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交渉術

 阿剛家屋敷の本殿その最奥。

 村長の自室にセキトは完全武装で正座している。

 対面には還暦の、だが年齢の割に体格の良い男が座布団に胡坐をかき座っていた。


 彼の名は阿剛関灘、阿剛村の村長であり、アラタの祖父だ。

 その風体は厳格さよりは荒々しい空気を帯びている。それは数千人規模の村長として相応であると、誰しもが認める覇気だ。


「最近顔を合わしてなかったが、相変わらず背丈は伸びんか」

「今更伸びられても困る、むしろ侮られて好都合だ。誰しもを萎縮させる爺さんにはわからないだろうな」

 セキナダはセキトがかしこまって敬語を使うのを嫌う。

 むしろ、同じ土俵で言い合った方が却って機嫌がよくなるのだ。

 故にセキトは挑戦的な態度をとる。

「ハハハハハッ! 儂もさらに老いればわかるのやも知れんな。それで、要件はなんだ。かなり深刻に見える。儂が把握しておらん要件なぞどうせろくでもないものなのだろう?」

 セキナダは煩わしそうにため息をつき、頬杖をついた。

 この村の事はなんでも把握していると言いたげな豪胆さだ。

「ヒヨリに竜の呪印が刻まれた。莱竜村の金竜のものだ。解呪の為に『書斎の魔女』を目指す。旅出の許可を貰いに来た」

 完結に要点だけをまとめてセキトは伝える。

 セキナダは突然の告白にぽかんと呆けた表情を一瞬見せた後、顎をさすって何かを考えこみ、段々と渋い顔になっていった。

「まったく、お前たちは竜絡みの厄介事に巻き込まれやすいな」

「まったくだ」

 セキトがお手上げといった仕草をすると、セキナダはふん、と鼻で笑い飛ばした。

「お前たちはこの三年で十二分に阿剛村へ貢献した。それは認める。だがな、それは死ぬまでこの村に奉仕することを前提にしておったから許されてきたことだ。特にセキト、お前は阿剛村に居場所をつくることに躍起になり、その手で多少強引に結果を出して居場所を作り出した。それは結構な事だがな。裏を返すと、お前が抜ければ阿剛村に風穴が開く事を意味する。その辺を理解しておるのか?」

 セキトは多数の仕事を兼任している。1つ1つの仕事は小さく、村の歯車というよりは、歯車を円滑に回すための潤滑油に近い。

 そんなセキトが村から抜けることですぐさま破綻とは全くならないが、一定の期間歯車が軋むことは目に見えているだろう。

 その事を理解しているのか、とセキナダはセキトへ問い掛けた。

 ――だが、

 それぐらいセキトには想定済みだ。

「一年ぐらい前から既に俺へと依頼される仕事の量は、一人では到底捌ききれない程に増えていた。それでその頃から親を失った身寄りのない孤児たちをまとめて、少しずつ俺の仕事を割り振ってきた。今回のことで俺が抜けて支障が出る仕事を、その孤児たちに全てを割り当て、昨日全ての仕事の引き継ぎを終えた。というかその程度把握してるだろ爺さん」

「ふん、抜かりなしか」

 セキナダはぼりぼりと頭をかく。

「それで、アラタの教育は終わっておるのか。俺は命令し、お前は確かに頷いた筈だが」

 セキナダから直々に下された依頼。

 アラタの戦闘面での教育、その達成ができていないのであれば要求は呑めない、と言外に言うセキナダ。

 それに対して、セキトは懐から一冊の書物を取り出し、畳の上へと置いた。

「彼は俺以上の体格と才覚を持っている。最後にこの書をアラタ様に与えれば彼は俺を超える。あと孤児たちの管理方法も載っている」

「なるほど」

 セキナダは顎をさすり、笑みを浮かべる。

 それは悪辣で身の毛がよだつ様な笑みだ。

「――それで、お前は阿剛村に不要な存在となり、しかも部外者が知ってはいけない事を多数知っている存在となった訳だ」

 空気が凍り付く。

 両者全く動いてはいないのに、場は一瞬にして濃密な戦場の風格へと変貌した。

 セキトが武装してこの場に座っている理由。それは交渉がこの流れになる事を予期していたからに他ならない。

「お前を今ここで殺せばどうなる? お前がこうなることを考えていない訳がない。お前がここに居る時点で、既に何かを仕掛け終わっているのだろう?」

 セキナダは闘気を隠そうともせず、鮮烈な問いを投げる。

 しかしセキトは穏やかに、感情を乗せる事無く返答する。

「阿剛村には大恩がある。俺たちを受け入れてくれた事にはとても感謝している。できればお互い穏便に済ませたい」

 セキナダとセキト、両者の間に沈黙が生まれる。

 睨み合いと言ってもいいかもしれない。

 お互いの視線がぶつかり、張り詰めた空気は肌を刺激する様な感覚さえ与える。


「――わかったわかった、認める、出立を認める」

 折れたのはセキナダの方だった。

 セキトを忌々し気に睨み、面倒くさそうに言葉を吐いた。

「それで、結局お前は何を仕掛けた?」

「答えてもいいが、その前に三面のふすまを開けてくれ」

 セキトは唐突に、正面の壁以外のこの部屋のふすま全てを開けるよう頼んだ。

「開けろお前ら」

 唐突なセキトの物言いだったが、セキナダも意図を一瞬で察して呼びかけた。

 すると、三面のふすまが一斉に開く。

 現れたのは三人の男。

 右に松石家現当主、松石真雪。左に真雪の弟、松石真雲。セキトが振り返ると、笑顔で手を振っている若き鬼才、松石真幻。

 それぞれが正座で座っていた。

 セキナダとセキトの密談を聞くことを許される程に信頼されている人間の中で、最高戦力の三人だ。

 そして恐らく役目はセキナダの護衛と、セキトの殺害。

「続けろセキト」

「何もしなければ今夜、三番土蔵は爆発し毒物がばらまかれる。止める方法は俺しか知らない。死者数は数百人規模で、統治機能は麻痺、この屋敷は向こう数十年汚染される」

 淡々と語るセキト。

 それと対比するように顔を引きつらせるセキナダ。

「もし戦闘になれば、今この瞬間に三番土蔵を爆発し、その混乱に乗じて逃げる手筈だ。毒物が吹き荒れる中、無呼吸で俺を殺せるのはこの村最強のあの人ぐらいだが、あの人とは既に話を付けている。どちらの味方もしない」

