鴉狼の会
時間が無いので以降の話は推敲しません。
セキトはゼンエイの首を持って、ヒヨリたちの元へ向かう。
ヒヨリたちも決着を見ていたようで、こちらへ歩いてきた。
近づくと、ヒヨリの目元には泣き腫らした跡が見え、ツボミは両手で数人の男を引きずっていた。
「セキト、お怪我はありませんか?」
「大丈夫だ。そちらは読み通りこいつの仲間が襲ってきたようだな。大丈夫だったか?」
ツボミが引きずっている男たちは恰好的にゼンエイの仲間で、森から襲ってきたようだ。
「はい、大丈夫です。ツボミさんから護っていただきました」
ヒヨリがツボミを撫でると、ツボミは幸せそうにヒヨリの手へ頭をすりつけた。
「よくやったツボミ」
「ん~」
セキトがツボミを褒めるも、ヒヨリの手に意識を持っていかれている様子だ。
と、セキトはヒヨリの変化に気付いた。
「大丈夫かヒヨリ? 顔色悪いぞ」
ヒヨリはセキトの言葉を聞いて、暗い表情でセキトを見る。
「いえ、その……。セキトは人の死体に慣れているのですね」
その言葉を聞いて、セキトは自身の愚行に思い至る。
ヒヨリの顔色が悪くなった原因は、セキトが持っているゼンエイの生首を直視したからだと気付く。
仕事上死体を見ることの多かったセキトは、己の感覚麻痺をたった今痛感した。
「悪い、配慮に欠けてた」
セキトは慌てて首に布をかぶせる。
「いえ、未熟な私が悪いのです。それよりも、襲われた行商人の救助を急ぎましょう」
「ああ、そうだな」
――セキトたちは横転した荷車の傍までやってきた。
そこには両手足を縛られた行商人と思しき男と、目を見開いたまま横たわる恐らく護衛の侍の姿があった。
セキトはまず侍が息絶えていることを確認し、行商人の男を縛る縄を解いてやった。
「なんとお礼を申し上げればよいか、助けて頂き誠にありがとうございます」
行商人は縄を解くや否や地に頭を着け、感謝の言葉を熱弁する。
意識はずっとあったようで、セキトとゼンエイの戦闘の様子を感じ取っていたのだろう。セキトたちが子供だからといって侮る様子は一切見られない。
「顔を上げてくれ、盗賊に襲撃されるなんて不運だったな」
なおも頭を上げない行商人と数度言葉を交わし、行商人はようやく立ち上がった。
「手前の名は大鷹流楼と申します。見ての通り行商の者で、気安くルロウとお呼びください」
「俺は阿剛のセキトだ。こっちはヒヨリで、こっちはツボミ。三人で旅をしてる」
「ヒヨリです」
「んー!」
互いに軽い自己紹介を済ませる。
ヒヨリは人見知りを発揮し、セキトの後ろに隠れ顔だけ出していた。
ルロウはツボミの獣耳に少し驚いた様子を見せたが、特に言及しなかった。
「ルロウさん、この侍は護衛で?」
「はい、良い奴だったのですが、無念でございます」
四人は合掌して死者を弔う。
その後、セキトは侍の体とゼンエイの生首に防腐処理を施した。
「遺族の方に会わせてやってくれ」
「ありがとうございます。セキト殿は葬儀屋で?」
「葬儀屋の手伝いをしてた経験がある、その名残りだ」
その後、横転した荷車を元に戻し、散乱した荷物を詰め込む。
逃げた馬は、探しに行ったツボミが数分で連れ帰ってきた。
「何から何まですみませんね、本当に頭が上がらないです」
「いえ、乗せてらえるこちらにも得があるので」
セキトたちはルロウの荷馬車に同乗する運びとなった。
護衛の依頼も兼ねるということで、報酬も頂いている。
「それでセキト殿はどちらまで?」
「鴉狼の会、七岩支部へ」
「それなら道中なので立ち寄りましょう。そうかからずに着きますよ」
馬に鞭打つ音と共に、荷馬車が進み出す。
「セキト、鴉狼の会というのは狩猟組合の名前で間違いないですか?」
「ああ、合ってる。旅を円滑に進める為に何かしらの大組織に所属して、身分証明できるようにした方がいいと考えてる。鴉狼の会は入れさえすれば、特に縛られることもなく恩恵を受けられる。だから今から行く鴉狼の会七岩支部で入会するつもりだ」
