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鍵屋の倅と付与術師  作者: 藻翰
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価値の話


 幸いなことに、面倒な朝のあの一件があってから二週間。

 小さな面倒は無かったわけではないのですが、伝えるほどでもなく。


 そんなある意味安心安全な二週間があったのですが、いつまでも何事もないというわけもなく。いい事も悪い事も、世の中コツコツ溜まって、そしていつか爆発するもので。

 正直な話なにがキッカケになったのかは多分本人にも分かっていないはずですが、どういう場所にもどうにもならない人間というのは居るもので。

 そんなどうにもならない人間がやらかすわけですが、その尻拭いは誰がするのかと言えば……。


「へっくしゅん」


 なぜかくしゃみが出て、鼻をすすることに。


「結局アレはどっちなんだろうな……」


 独り言を自分で言って、それを飲み込むような形になるのですが、くしゃみの諺は何故か二つあって、一つは「一誹り二笑い三惚れ四風邪」(いちそしりにわらいさんほれしかぜ)でもう一つは「一に褒められ二に憎まれ三に惚れられ四に風邪ひく」というもので。

 二つあるならどっちでもいいと思いたいのですが、そのどっちでもの一と二が両方逆。

 という事はポジティブに自分の都合のいい方を取ればいいのでしょうが、人間はどうしてもマイナスな面を見てしまいがちで。


「とりあえず一つだから褒められた方を採用するか」


 誹り(悪口)を受けている可能性もあるのですが、ポジティブということでプラス思考にいくとこういう感じになるのですが、まあ大体の場合は悪口かなぁとも思うわけで。

 仕事に関して誹りを受ける事は少ないハズですが、学生時代を思い出すと多少の悪口を言われることは仕方ない部分もあって。


「余計な事を思い出したな」


 自分の学生時代を思い出すと色々とあり過ぎたので正直思い出したくない事の方が多くて、どれか一つを思い出してもどうしても余計な事も一緒に掘り起こされて。


「今日も暇だ」


 鍵屋の倅の日常は今日もグータラといつも通りに過ぎていくのですが、同じ頃の学校は結構大変なことになっていて。






 いつも通りの朝の朝礼が終わり、授業までの間の小休憩の時間になったのですが、一人の男の子がクリスに突っかかってきます。


「価値無しがお前の親なんだろう?やーい価値無しぃ価値無しぃ」


 田舎の噂話の速さが早いとよく言われますが、閉鎖された場所というのは例外なくそういうモノは凄い速さで伝わるもので。それは娯楽が少ないからという部分も多少含まれている事を否めず仕方のない部分でもあって。

 学校という閉鎖された空間はそれと変わらず。

 更にどんな場所でも出る杭は打たれるわけで。

 いろいろな条件がそろった結果が、こういう事に繋がった訳なのですが、そんな事に負けるような子供……の訳もなく。


「ねぇ、意味を知っているの?一応親ではないって言うのは学校の先生も言ってくれているけど?」

「ふんっ、親でないにしてもそいつの関係ってだけでお前も同じ価値無しだろ!」


 言葉を知っているだけで内容をしっかりと調べた訳でもなく。

 口喧嘩は声が大きいだけでも勝ててしまう事があってそれを知っている男の子が声を大にして言い続けます。


「かーちなしっ!かーちなしっ!」


 自分が劣勢とわかっているみたいで、少しでも周りを味方に付けようと手拍子をしながら声をあげ始めると、何処にでもいるような取り巻きがソレにつられて同じように声をあげ始めます。

 その声はどんどん大きくなって、クラスの半分が同調していき収集が付かなくなりそうになっていったのですが、いきなり大きな手を叩く音が教室前方から放たれます。


「何やら面白そうな話をしていますが、教えて貰えますか?」


 そこにいたのはシスターで、その目は見開き、顔は笑っているように見えますが、その笑顔からは怒りを誰もが感じられます。


「あら、黙るのはおかしいんじゃないの?」


 そう言われても、自分の思っている方向に進まなかった男の子は必死に頭を働かせながら取り巻きである自分の周りの子を見ると、左右に首を振るだけで思っている通りにこのままでは進めない事を理解します。


