔女』が与えると記されている『魔女の試練』の対象に、既に私たちはなっていると思いますか?」

「なっているだろうな、だが『魔女の試練』は物語の中盤以降盛り上がりの時にしか現れない。俺たちが階層を上るか下る時辺りから、始まる可能性が高い」


 ――別名『全知の魔女』とも呼称される『書斎の魔女』は、千里眼を有していると言われている。

 彼女は、その千里を見渡す魔眼で、数奇な運命を辿る者を見つけ、その一生を一冊の本へと書き記す事を生きがいとする。

 そんな彼女が特に優先して書き記すのが、『書斎の魔女』自身へと至らんとする者の一生だ。それは、出回っている『書斎の魔女』の写本の傾向からも読み取れる。

 特に有名なのが『余命の侍』という題の冒険譚だ。

 病に罹り余命数年と診断された侍が、病を治す方法を探す為、『書斎の魔女』の元へ旅するというあらすじ。

 この物語の中盤以降、『書斎の魔女』は三度『魔女の試練』と呼ばれる難題を主人公へと与えている。それは『書斎の魔女』が物語を面白くする為に与えた試練だと学者の間では考察された。

 そして、見事に『魔女の試練』を突破し、『書斎の魔女』の住まう地へと至った主人公は、魔女の助言によって不老の肉体を手に入れたという結末だ。


「なるほど、しばらくの間は『魔女の試練』について気を張る必要はないということですね。それに『書斎の魔女』を目指した主人公たちは『魔女の試練』の度に、彼らにしか見えない魔女の紋を見たと記されていました。きっとその時になればわかるのでしょう」

「そうだな、それ関連で疑問があるんだが、『魔女の試練』と遭遇してそれを回避した主人公はいないか? その場合どうなるんだ?」

 『魔女の試練』は『書斎の魔女』が物語を面白くする為に与えたとするなら、もしそれを何らかの方法で回避した場合、魔女の不興を買ってしまうのではないか。その後、『書斎の魔女』の元へ辿り着いても助言を貰えるのか、と疑問が浮かんだ。

「『魔女の試練』を回避して『書斎の魔女』へと辿り着いた主人公はいますよ。けれどそもそも『魔女の試練』の回数は一定ではないのです。『魔女の試練』は物語を面白くする為に与えるものだと言われていますけれど、それは裏を返せば『魔女の試練』を与えなくとも十分に面白い運命を辿りさえすれば、『魔女の試練』を与える必要はないということです。そしてそれは逆もまた然りです。面白い出来事が少なければその分『魔女の試練』を与えられる回数は多くなります」

「つまり『魔女の試練』を回避できたとしても、また直ぐに別の『魔女の試練』を与えられると?」

「はい、その通りです。うふふ」

 『書斎の魔女』について語り合うのが嬉しいのか、柔らかく微笑んだ。

 ヒヨリは本当に本が好きで、特に本についての考察や感想を語り合っているときは、とても楽しそうに笑う。

「それじゃ結局、『書斎の魔女』を目指している限り、偶然か意図的かの違いはあれど、一定以上の事件が起きる訳だ」

「そうなります。危険を回避するよりも、事件とどう向き合い解決するのかを、考えた方がいいのかもしれません」

 難しい問題だ。

 普通に考えるなら事件には極力巻き込まれないようにするが、『書斎の魔女』を目指す場合それは『魔女の試練』を誘う結果となり、却って危険な状況になりかねない。

「そうだな、これからの旅の中で不条理や救いを求める声に遭遇した時、俺たちは積極的に行動した方が良さそうだ。それで多少危険な目に合ったとしても、『魔女の試練』よりはマシだ」

「それは良い考えです。きっと沢山の出会いがあって、沢山の思い出を築くことになるでしょう。そんな暖かな冒険譚も素敵です」

 ヒヨリの言う通り、危険のない旅日記のような運命を辿れたとしたら、それ程ありがたいことはない。

 だが、魔女の書の中にそういった内容のものは一冊もない。ヒヨリもそれは承知で言っているのだろう。

「ああ、たまには別の作風の物語を書いてほしいものだ」

 と、談笑を続けるセキトのすそを、ツボミが小さく引いた。

「どうしたツボミ?」

 ツボミはすんすんと鼻を鳴らし耳を前へと向けながら、三人の進んでいる方向を指差す。

「……人……血……匂い」

 それを聞いた二人の顔つきは一瞬で真剣なものへと変わり、視線を見合わせた。

 ツボミが人の血の匂いを嗅ぎ取ったようだ。

「早速事件のようですね」

「ああ、行商人が獣に襲われているかもしれない。急ぐぞ」

 セキトはそう言うと、間に合ってくれと思いながら駆けだした。

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