――狩猟組合『鴉狼の会』
深層第三から五層に多数の支部が点在するこの組織は、対危険獣の仕事を主に取り扱う。
組織の主な機構は各支部の周辺地域から集まる依頼を収集し、所属する猟師へ分配することだ。
「なるほど、ということは私の初めての職業は猟師ということですね。うふふ」
ヒヨリは冗談めかしく笑う。
「予想外極まりないな」
「ええ、天国の村の人たちに報告したら、きっと目を飛び出して驚くでしょう」
ヒヨリはそう言って静かに顔を上げ、深層第三層の天井に点在する色とりどりの光を眺めた。
■■■
しばらく荷馬車に揺られていると、ツンとする臭いが鼻を突いた。
「セキトこの香りはなんでしょう?」
「恐らく獣避けの御香だな、目的地が近いってことだ」
「んー、……くしゃい」
似た臭いを嗅いだことがあるセキトは、この臭いが人為的なものであると予想した。
鼻の利くツボミにこの刺激臭はかなり不快なようで、鼻を摘まみご機嫌斜めな様子。
「セキト殿の仰る通り、この香りは獣避けの御香でございます。鴉狼の会七岩支部の入口に焚かれているもので、ほら入口が見えて参りました」
ルロウの言葉を聞き、三人は前方に視線を向ける。
前方にはそびえる岩肌、そこに荷馬車が二台は通れそうな程大きな洞窟の口が開いていた。
その洞窟の脇には煙を上げている鍋が見える。あれが臭いの発生源なのだろう。
ルロウの荷馬車が洞窟の前で止まると、門衛と思しき男が近づいてきた。
門衛とルロウが言葉を交わすと特に問題なく門衛は道を開け、荷馬車は進みだす。
「鴉狼の会七岩支部は洞窟の中にあるのですか?」
「ああ、調べた時洞窟の中にあるとは聞いていたが想像以上に大きいな」
三人は荷馬車から身を乗り出し洞窟内を眺める。
洞窟の壁面には鉱物や苔が散在し、原精の影響で淡く青や緑の光を灯している。
そんな洞窟内の様子を観察していると、ルロウから声がかかった。
「お三方、着きましたよ」
「おお」
「わぁ」
「んー!」
目の前に広がる光景に思わず三人は感嘆の声を漏らす。
そこは、洞窟内の大空間。
ドーム状に広がるその空間は、中央にある大きな建物を中心に、道を挟み囲うようにして、宿屋や研屋等の商店が並んでいる。
「ここが鴉狼の会七岩支部でございます。中央にある大きな建物が鴉狼の会の建物であります」
「凄いですセキト! このような場所は書物でも見たことがありません」
「ああ、想像以上だ」
セキトたちは荷馬車を降り、いろいろな店へと目を向ける。
猟師の集う場所だけあって、武器屋や道具屋も充実している。
「それでは手前はこれから気絶してる盗賊共を奉行所に預けて参ります」
「ああ、俺たちは鴉狼の会に行く。ここでお別れだな」
「そうでございますね。もし困りごとがあれば山魚商会の一派に名前をお出しください。手前ら商人は借りた借りは必ず返済する生き物でございます。それでは御達者で」
「ああ、気を付けて」
「お元気で」
「ん!」
互いに別れの挨拶を済ませ、ルロウの荷馬車は雑踏の中へ消えていった。
「それでは私たちも行きましょう」
「ああ、だがその前に一つ忠告」
セキトは二人の目を見て語る。
「鴉狼の会は縛りが緩いだけに実力はあるが性格や素行に難がある者が多いと聞く。特に弱者への風当たりが強いらしい。変な奴に絡まれたとしても口を開くな、俺が対処する」
「わかりました」
「ん」
二人の返事を聞き、セキトはよしと頷く。
三人は鴉狼の会へと歩を進め、緊張しながら戸を開いた。
「……居酒屋さん? でしょうか」
「……ああ、……そのようだな」
畳の敷かれた床に机が並び、座布団に座って酒や煙草を嗜む者たちの姿がいくつも見られる。
