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異能ある君は爪を隠す  作者: 御誑団子
第二部 恋は戦争

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最後に会いたくて

 死に行くまでのコンマ数秒、都合の良い夢を見る。

 彼岸の向こう、川を隔てた花畑の向こうにワシは渡ろうとする。

 向こうにずっと会いたかった人が居る。伝えられなかった思いを伝えたい人が居る。

 やっと、やっと、やっと、会える……。

 なのに頭の中の彼女は悲しそうにしていた。

「ダメです。まだ、此方(こっち)にくるんじゃねぇです」

 嗚咽混じりの呼吸をしながら重い足を必死に動かして前に進む。

「引き返して彼方(あっち)に行きやがれです」

 あの日の笑顔を思い出す。

「嫌だ、会いたいよ。僕は……貴女に……伝えたいことがあるんだ!」

 その言葉を聞いて、貴女はあの日の笑顔を浮かべてくれた。

「伝わってやがるですよ。十分」

 纏わり付く何かを振り払おうとして、でもできなくて……。

「だから、其方(そっち)に居てほしいんですよ」

 必死に手を伸ばそうとして、でも……

「だから、バイバイ」

 ……貴女がこの手を取ることはなかった。




 僅かに、引き金を引く瞬間に躊躇した。

 本来ならば誰も間に合わない一瞬。しかし、ワシには誤算があった。

 唯一の誤算、それは、雨宮翔は戦うことよりも何よりも、人を救う瞬間にこそ、その異能の真価を発揮させるということ。

 刹那、雨宮翔は加速する。翼を介さない噴流の放出、産み出された推力は何ものよりも速く、瞬く間に目の前に迫った。

 反応する暇もない。引き金を引いた時には銃身を掴まれ、銃口は逸らされ、銃弾が脳天を貫いて赤い花を咲かせることはなく、乾いた銃声だけが鉄の広野に響く。

 ワシを置き去りにして通り過ぎた雨宮翔は地面を滑り転がって止まった。

「ハァ……ハァ……」

 間に合った。間に合いおった。

 ワシの自殺をヒーローは止めて見せたのだった。

「お前さん……なして」

 振り返った瞬間、異能を使っていない拳がワシの顔面に直撃する。

 顔面を押さえながらよろけて数歩後ろに下がった。

 いきなりの事に困惑し奴の顔を見る。誰が見ても怒っている顔をしていた。

「お前の気持ちは……軽々しく分かるなんて言わないけど、理解できる部分はある」

 一歩、ワシに近付くために踏み出してくる。

「お前も会いたかったんだ。きっと」

 また一歩、また一歩と近付いてくる。恐怖を覚えるような表情で。

「それでも……僕は……」

 最後の一歩を踏み出し、胸ぐらを掴まれた。

「死んで逃げることは許さない。お前を悪党として死なせない!あんな形でしか人を救えないお前を、汚名を被って、一人で全部の責任を負って逝くこと……僕はッ!良しとしないからな!」

「………………ハ」

 何だ……全部……見透かされてたのか。

 殺しておけば良いものを……。殺してくれれば……楽に……楽に、なれたのに……。それなのに。

 お前はそれでも……。

「生きろと?」

「当たり前だ」

 目映い色の青が彼の瞳の中で揺らいでいる。太陽と同じぐらい、星の色が彼の瞳の中にある。

 彼女と同じような綺麗な目だ。

 久方ぶりに人の目をちゃんと見た気がした。

 忘れていたものを……思い出した気がした。

「そうか……そう……だな」

 彼女ならきっと、同じように生きろと言ってくれるだろうな。




 重大な事案と謎を残しながら一連の事件は幕を閉じた。

 僕は胴体に出来た刀の深い斬り傷と異能の無茶な行使による背面の裂傷程度で何とかなった。雫にはもちろん怒られた。

 父さんは病み上がりだったから一応入院、検査では重症化はしていないとのことだ。

 西園寺家は今回の件でメディアから質問攻めに会い、遥の出生は公表されなかったが、母親からの性的虐待については異能の発現に影響を与えていた為、今後接触を禁ずると当主である十夏さんは公表した。仕方ないと言えば仕方ない。

