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竜の呪印

 三番土蔵の扉に付いている錠前を、鍵で解錠し取り外す。

 黒鉄の扉を自分が通れる程度の幅をゆっくりと開き、中に入ってから扉を閉め、今度は中から錠前をかけた。


 ――三番土蔵の中には大量の封をされた壺が保管されている。そのほとんどが人体に害を成す劇物、ここはそういう危険な物の保管場所だ。

 それだけ危険な土蔵の管理を任されているセキトだが。裏を返せば、悪用方法がいくらでもある物の管理を任せられる程に信頼されているということだ。


 セキトは土蔵の中を最奥へと進んだ。

 一番奥には大きな木箱がある。セキトが木箱をどかすと、地面に錠前の掛けられた扉が現れた。

 それを解錠し開く。すると中から現れたのは地下へと続く階段だ。

 続いて階段を下っていくと、地下には似つかわしくない金粉を纏った様な雰囲気の障子がそこにあった。


 セキトは障子を開き、中へと入る。

 そこは地下とは思えない木造家屋の一般的な居間だった。

「おかえりなさい、セキト」

「ただいま、ヒヨリ」

 セキトの帰りに気づいたヒヨリが、炊事姿のまま台所から現れる。

 それは美少女だ。

 三年の月日はヒヨリを成長させ、背はセキトと同じぐらいに、女性的な肉付きも表れ、少しウェーブの掛かったボリュームのあるミルク色の髪は腰ほどまでふわりと広がり、容姿はおっとりとした幼さを残す可憐なものに。

 セキトはこの三年間、ヒヨリには自分の様に人道を外れた穢汚の道ではなく、何も恥じる事も隠す事もない正道を歩んで欲しいと切望し、稼ぎのほとんどをヒヨリの健康、美容、勉学に注いだ。

 結果、ヒヨリは容姿端麗、頭脳明晰の才色兼備な美少女へと育つ。だがその間、セキトは病的なまでの過保護で徹底してヒヨリの存在を秘匿し。ヒヨリは、ほぼ監禁状態のまま三年の歳月を過ごした。

「立派なオヤマハクサイですね。買ってきたのですか?」

 買い出しでもない日に突然セキトが野菜を持って帰ったことに、困惑顔のヒヨリ。

「いや、いろいろあってイセズのおやっさんがお礼にくれた」

「そうだったのですか。きっとセキトは人助けをしたのでしょう、私も鼻が高いです」

 セキトはいろいろとしか言っていないのに勝手に推測して、上機嫌に微笑む。

 ヒヨリに野菜を渡すと「あと少しでできるので待っていてくださいね」と言って台所へと戻っていた。

 それと入れ替わるようにして、セキトが入ってきた障子とは別の障子が開き、ワンピース一枚の、まだ幼い少女がとてとてと近づいてきた。

 少女の名はツボミ。セキトが人売りの行商人から衰弱しきっていた彼女を格安で買い取り、ヒヨリに与える食事の毒味やセキト自身に投与する薬剤の治験として、非人道的な扱いをしてきた。

 そんな彼女の特筆すべき点はその容姿だ。

 この村近隣では珍しい純白のショートヘアに金眼、そして頭部にはシベリアンハスキーの様な大きな獣耳がぴょっこりと生えている。

「日課は終わったか?」

「ん」

 セキトが胡坐をかくと、ツボミは足の上に座り大きな耳をぺたんと下げた。撫でてほしい時にツボミがよくやる仕草だ。

 希望通り撫でてやると幸せそうに目尻を下げて、喉を鳴らす。

 恨まれても不思議ではない扱いをしてきた筈だが、ツボミはセキトとヒヨリによく懐いた。理由は定かではないが、人売りに囚われていた時の待遇がそれほどまでに酷い物だったのだろうか。