その者たちに共通するのが、いずれも強靭な肉体と覇気を纏い、ただならぬ気配を帯びていることだ。
セキトたちは明らかに場違いだと感じながらも、歩を進め最奥にあるカウンター席の座布団に座った。
その間、セキトたちの存在に気付いた者たちから「何故子供が?」と訝し気な視線を向けられ、セキトたちが席に着いた頃にはそれなりの数の視線を集めていた。
「君たち、親とはぐれたの?」
カウンター席から見える厨房には、十八、九ぐらいの歳に見えるはつらつとした雰囲気の少女と、この店の店主といった様相の初老の男が渋面で立っている。
給仕の少女はセキトたちを怖がらせないようにと優しい表情で声をかけてきた。
だが、セキトはそれを無視。
「主人、ここが鴉狼の会で合ってるか?」
セキトは店主にそう問いを投げた。
すると、店主は渋面のまま視線だけをセキトへと向ける。
覗き込むようなその視線はまるで内心を見透かされているような錯覚を見るものに与える。
だが、セキトは視線を逸らさずにじっと見詰め返す。
「ああ、そうだが?」
しばらくセキトと視線を交錯させていた店主はゆっくりと口を開き、渋い声でそう言葉をこぼした。
「こいつに懸賞金は掛かっていないか? ゼンエイと名乗っていた」
そう言いながらセキトはカウンター席で風呂敷を広げ、ゼンエイの生首を晒した。
「え……」
給仕の少女は突然セキトが置いた生首を見て笑顔のまま固まる。
今まで渋面のまま変化の無かった店主の表情、だがゼンエイの首を見て明らかに目の色が変わった。
「少年、この首少し借りるがいいか?」
「ああ、どうぞ」
店主がセキトからゼンエイの首を受け取ると、どこからか取り出した薬品を一滴ゼンエイの肌に垂らす。
すると薬品のしみ込んだ部分が、緋色の光を灯す。
セキトはその薬品が原精を活性化させるものだと察した。
「間違いない、こいつは『蛇土流の漸永』だ。お前がやったのか?」
店主は緋色の光を見て確信すると、信じられないといった表情でセキトを見る。
「ああ、山魚商会のオオタカルロウって男の荷馬車を襲撃していたゼンエイに今日遭遇した。首を斬ったのは俺だ」
そうセキトが口にしたとたん後ろで聞き耳を立てていた店の客たちが、一斉にざわめき始める。
「あのガキがやったのか?」
「冗談だろ?」
「何もんだ?」
見ない顔の少年が盗賊ゼンエイの首を取ったという事実に、驚愕の声がいくつも上がる。
最初に客たちがセキトたちに向けていた何故場違いなガキがここに居るといった視線は完全に搔き消え、この少年は何者だ、と年齢と強さが見合っていない不気味な存在へと向ける興味の視線に変わった。
「ゼンエイに懸賞金が掛けられているかという質問の答えだが、それは是だ。奉行所へ持っていけば百万日銭は貰える筈だ――」
――『日銭』
それは日の国が発行、管理する貨幣。
この世界で最も信用できる貨幣とされ、貿易の場では日銭を用いるのが常識だ。
百万日銭という大金にセキトは内心驚く。
偶然遭遇して斬った盗賊にまさかこんな額の懸賞金が掛かっているとは思いもよらなかった。
だが、その驚きを表情には出さない。
それは商売人と話をする上での鉄則だ。
「だが、一つ提案がある」
「なんだ?」
商売人からの『提案』。
セキトは頭を切り替え、最大限の警戒でその先を促す。
「この首を鴉狼の会として条件付きだが二百万日銭で買い取りたい」
倍の値段の提示。
破格の提案だ。
しかし懸念点は、
「条件とは?」
「お前らが鴉狼の会に入ることだ」
鴉狼の会に入ることで首の値段が倍になる。
セキトにとって得しかない提案。
だが、ここで直ぐに餌に食らいついてはいけない。どんな裏があるのか先に確認してからだ。
「そちらに何の利益がある?」
セキトの問いに一瞬逡巡を見せた店主は、その後口を開く。
「七岩支部の者が『蛇土流の漸永』を仕留めたとなれば、我が支部に箔が付く。増額分は宣伝料みたいなものだ」