 そして遥は西園寺家を離れカンナギが昔作った保護施設で療養、精神的な傷、肉体的な傷は長い目で見て治していかなければならないらしい。事件に関しては……結局彼方が全て背負うことになった。

 その彼方は精神疾患、多重人格障害の元の人格が消えかかっているいわゆる重症状態、故に精神病棟に軟禁状態になる。もちろん、異能者専用の。精神疾患がある以上、刑事罰を受けさせるわけにもいかず、恐らくは無罪になると父さんは言っていた。

 残りの零士、源、姫野も彼方の脅迫によって協力させられていたと整合性の取れた自白をしたため無罪になる可能性は高い。

 結局、名前も知らないあの女、いや名前は心愛だっけ?彼方が教えてくれた彼女だけの一人勝ちと言うことになる。

 雨が降る夜、寝室で窓の縁に座り、外の摩天楼を眺めながら電気も着けずにそんな事を考え耽っていた。

 部屋の中には街の光が射し込んで部屋中が見渡せる。

「寝ないの?」

 クソデカベッドに横になっている雫がそう呟いた。

「寝る。けど、何か寝れなくて」

 あれから数日、あの瞬間が頭から離れない。

 自分を殺そうとした彼方の顔が。

「……悩み事なら相談に乗るよ」

 雫がベッドから起き上がり僕の隣、窓の縁の反対側に座る。

 視線を向けると白いキャミソールとショーツの姿だった。ちょっ……露出が……。

 何て考えていたら神妙な面持ちで彼女は口を開く。

「ここ最近ずっとそんな調子だね」

「……ごめん」

「責めてないよ。でも、元気がない姿は、さすがに心配だよ」

「……うん」

「……」

「……」

 沈黙が訪れていた。けど雫は怒るわけでもなく、呆れるわけでもなく、ずっと待ってくれている。僕を信用して。

「……雫」

「ん?」

 僕は胸の内を吐露するために口を開いた。

「僕は……」

「うん」

「……僕も……あんな風に死ぬのかな」

 それはいつかの話し。父親の背中を追いかけ続けた先にあるゴール。即ち、この胸の奥に巣食う衝動の駆除。これは僕が死ななければこの世から消えない。

「彼方が死のうとした時、その気持ちが理解できた。これが最善だって」

「でも、それを受け入れられないから止めたんでしょ?」

 僕は静かに頷いた。

「僕は……生きたい……わがままかもしれないけど、一緒に生きていたい」

 まっすぐ君を見て僕は伝える。それが何ものにも変えられない僕の願いだと。

「うん、私も君と生きたい」

 静かに、彼女は僕を抱き締めてくれた。

「一緒に頑張ろう。私も君も、生きるには色々足りないから」

「うん」

 雫の気持ちに答えるように僕も彼女を抱き締める。

「ありがとう」

「ちょっとは心が軽くなった?」

「すごく軽くなった」

 彼女の手を取ってベッドに向かう。夜も更け寝る時間。それでも僕達は互いが眠りに落ちるまで小声で話し続けるのだった。他愛無い、ありふれた話を。

 だって父さん隣の部屋にいるからね。何かが出来るわけがなく。




「……やつれてんねぇ!昨夜夜更かしでもしたぁ?」

「まぁ、考え事してた」

 都心の一角、聳え立つ高層ビルに事務所を構えたカンナギの元へ挨拶をしに行った。

 黒くて光沢のある床と天井、少ない照明の光が反射しまくってむしろ明るい。作業デスクと、客人用のソファこれはベージュ色。部屋の真ん中には松の木のホログラム。その他コーヒーやIHコンロがある給湯室が曇りガラスで区画分けをされており、何か金かかってそう感は凄い。

 カンナギ自身も本調子っぽいのがムカつく。

「そっかぁ、折り合いは付けれそう?」

「何とか」

「そうかそうか。あっ!これ渡しとかないとね」

 そう言って許可証のようなものを出した。

「異能の使用条件緩くしてもらったから。どうせバンバン飛ぶしね、おみゃあ」

「ありがとうございます」

 今さらありがたみが全然無い。

「それと、彼女の事ありがと」

「彼女?」

「立花……」

「ウチの事?」

「そーそーこのクソチビの事で待って何それ何の薬品!?」

 何処からともなく立花博士が現れてカンナギに何か白い薬品を注射しようとしていた。

「まーまー、博士それぐらいで」

 チビ同士で喧嘩してる。子供の喧嘩かな?