 初めはツボミの事を非検体としてのみ扱う算段だった。だが、ある秘薬を試した際、肉体が大幅に強化された事を皮切りに、戦闘を教えヒヨリの護衛として育て上げた。

 今現在、この幼い少女は並みの戦士では太刀打ちできない程の腕前を誇る。


 ――少しして、頭から手を離すとツボミは名残り惜しそうにしながらも、セキトの足を離れた。

「書庫に行く。ヒヨリが来たら伝えてくれ」

「ん」

 ツボミにそう言い残し、先程ツボミが入ってきた方の障子をくぐる。そこは全面が障子に囲われた四畳半のお座敷。

 そのまま直進し、障子をくぐると大量の書物や巻物が保管された書庫に出た。

 この書の山は外へ出られないヒヨリの為にセキトが買い集めた物で、数は千を越える。

 その書庫にセキトは新たに三冊の本を追加した。

 夕飯ができるまで何か読もうかと思案していると、どたどたという足音と共に障子が勢いよく開かれる。

「セキトッ! ヒヨリが!」

 普段ほとんど声を出すことのないツボミが悲鳴の様に叫ぶ。

 まごうことなき緊急事態の知らせ。

 セキトは慌てて台所へと急ぐ。

 到着すると、ヒヨリが台所に倒れていた。

「ヒヨリ!」

 セキトは抱きかかえると異常に気が付く。

 ヒヨリの体に金色の紋様が浮かび上がっていた。

「これは呪印……? しかも竜の意匠……?」

 金の竜といえば思い浮かぶのはたった一つ。故郷莱竜村の守護竜しかいない。

「だが、何故今になって――いや待て、今日は莱竜祭?」

 今日が莱竜村で三年に一度執り行われる莱竜祭の日だとセキトは気付いた。

 確実に何かしら関係がある。

「莱竜村は竜とどんな契約を結んでいたんだ、きっと村長しか知らないぞ」

 とにかく、竜との契約のことは考えても無駄だと思考を放棄、ヒヨリの容体を診る。医者の手伝いをしていて良かったと内心思いながら、触診して異常はないか念入りに調べた。

「――よし、特に異常ないな。ただ気を失っているだけだ。ツボミ、ヒヨリを布団に寝かせてくれ。俺は書庫で解決策を探す、ヒヨリが目を覚ましたらまた呼んでくれ」

「ん」

 ヒヨリをツボミに託して、セキトは書庫へと向かった。


 ――竜の呪印について書庫の文献の中にいくつか記述はあったが、調べれば調べる程に解呪不可能という事実だけが確定的になっていく。


 寝ずに書庫をひっくり返す勢いで文献を漁っていたセキト。

 そこへツボミがやってきた。

「ヒヨリは起きたか?」

「ん」

 心配そうな目でツボミはこくりと頷いた。

「そうかありがとう」

 ツボミの頭を撫でて礼を言う。

 言いつけを律儀にまもって寝ずにヒヨリを見ていたのだろう。眠そうに目をしぱしぱと瞬かせていた。

「寝ていいぞ」

「ん」

 ツボミはセキトの言葉を聞いて、とてとてと寝室の方へ歩いていった。

 セキトも後に続き、横になっているヒヨリの元に座った。

「具合はどうだ、嘘をつくなよ」

「――少し熱っぽくて頭がくらくらします。それ以外はなんともないですよ」

 ヒヨリは自身の状態を知ってか知らずか、何故か嬉しそうにしている。

「そうか、自分で気付いてると思うがそれは竜の呪印だ。おそらく昨日あるはずだった莱竜祭がなかったのが原因だ。文献を漁ったが解呪不可能ということしかわからなかった。ちなみにヒヨリは何か知ってるか?」

「解呪不可能ということを知っています。というか、私に聞けばわかるのですから書庫を漁る必要はなかったのではないですか?」

 じと目で私を頼ればよかったのにと口撃してくる。

「ヒヨリが目覚める保証はどこにもないだろ?」

「それは――たしかにそうですね。熱の所為か頭がうまく回っていないようです」

 ヒヨリはやれやれといった雰囲気で首を振りながらそう口にした。

「それで発想を変えて今度は不可能を覆す程の力か知恵を持った人物について調べてみたが、有力なのが『日の国の巫女』と『書斎の魔女』だった。他にいるか?」

 ヒヨリは少し思案して口を開いた。

「他には『時の魔女』『鎖神の眷属』辺りでしょうか。ですが、両者ともに定住していないので出会うのは難しいです。それと『日の国の巫女』は居場所も存在も保障されていますが、出会う為の難易度が高すぎます。最低でも十年は掛かるでしょう」

「それは困るな、三年後の莱竜祭の日に何が起きるか未知数すぎる。それまでが時間制限と考えた方がいい」

 今回は竜の呪印が浮かび上がり気を失う程度で済んだ。だが三年後、仮にもう一度竜の呪印が刻まれた場合、ヒヨリの体に何が起こるのか見当もつかない。最悪の場合死に至ると考えて間違いないだろう。

「では消去法で『書斎の魔女』ですね。前々から彼女には一度お会いしてみたいと思っていましたのでとても楽しみです」

「さっきから上機嫌なのは結論がわかってたからか……」

「うふふ、ばれてしまいました」

 どこかヒヨリに誘導されているような気がするが、方針は決まった。

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