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穢汚のセキト

 ――故郷を襲った災厄の日から三年が経った。

 竜の猛威は村の全てを焼き払い、残ったのは灰の大地だけ。

 結果、生存者はセキト、ヒヨリの二名のみ。数百名が命を落とす、未曾有の大災害となった。

 その後、セキトたちが避難した阿剛村の村長は身寄りのなくなった二人を受け入れてくれた。

 だが、隔離された村落というのは総じて排他的だ。よそ者に対する目線は冷ややかなのが通常である。

 しかし、莱竜村を襲った災害の規模が規模だけに、事件の惨状が皆の琴線に触れた様で、セキトたちは特別邪険に扱われることもなく村人たちにもてなされた。

 それでも、それは一時的な憐みの感情であり、いつまでも『お客様』のままでいれば関係が悪化していくだろうと、セキトは懸念していた。

 だから、『お客様』ではなく村を回す歯車の一部にならねばと、セキトは仕事を探した。

 だが、ほとんどの職業というのは親から子へと受け継がれるものであり、そうではない仕事は村を構成するうえでそれほど重要ではなく、変えの利く人材が勤めることとなり、待遇に差が生まれる。

 セキトはなんとか村の一員として認められるような仕事はないかと思案していたが、悩めど答えは出なかった。

 だが、その思案はヒヨリの『村民ではしがらみに囚われてしまう、外の者である私たちにしかできない仕事というのはどうでしょう?』という一言でセキトの意識が変わった。


 ――それからセキトは〝なんでもやった〟。


 難易度はそれほど高くないが、倫理観や忌避感によって誰もやりたがらない事、家系や血筋のしがらみに縛られて誰もできない事、宗教や偏見で皆から怖れられている事。

 例を上げれば、死体の処理、医者の手伝い、罪人の世話や刑罰の執行、汚職の摘発、借金の取立、危険地の調査、衛生に問題のある場所や物の処理、等々。

 そうやってひたすらに仕事を選ばず働いているセキトの事を村民は『穢汚のセキト』と呼び、嘲笑い忌避した。

 だが、セキトによって恩恵を受けている業種の者は多く、当人たちが気付かずともセキトによって救われた命もあった。セキトは特に職業人である大人の男性たちからは慕われ、三年という時間信用を積み上げ続けたことで、目標であった村の環に入るということは完全に達成できていた。


 ――阿剛村、商い通り。

 商店の並ぶその通りは活気に満ち、晴れやかな喧噪に包まれている。

 硬貨が流通し、商いが可能な程大きな阿剛村の人口は数千人規模で、村というよりはほぼ街である。

 そんな活気のある喧噪の中を、セキトはゆっくりと歩んでいた。

 傘を被り、着物に外套を羽織った姿。成長期に体をつくり過ぎた為か、背はあまり伸びなかった為、背丈はこの村にやってきた時とそう変わっていない。

 阿剛村の中で知らぬ者はいない有名人で汚らわしいと避けられるのがセキトの常だが、通りを歩く人々は全くセキトの存在に気付かない。それは邪道を歩む者の誰しもが自然と身に着ける影のような佇まいだ。

 ――と、セキトの目に一人の女が留まった。

 歳は成人したばかりだろうか、肌は瘦せこけ、着物には修復の痕がいくつも見られる。如何にも貧乏という言葉が板に付く女は、何かをくるんだ布を両手で抱え歩いている。

 セキトは女の顔を見て直ぐにわかった。



 ――盗品だな。


 セキトは三年間の中で罪人や破滅した者と多く関わってきた。醜悪で救いようのない人間の相手をする生活で、相手の顔や身振りから嘘や殺意をかぎ分ける目を養うこととなる。

 セキトの目からして女はこの上ない程わかりやすく恐怖や焦燥の様相を呈していて、その様子から初犯――根は善人なのだろうが家族の為にやったのだろうな、と察せられた。


「お姉さん」


 セキトは肩を叩き、女を呼び止める。

 女は平然を装ってなんでしょう、と振り返った。セキトの目には稚拙に見えるが、女なりに精一杯頑張っているのだろう。

「俺の顔がわかるかい?」

 被っていた傘を取り、無表情で女の目を見た。

 効果はてきめんだった。

 女の顔はみるみるうちに青ざめていく。

 それは当然のことだ。セキトの仕事の中で最も有名なものが『罪人への刑罰』だからだ。

 下手人、死罪、火罪、獄門、磔刑、鋸引き、――等々。

 女にとってセキトは今一番会いたくない相手であろう。だが悲しいかな、最悪の出会いをしてしまった。

「ヒッ!死にたくない……」

 女の足はがくがくと震え、力なく尻餅をついた。

 恐怖で力が入らないのか後ずさりすらままなっていない。

 果てには、水音を出しながら失禁してしまっていた。

 セキトは女が落とした布で包まれた何かを拾い、一枚捲ると。中からはいくつかの果実や野菜が見えた。

「イセヅのおやっさーん!」

「あいよー!」

 セキトが叫ぶと景気のいい返事が返ってくる。

 少ししてセキトと女を囲む人だかりをかき分けながら、一人の男が姿を表した。

「どうした、どうした穢汚の。って、この女はどういう訳で漏らしてんのさ?」

 ガタイの良い男はこの状況にぽかんと首を傾げた。

 セキトは布にくるまれた野菜をイセヅに手渡す。

「こいつ銭払った?」

 イセズは布の中を確認し、もう一度へたり込んでいる女の顔をじっと見つめた。

「いや、これは確かに内の商品だが記憶にねぇな」

 顎をさすりながらそう口にした。

「そうか、後はおやっさんの好きなようにやってくれ」

「応、悪いなセキト。礼だ持っていけ、新鮮だから生でいけるぞ」

 イセズは笑顔で布の中から一番大きな野菜をセキトに持たせた。

「ありがたく」

 女の方へと向き直るイセズ。

 そこに先程まで張り付いていた商人の笑顔はなかった。

「困るな~おいッ!」

 太くて低いすごみのある声が通りに轟く。

 セキトは傘を被り直し、再び人の雑踏へと紛れた。

 ――女はこれから見せしめにされるだろう。だが、イセズのおやっさんはああ見えてかなり甘いし、気の毒な人を見ると手を差し伸べたくなる質だ。女は仕事を斡旋して貰い、生活が多少マシになる筈だ。

 セキトは阿剛村に大恩がある。自分の行動が少しでも村の為になればいいなと、そんな事を考えながら通りを歩んだ。

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