「夜奏博士~それぐらいにしないと怒りますよ~」

「サロメさん」

 見慣れた白衣の女性が部屋に入ってくる。

「こんにちわ~」

 何か今の挨拶発音おかしくなかった?

「ちゃうでサロメ。悪いこと威厳見せとかあかんさかい」

「そういうの面倒~。いい加減にしないとお母さんって呼びませんから~」

 そういわれて黙り、立花博士が一瞬で礼儀良くなった。

「待ってぇや」

 そのままサロメさんを追いかけて給湯室へ入っていった。

「あの人が枯れ専になる気持ちが分かる気が……」

「本当にね」

 本当に、ほんっとうに緊張感の無い雰囲気が漂う。

「設備も全部は整ってないし、一時は仕事にゃーかも」

「事務所の意味」

「近々事件なり事故なり起こるだろうからそれまで待機で」

「……はぁい」

 そうして僕は挨拶だけを済ませて事務所を後にするのだった。




「で、話ってなんなん?」

 翔との話が終わりガタが来ている体を無理矢理動かすための薬を立花博士から貰い水で無理矢理飲み込む。

「薬だけとちがうやろ?」

「……相変わらず勘の良いクソババァで」

「ナオヤはんの頭の中にあったウチの人格チップ取り出して記録を見た限りやと、あんた、随分めんどくさい立ち回りしとったちゃうん」

「……」

「まぁ、ええけど」

 あからさまにボクを疑っている。記録を見ただけで当事者じゃないから仕方ないけど。

「まぁ、これがここにあるだけまだマシやさかい」

 そう言うと立花博士は赤い液体の入った小瓶を取り出した。

「それは?」

「異能発現薬。完成品」

「……は?」

「あの子達が奪うたんは試薬品やさかい」

 つまり、最悪は最初から防がれてたわけだ。恐らくは秋明だ。あの場が襲われることを予想して最初から奪われたらまずいものを事前に移動していた。本物に一歩劣るものはカモフラージュとして置いといて。

 赤い液体が入った小瓶がボクの目の前に置かれる。

「あんたに預ける。賢く使うてぇや」

 そのまま立花博士は下の階にある研究室に戻ろうとした。

 ボクからも渡すものがあるのに。

「待って」

「ん?」

「これどうぞ」

 ボクは【異空間格納庫(ゲートストレージ)】を使って荷物を取り出す。

 小型冷凍庫と昔ながらのUSBメモリ。

「なんそれ?」

「写真写真……あった」

 ボクは昔の写真を取り出して見せる。

「これ、三十年前に撮った写真だけどもここに映ってる人の体組織が入ってる」

「なしてそない人の……」

「この人は北海道の酪農家で、いわく、幼少期の頃から動物の言葉が分かったと」

「……待ちぃ」

「ん?」

「三十年前の写真やろ、これ」

「うん」

「……生きてはるん?」

「十年前に亡くなったよ。享年八十歳。三十年前は六十歳」

「………………いや、いやいやいや」

 困惑する理由も分かる。世界最初の異能者は日本の小早川瞬(こばやかわしゅん)。三十年前はまだ子供、そして発現は少なくても二、三年前から。

 即ち、この人物は世界最初の異能者よりも速く異能を発現させていた。

「ねぇ、立花博士」

 ボクは立ち上がり出来るだけ自然に接する。

「貴女はずっと未来を見てきた。全人類の異能発現を目指して。でも、それだけじゃ解決しない。これから先の未来は」

 ほんの少し怯えるように見える立花博士はボクの声に肩を震わせているようだった。

「協力してください。人類が、異能者が、絶滅を迎えたくなければ」

 まっすぐと貴女を見る。怯える貴女を見る。

「あんたぁ、何処で拾うたん?そないな狂気」

「……大事な人達が遺した想いと後悔から」

 脳裏に浮かぶ大事な人達。もう名前も顔も思い出せないけれどそれでも、あの日確かに受け取った遺志を繋ぐ。

 何をしてでも、ボクは世界を救わなければいけないのだから。

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