「価値無しの子供がいるって言う話を卒業生の人から聞いたから、その話をしていたのです。で、多分それがクリスだというので……」


 最初こそ大きな声でしたが、その声はどんどん尻すぼみ最終的には誰も聞こえないような小さな声に。


「成る程。では、価値とは何でしょう?」




「え?」




 まさかそんな話になるとは思っていなかったみたいで、教室中の生徒の視線はシスターへ向きます。


「何をもって、価値無しと言っていたのでしょう?」

「え、いや、卒業生が価値無しと……」


 いきなりそんな事を言われてもという顔で男の子は今度も言葉が尻すぼみ。


「私は学校で教師をしているのですが、私がお店で働いた所で大した価値はありません。他にも騎士のように戦えと言われても重たい剣を振るう事は難しいでしょうし、ダンジョン探索をしろと言われても難しいのです。その時に私は価値無しとなりましょう。ですが、あなた達生徒は今現在そう言う立場ではないのですか?」


 まさか自分達にその矛が向くと思っていなかった子供達は驚愕の表情に。


「場の流れに逆らわず、身を任せる事も時には必要です。ただ、この教室にはその流れにも乗らない人も居たみたいですし、流れに乗らず否定の声をあげない人も居たでしょう。私的に言えば、否定の声すらあげなかった人しかいないこの教室に正しい価値を持つ人間が居たようには感じられませんが?」


 ここまで言われても誰も次の言葉は発することが出来ないまま。


「学校というのは色々な事を試す為にいる場所であり、価値をそこだけできっちりと決める為の場所ではありません。確かに運動が得意な人、勉強が得意な人、思慮深い人、ここで才能を見出す人は多くありますが、価値というのはかなり評価しづらいモノなのです」


 価値と評価は似ているけど違う。

 そんな話をシスターが始めようとしたのですが、チャイムが時間を告げます。


「折角ですから、この後の授業はこの話にしますか?」


 そんな言葉をシスターが言うのですが、ほとんどの生徒は首を横に振って、この話を嫌がります。


「では、いつも通りの魔法の授業をしましょう」


 休憩時間はどうでもいい話で終わってしまったのですが、どうやら終わりという事にならなかったみたいで、


「この授業が終わったら、ケンシンとクリスは職員室に来るように」

「「はい」」


 ボクは突っかかられただけなのに話を聞く為という名目で一緒に呼び出されることに。

 思わずため息をついてしまったのですが、それがキーファと似ていることに気が付いて、ふふっと笑顔に。


「ほら、皆さん席について」


 今日もいつも通りの授業が始まります。


















 同時刻、別の場所



 キッカケが何だったのか思い出せと言われても難しいのだが、色々とあったことは覚えている。

 そもそも、私が婿として入ってからも保守的で何一つ改革をしなかったこの家が悪いのに、なにをしようにもケチをつけてきたギルバート家に未練などあるはずもなく。

 昨日の夜から飲んでいて、起きてすぐ迎え酒を飲んだのだが、微妙な二日酔いのままであたまはもやもやした状態。更に最近、何故か記憶が曖昧な事も不思議だったのだが、上手く行くはずだったことはすべて頓挫。


「っち、やってられねぇ……くそっ」


 丁度持っていた酒も空っぽになって、それを壁に向かって思いっきり投げつけると、ほんの少しだけスカッとして。スカッとした気持ちは怒りに戻り、ふっと一瞬で自分の怒りが頂点に達すると、今度は何故か頭がスッキリとして。


「成る程。そういう事だったのか。ウチの親父も、王家もすべてグルか。そこまで大事なら、しっかり守ってみろ」


 頭がスッキリして、最初に自分に宿った気持ちは復讐。

 ただ、他人(ひと)が見ればその復讐も自分のミスから招いたものにしか見えないのだが、そんなことはお構いなし。

 自分の失敗はすべて人のせいで、自分は頑張ったとしか思っておらず、お門違いな恨みであっても、今の彼には十分な原動力。


「全部、全部、ぶっ壊してやる」


 彼はそうやって行動を開始したのだった。





やっと話が動き始めた気がします。

なんというか、ここまで長かった(笑)

しっかりと読者の皆様が楽しめるように盛り上げるつもりですので、いつも通りの日を気長に待っていただけると幸いです。


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