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阿剛屋敷

 商い通りを抜けると、目の前に立派なお屋敷が現れる。

 阿剛村の中心にある村長のお屋敷だ。

 水の貯まったお堀に囲まれ、入口は木造の跳ね橋のみ。瓦屋根のある白い壁が視界を遮り、内側を知る者はこの村でも限られている。

 そんな屋敷への跳ね橋を、セキトは堂々と渡る。

 すると、屋敷の門に美形の若い男が立っているのが見えた。

「お疲れ様です、シンゲンさん。ただいま帰りました」

「おかえりセキトくん」

 立っていたのは門番の松石真幻。

 松石家は代々侍の家系で、阿剛村の守護を主な仕事としている。

 そんな松石家の若き鬼才と謳われているのがこのシンゲンだ。

 松石流の剣技の全てを十八の若さで免許皆伝している化け物。

 剣技のみで戦った場合、セキトに勝ち目はない。

「大きな野菜だね、買い出しかい?」

「いえ、紆余曲折あってイセズのおやっさんからお礼にと頂きました」

「それは幸運なことだ。――ところで例の依頼に進展はないかい?」

 爽やかな笑顔のシンゲンは辺りを見回し、誰もいないことを確認すると。一転真剣な表情でそんなことを聞いてきた。

 セキトは肩にかけている荷物から巾着を取り出し、シンゲンへと渡す。

 シンゲンは興奮した表情で巾着を開け、中から布切れを取り出した。

「ユナさんの母が古着屋に出したものを纏めてそのまま買い取りました。その中でもそれは意匠と形状からユナさんの肌着の一部だと思います」

 シンゲンは鼻を鳴らし、布切れの香りを嗅いだ。

 ――その瞬間、シンゲンの瞳がカッと見開く。

「間違いない、これはユナの下着だ!」

 シンゲンは懐からじゃらじゃらと金属音のする布袋を取り出し、そのままセキトへと押し付けた。

「いいんですかこんなに?」

「ああ、『勤勉たる者に相応しき報酬を』がこの村の在り方だ。セキトくん、君は僕の期待をまったく裏切らない。それどころか、いい意味で期待を裏切ってさえ来るんだ、僕としては今渡した額でも渡し足りないぐらいだよ!」

 シンゲンは変態である。

 若く、強く、美形、三拍子揃った彼は、村娘の間でも人気高い。

 だが、彼は一人の少女にお熱であった。少女の名はユナ、歳はセキトと同じぐらい。シンゲンが普通に接して関係を構築していけば高確率で落とせそうなものを、血迷ったことにストーカー行為を繰り返し、すっかり怖がられてしまったのである。

 完璧な人間などいないのだなと、シンゲンを見ながらセキトはつくづく思うのだった。

「それじゃ通りますよ」

 ユナの下着の切れ端を見つめてうっとりしていたシンゲンはハッと我に返り、慌てて姿勢を正した。

「ああ、右の小門は空いてるよ。進展があればまたよろしく頼む」

 セキトは頷き、荷馬車も通れる大門とは別の、右側にある普通サイズの扉から敷地の中へと入った。


 視界に広がるのは豪勢かつ静粛な日本庭園だ。

 いくつかの池と均され模様の描かれた砂利、剪定された一本の木。和を体現したその庭園は、原精の光によって淡く色とりどりにライトアップされている。

 幻想的な庭園の奥にある本殿は、厳粛な趣の木造屋敷。改築を重ねて大きくなっていったことが伺える複雑な形状だ。


 セキトは歩を進め、いくつかある土蔵の一つ三番土蔵を目指す。

 場は静かで、魚の泳ぐ水音が心地良い。


 ――セキトがとある池の近くに差し掛かったその時。池の水面から何の脈絡もなく、〝苦無〟がセキト目掛けて飛んできた。

 意味不明なタイミングの虚をつく一撃。

 しかし、セキトは既に抜いていた山刀で難なく苦無を弾く。

 続けて水面から刀を構えた青年が飛び出し、セキト目掛けて一閃。


 ――しかし、そこにセキトは居ない。


 跳躍し青年の上を取っていたセキト。

 そのまま重力に従い落下、青年の背を踏み下敷きにした。

「ぐえっ」

「発想は悪くなかったですよ、アラタ様」

 セキトはすぐさま足をどけると、ずぶ濡れのアラタに手を差し出した。

 アラタはセキトの手を取ることなく立ち上がった。

「完全に死角だった水中で呼吸を止めている私に、どうやって攻撃前に勘づいたんだセキト」

 アラタは仁王立ちで堂々とまるで尋問するようにセキトへ問いかける。

 その表情は長時間息を止めていたことと、それでも奇襲に失敗した敗北感でげんなりしていた。

 だが、それと同時にどんなからくりが飛び出すのか期待の眼差しも向けていた。

「期待する程大層なことではないです。他の池に変化はないのに、この池だけいつもより水かさが上がっていた事が勘づいた理由です。もしアラタ様が潜水することで上がる水かさの分を先に抜いていれば、最初の苦無は確実に命中していたでしょう」

「なるほど、勿体ないことをした。悔しいな」

 青年の名は阿剛荒汰。歳は二つ下だがセキトよりも背が高く体格がいい。

 彼は村長の孫で、セキトは村長から直々にアラタの戦闘面での教育を任された。

 意図はおそらくセキトの闇討ち術を学ぶことで発想を柔軟にし、逆に闇討ちに対する耐性を付けたいのだろう。

「松石流の剣技もかなり上達しています。もう正々堂々の勝負では敵いそうにないですね」

「世辞は良い。正々堂々の勝負なんて現実には存在しないのだからな。それを散々叩きこんだのはお前だろうに。まあ良い、此度の指南感謝する」

「勿体ないお言葉」

「衣服が泥臭くなる前に風呂屋に行くとする。じゃあな」

 そう言ってすたすたと速足で門へ歩いていくアラタ。

 その流れで門へと目を向けると、門からシンゲンがこちらを見ていた。どうやらさっきの一部始終を見ていた様で、扇をひらひらと振っている。

「シンゲン! お前がセキトと何か話していた所為で潜水時間が長くなったではないか!」

「あはは、すいませーん」

 先程とは打って変わり、庭園には二人のやかましい声が響いていた。


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