 セキトの仕掛けた爆弾のネタ晴らしを聞いたセキナダは、大きなため息をついて頭をぼりぼりとかいた。

「おいシンセツ、どうにかできるか?」

 この中で最高戦力のシンセツに問いかける。

 セキナダは、セキトの語った仕掛けに有効な手立てはないか、とそう聞いているのだ。

 だが、シンセツは眼を閉じて首を横に振った。

「セキトは私に襲われる準備を整えてここにいる。まともに戦ってくれるのであれば勝ちの目はある。しかし、逃げに徹されればそれも難しい。それにセキトを殺したとして、三番土蔵の爆発を、私たちは食い止められない」

「完敗って訳か、見直しが必要だなこりゃ。アラタにはさっさとセキトの領域まで行って貰わなきゃならんな。お前らはもう下がっていいぞ」

 セキナダがそう言うと三者はふすまを閉め、気配が消える。


「それで、旅出はいつだ?」

「この後直ぐに」

「だろうな」

 三番土蔵の時限爆弾に対してなんらかの対処がされれば、セキトの命を保証するものはなくなる。

 故に、今直ぐにでも村を出る必要がある。

「ならば最後に一つ仕事を任せよう。身構えなくていい、簡単なことだ。道中『阿剛のセキト』と名乗れ」

「別に構わないが俺の行動は保障しないぞ?」

「構わん、名声さえ上げればそれは悪名でもいい」

 セキトはセキナダの意図が解らずに、首を傾げる。

「何故そんなことを?」

「阿剛村は日々発展し、拡大しているが、古くから伝わる伝承や言い伝えがない。歴史のない村は舐められるし知名度も低い。だからお前にはこの村の英雄になって貰う。間違ってもつまらない死に方をするなよ?」

 どうやらセキトの旅を神格化させ、阿剛村の伝承にしたい様だ。

 利用できるものは何だって利用するというセキナダの意思を感じる。

「そういうことか、ヒヨリは俺たちの旅を本にするらしい。楽しみにしておいてくれ」

「ほう、それは良いことを聞いた。精々足掻いて派手に死ぬことだ」

「ああ」

 最後に二人は意味深に視線をぶつけた。


 セキトは部屋を後にする。

 すると松石家の三人がセキトのことを待っていた。

「すみません、ご迷惑をおかけしましたシンセツさん」

 セキトはシンセツへと頭を下げた。

 実行する気はないとはいえ敵対し、セキトの策略でシンセツに恥をかかせてしまった。

 シンセツの人柄と人格を尊敬しているセキトは、無礼を働いてしまい、申し訳ないと感じていた。

「顔を上げてくれセキト君。いやはやお見事と言わせてほしい、完封されてしまったよ、ははは!」

 シンセツはセキトの肩を叩き上機嫌に高笑いした。

 その所作にすら品がある。

 そしてシンセツのその様子を見て、隣に立っているシンウンは苦笑いで首を振り、シンゲンは笑顔で扇を振っている。

「君の行いは誇れるものだ。道のりは険しいものとなるだろう、だが正義の心を持つ者はけして挫けることはない。君の雄姿、応援しているよ」

「はい、ありがとうございます。必ずヒヨリを救います」

 セキトの力強い返事に、シンゲンはうんうんと頷いた。

「――では行って参ります」

「気を付けて」

「幸運を」

「いってらっしゃーい!」

 三者三様の見送りの言葉を聞きながら、セキトは歩き出した。



 ――セキト、ヒヨリ、ツボミの三人は阿剛村から延びるいくつかの街道、その一つの玄関口へと足を運んでいた。

 三人とも顔の隠れるフードの付いたぼろ布の外套を被っているが、その下は上等な旅の衣服だ。

「遂にこの時がやってきたのですね、鼓動の高鳴りを感じます」

「ん!」

 ヒヨリとツボミはきょろきょろと辺りを見回し、終始楽しそうだ。


 ――と、歩むセキトは、玄関口の脇に立つ木に背を預けている男の存在に気付いた。


「師匠!」

 頭のフードを取りセキトが呼ぶと、待っていたと言わんばかりに、いや通り待っていたのだろう。流れる水のような歩みで近づいてきた。

「よう坊主、セキナダとは穏便に話を付けたようだな」

「はい、予定通りにいきました」

 よくやった、と男はセキトの頭をわしわしと撫でる。

「おまえさんたちはこの世の中でも強い方にいる。だが、世の中には某や魔女の様に次元の異なる者も確かに存在する」

 男は袖から黒い石の付いた首飾りを取り出し、セキトの首へ通した。

「超人に遭遇した時、これを見せるといい。運が良いと見逃して貰える」

「ありがとうございます、師匠」

 目を合わせて礼を言うと、男はうんと頷いた。

「あの日、某に示した勇気を決して忘れるな」

「はい! 行って参ります!」

 

 ――こうして三人の『書斎の魔女』を目指す旅は始まった。

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