「なるほど」
セキトが奉行所に直接首を持っていくのではなく、セキトが鴉狼の会に所属した状態で七岩支部を経由し奉行所へ首を渡すことで、それはセキトの手柄であると共に七岩支部の手柄ともなる、という絡繰りだ。
「わかった、条件を呑む」
店主の表情から理由はそれだけではないと読めるが、それは組織を運営する者として当然に無数の思惑があるのだろう。
特に嘘をついてる訳ではないことも確認したので承諾する。
「交渉成立だな。ようこそ鴉狼の会へ、私は七岩支部代表のミネハシだ。隣の小娘は私の娘のハルカだ」
「ハルカです、鴉狼の会七岩支部へようこそ! 急に生首出てきてちょっとお姉さんびっくりしちゃったよ~」
二人はセキトたちに対する態度を改め、客人を相手にする態度で挨拶をする。
「阿剛のセキトだ。こっちはヒヨリで、こっちはツボミ」
「ヒヨリです。お世話になります」
「ん!」
セキトたちも挨拶を返す。
「早速だが鴉狼の会への加入手続きだ。本来は加入試験がある所だがゼンエイの首を取ったということで御免とする。これに血を一滴垂らしてくれ」
ミネハシはそう言うと、手に収まる大きさの鉄細工をセキトたち三人の前に一つずつ置く。
その鉄細工には鴉と狼の意匠、それに加えて『壱』の一文字が刻まれていた。
三人は鉄細工の精巧さに感心し、まじまじと見詰める。
「これに血を垂らすのか?」
「ああ、試してみれば分かる」
セキトは言われた通りに血を垂らすと、鉄細工の『壱』の文字が白く淡い光を放った。
横にいるヒヨリは金に、ツボミは赤に光を灯す。
セキトはこれが原精が活性化した時に放つ色だと一瞬で察した。
「ほう? 白に金とは珍しいな」
「そうなのですか? 一般的には何色が多いのでしょうか?」
ヒヨリは意外そうに首を傾げる。
「赤緑青やそれに近い色が多いよ! お姉さん沢山の人の色を見てきたけど、白と金は初めて見たかも」
ハルカも珍しい物を見たと身を乗り出してセキトとヒヨリの鉄細工を見詰める。
「結局これはなんなんだ?」
「鴉狼の会の徽章だ。原精の色で徽章が本人の物か照合できる。再発行は面倒だから無くすなよ」
セキトはそれを聞いて感心した。
徽章が本来の持ち主以外の手に渡ったとしても、徽章の色と所有している人物の原精の色を照合すれば簡単に識別できる。
「はいどうぞ。これで三人は鴉狼の会の一員です!」
ハルカは三人の徽章に紐を通して、それぞれの首へ掛けた。
「どうも」
「ありがとうございます」
「ん」
三人はお礼を言い、話題は次なるものへと変わる。
「それじゃ次は首の代金だが、貨幣はどれがいい?」
――日銭には八種類の貨幣が存在する。
十進法で一桁ずつ最大百万まで対応した貨幣があり、下から青銅貨、赤胴貨、銅貨、青銀貨、赤銀貨、銀貨、金貨となる。
「金貨一枚、銀貨十枚で頼む」
「わかった、ちょっと待ってろ」
ミネハシはそう言い残し店の奥へと姿を消す。
その後一分もしない内に返ってきた。
「金貨一枚、銀貨十枚だ」
「確かに」
ミネハシが机に置いた硬貨をセキトは荷物の奥底へとしまう。
「最後に依頼についてだ。依頼は鴉狼の会各支部によって評価され、五段階の難易度が与えられる。難易度は低い順に壱弐参肆伍だ。そして徽章に刻まれた数字は持ち主の『位階』を表す。依頼は自身の位階と同じかそれより下のものしか受けられない」
セキトは首に掛かった徽章を見た。
当然の如く加入したばかりのセキトの位階は壱だ。
「位階はどうすれば上がる?」
「戦歴と実力を鴉狼の会本部が評価して上昇する。大体自分の位階と同じ難易度の依頼を百こなせば上がる」
「なるほど」
旅の中でそんなに多くの依頼を受けることはないだろうから位階は変わらなそうだ。
「あと、依頼を一年間受けない場合死亡扱いとなり戦績の記録は消える。そんな訳だ、何でもいいからまず一つ依頼を受けろ。難易度壱の依頼はあそこに貼り付けてある」
ミネハシが指を差す方向へ目を向けると、木の壁に文字の書かれた紙や木の板がいくつも貼り付けられていた。
「わかった」
セキトたち三人はミネハシが示した所へと足を運ぶ。
すると、それを見計らっていたように複数の男たちが、セキトたち三人の元へ近づいてきた。
セキトは近づいてきた男たちに気付き足を止める。
見れば、接近してきた男達の恰好や纏う雰囲気には統一感が無い。
同じ一団がセキトたちの元へと近づいてきたのではなく、どうやら別個の集団の人間が一人ずつセキトたちへと近づいてきたようだ。
「ひぅ」
結果、屈強な男たちに半分取り囲まれるような形になり、ヒヨリは隠れるようにセキトの背中へと貼り付いた。
「何か御用で?」
セキトが問いかける。
すると二十代ぐらいだろうか、高身長で赤毛の若い男が、周囲に目配せした後一歩前へと近づき、口を開いた。
「そう警戒しないで欲しい。私たちは君に害意がある訳ではない。君はたしか阿剛のセキトとそう名乗っていたね、私は『火鷹の眼』という名の猟師集で長を務めているアサバラだ」
アサバラと名乗った男は爽やかな笑顔でそう言って一礼をする。
「ああ、阿剛のセキトだ」
セキトもそれに応じた。
「私たちは別々の猟師集の者だが用件は皆同じだろう。君があの『蛇土流の漸永』を葬ったというのは本当なのかい?」
セキトとミネハシのやり取りに聞き耳を立てていた者からゼンエイの首を取ったという子供の噂が広まり、今やここに居る全員へと知れ渡ったのだろう。
セキトは自身の力量を誇示する為に、敢えて鴉狼の会に所属する者たちへ伝わるようにミネハシとのやり取りをしていた訳だが、想像以上の効果をもたらしていたようだ。
「ああ、そうだ。ゼンエイが賞金首だと知ったのはこの場でだが」
「なるほど、ではここに居る者たちの代表をして言わせて頂く。私たちに代わり敵を討って頂いた事、誠に感謝する」
アサバラがそう言うと集まっていた男たちが一斉に頭を下げる。
その鬼気迫る圧力はセキトをして若干たじろかせる程。
見れば、畳に座っている面々もセキトへ向かい頭を下げていた。
「そういう事か……」
「お察しの通り、私たちの仲間や知人がゼンエイによって何人もやられている。ゼンエイを討つ事は私たちにとって悲願だった。これで奪われた命たちも安らかに成仏できるだろう。ここで一つ黙祷を執り行いたいのだが、よろしいだろうか?」
セキトは是非もないと二つ返事で承諾する。
そしてこの場にいる者たちで黙祷が執り行われた。
騒がしかった居酒屋はまるで無人のような静寂に包まれ、時折聞こえる嗚咽の声がやけに耳へと残った。
「ありがとう、セキト君。それから話は変わるのだが君にもう一つ話がある。それも恐らく私だけではない。ここに集った者たちも同じ腹だ――そうだろう?」
アサバラが周囲の男たちへ目配せしながらそう問いかけると、男たちは意味深に笑いながらアサバラの問い掛けに肯定の仕草を見せる。
「話とは?」
セキトも薄々これだろうなという察しは付いたが、流れに合わせて問を投げる。
「君のような若くて腕のある者は得難い存在だ。是非とも我が猟師集『火鷹の眼』へと勧誘したい」
やはり勧誘であった。
セキトを評価して猟師集へと勧誘してくれるのはありがたい――だが、セキトたちは『書斎の魔女』の元へ旅をする身、定住する気はないのだ。
「勧誘は嬉しく思うが俺たちは目的があって旅をしている。この辺りに居るのも数日の間だけなんだ。悪いが断らせてくれ」
セキトは丁寧にお断りする。
「うん、ならば仕方ない。もしこの辺りに滞在している間に困りごとがあれば頼ってくれ、力になるよ。それでは」
アサバラはあっさりと手を引き、仲間の元へと戻っていった。
周囲の男達もセキトとアサバラの様子を見て勧誘は無理だと判断したようで、セキトたちを囲っていた包囲は解かれることとなった。
「盗賊ゼンエイはとても高い額の賞金を掛けられていましたし、鴉狼の会の皆さんの様子からしてもとても悪い人でしたのでしょう」
「ああ、救いようのない罪人だったようだ。――と、依頼を選ばないと」
脱線して本来の目的の途中だったことを思い出す。
三人は目的の所まで移動し、いくつもの依頼書が乱雑に貼りつけられた壁を見上げた。
「沢山ありますね、どれにしましょうか」
「ああ、多すぎて迷う」
依頼の内容は村近くに出没する獣や村民に被害を出した獣の討伐が多く、その他には環境の調査や危険地での採取などがある。
今回の目的はあくまで依頼の達成であり、報酬は度外視、必要期間が短い、難易度が低い等の条件で絞り込む。
「セキト、これはどうでしょう?」
ヒヨリが背伸びして手にしたのは依頼の書かれた木の板だ。
「畑をツルギジカに荒らされて困っているようです。助けてあげませんか?」
「悪くない。報酬は低いが直ぐに終わりそうだし、毒や特殊能力の無い獣はツボミの得意な相手だ」
「ん!」
名前を挙げられたツボミは、任せろと言わんばかりに腰に手を当て胸を張る。
セキトはそんなツボミの頭を撫でると張っていた力は搔き消え、ツボミはしなしなになった。
「ではこの依頼を受けましょう。この板は一度提出した方がいいのでしょうか?」
不明だった為ヒヨリはハルカに依頼書を見せる。
「あー説明してなかったね。お姉さんが説明しよう! まず受けたい依頼が決まったら依頼書を鴉狼の会の受付に提出してね、判子を押すから。そしたら依頼を実際に達成して、依頼者から依頼達成の判子を押して貰ってね。最後に依頼書をまた鴉狼の会の受付に提出すれば依頼料が貰えるよ!」
「なるほど、そのような仕組みなのですね。ではこの依頼を受けますのでよろしくお願いします」
「はーい! 頑張ってね、でも絶対無理しちゃ駄目だよ?」
「はい、心に留めておきます」
ハルカから説明を受け、依頼を受理して貰い正式に依頼を受けることとなった。
「取り敢えず今日は一旦休んで明日朝出発しよう」
「ええ、そうしましょう。今日は沢山の事があって少し疲れました」
「ん」
――適当な宿を一室借り、三人は宿の一室へと訪れた。
「ツボミ、屋根裏とかに潜んでいる者はいないか?」
「ん」
用心深いセキトの言葉にツボミはこくりと頷く。
「ヒヨリいいぞ」
「わかりました」
ヒヨリは正座し両の手を床に着いた。
するとヒヨリの肘から指先までの血管が金色の光を灯す。
さらに手の平から床へと流れ出した金色の原精は、ゆっくりとした速度で正面の壁面へと集まり長方形の形を象る。
それは紛れもなく『原精色』の予兆。
セキトとツボミが見守る中、ヒヨリはゆっくりと口を開く。
「……原精色《百枚扉》」
ツボミが言い終わると同時、壁面に描かれた長方形が一際強い光を放ち、そこに無かった筈の『障子』が姿を現した。
「やはり、私がやると時間が掛かりますね。セキトは一瞬でできて凄いです」
「俺の原精色は単純だからな、ヒヨリの原精色は複雑だから難しいのだと思う。気にすることはない」
ヒヨリは一瞬振り返ってセキトへ微笑みを浮かべ、障子の中へと入っていった。
セキトとツボミもそれに続く。
ヒヨリが『原精色』によって作り出した障子の中、そこは三番土蔵の地下に在った筈のセキトたちが生活していた空間だった。
――原精色《百枚扉》
その能力は異空間へと繋がる扉の生成。
特性故に荷物を異空間内に収納することで、三人は軽装で旅をできていたのである。
さらに旅の途中で野宿をする必要もなくなり、いつもの環境で快適に食事、睡眠、入浴が可能だ。
それは元々何も存在していなかった《百枚扉》の内部を、ヒヨリの為に三年の時を掛けて内装を構築したセキトの努力の成果だった。