表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異能ある君は爪を隠す  作者: 御誑団子
第二部 恋は戦争

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

96/146

決着

 視界が回る。体がぐらつく。それは共振爆弾の効果だ。

 踏ん張り、定まらない視点で狙いを定めて門を開く。

「絶対に……」

 託された、頼られた。鈴宮お兄ちゃんはオレ(わたし)に賭けた。だから!

「死ね!ヒーローども!」

 賽の目模様に張り巡らした切断の門、これを閉じれば二人を殺すことが出来た。

 なのに、躊躇った。人を殺す。しちゃいけないことだってお母さんの怒声が頭に響いて……。

 目の前に雨宮翔が迫っていた。

「なんッ……!?」

 何で!?何でこの音の中で平然としていられるの!?

「君も……結構根性あるね」

 またあれが来る。全身を貫く衝撃が……

 門を閉じようとして、そして、それよりも早く雨宮翔の掌底がオレの腹部にめり込み二段目の衝撃が体を貫いた。

 オレは意識を手放さないようにしがみついてでも、意識の糸は容易く切れてしまった。




「遥!」

 ワシがバランスを崩した瞬間、あいつは即座に後方へ飛び遥を無力化した。

 ワシは歯を食い縛って刀を振ろうとして雨宮雷蔵に腕をブレードの刃がない方で叩かれ短刀を落としてしまった。

「詰みだ。これ以上は不毛だぞ」

 二人は平然としている。そもそもこの二人は共振爆弾の音の中でも動いていた。

「翔は生まれつき平衡感覚が常人より発達していてね。この程度なら多少頭が揺れる程度だろう。私かい?機械に制御を移した」

「……は、ははは……」

 まるで最初からこうなることが分かっていたかのように投げ込まれた共振爆弾。いったい誰が……。

 その時、遠くから車が走ってきた。

「翔~!」

「ナオ!」

 車の窓から顔を出して手を振っているのは西園寺の次男……。

「ランチャー作戦成功して良かった」

 車を止め放った第一声がそれだった。

「機械で飛ばしたの!?」

「……ハァ」

 負けた。完膚なきまでに。

「……ありがとう翔」

「どういたしまして。でも、ナオの戦いはこれからだ」

「うん」

 覚悟を決めた男は仰向けで寝かされたいる半分血が繋がっている妹の元へ歩き始めた。




 きっと、あの部屋には何もかもがあった。

 おもちゃも、ふかふかの布団も、勉強机も、テレビも、望めば何もかもが手に入ったと思う。

 無かったのは自由と温もりだけ。

 気付けばお母さんと一緒に寝ていた時を思い出すようになって、新しいお母さんにお願いしても断られた。

 もう赤ちゃんじゃないんだから、って。

 お嬢様が通うような学校にはわたしみたいな貧乏人出身には馴染めなかった。

 上っ面の表面的な友好関係、裏じゃ悪口陰口を言いまくり、それが気に入らないから正々堂々と目の前で言えって注意したら嫌な顔をされて、新しいお母さんにチクられて怒られた。

 あなたの母親はそんなこと言わないって。いやよく言ってたと思うけど。

 次第にあの女は自分の理想を押し付けるようになっていった。

 あなたの母親はそんなこと言わない、あなたの母親はそんなことしない、あなたの母親は、母親は、あの娘は、エスカレートしていくお母さんの理想像を押し付けて、まるで人形をドレスアップするように人の人生を私物化していった。

 ある日、食事の席以外でナオヤお兄さんに会った。

 助けてほしかった。助けてほしくて手を引っ張って、困らせてしまった。

 時間にして三分程度、あの女が来て無理やり引っ張られいつもの部屋に押し込まれ、怒られた。

 そしてどうも、男に興味を持ち始めたと勘違いしたあの女はオレを無理やり……。

 思い出すだけでも吐き気を催す行為をされた。

 その日からわたしの心を何かが縛って、その何かに従って、生きた心地がしない毎日を送った。涙を流さない日なんてなくて……。

(会いたいよ……お母さん……助けて……)

 その願いがお母さんを殺した。

 目の前に転がる母の頭、血だらけのベッド、あの女の悲鳴が部屋中に響いた。

 あの日から心が軋んで、悲鳴を上げるようになって、いつのまにか逃げ出していた。

 家を飛び出して放浪して、三人組の男の人に声を掛けられて、あぁ、どこに行っても同じなんだなってそう思っていたら誰かが助けてくれた。

「この人はワシの連れじゃ。何してくれちょるん?」

 和装の、怖い人だった。

 でも顔は優しく笑っていた。

「親御さんはどうしたん?」

「……帰りたくなくて」

「帰らんと心配するじゃろう?」

 俯いてなにも答えられなかった。

「しょーがない。ワシのうちに来ぃ」

 手を繋いでその人の家まで連れていってくれた。

 その家にはしっかり者の零士にぃと、ひねくれ者の姫野と、内気な源ちゃんが居た。

 その人達も大事な人を失って元気がなかったけど優しくしてくれた。

 何もなかった。遊ぶものも、勉強できる環境も、テレビは流石にあったけど。

 でも、一番欲しかった自由と温もりはあった。それだけでここに居たいって思えた。

 その居場所は今はもう無い。きっとこの事件が解決すれば元居た場所に戻される。

 何がヒーローだよ。わたしの居たい場所はでっかい豪邸でもなければ高いマンションの最上階じゃない。笑顔で居られる場所なんだ。その場所を奪っておいて、何が、何が……、ヒーローだ。


 助けてくれなかったのに……。


 涙が頬を流れる。

 もうあの場所に戻れないって、そう思えば思うほど胸が痛くなる。

 笑い合った日々を思い出す。この心を埋めてくれた思い出の数々を振り替える。

「どうすれば……良かったんだろう」

 深く沈んでいた意識が浮上し始める。体の端から感覚が戻っていく。

 誰かの声が聞こえてくる。誰かが手を握ってくれている。

 とても……暖かかった。




「……おはよう。遥」

 重い目蓋を開くとそこにお兄さんが居た。

「何で……」

 ハッとして体を動かそうとして、胸部を激痛が走った。

「いぃッたぁあああ!」

「肋折れてるから動いちゃダメだぞ!」

 雨宮翔ぅ!骨が折れる程の威力で殴りやがってぇ。

「救護班が来るまで横になって安静だから。いいね」

「……今さら、兄貴ヅラすんじゃねーですよ」

「随分口が悪くなったな。あまり会話した覚えはないけど」

 ……。

「こんなに近くに居たら……異能で殺されるかもしれねーですよ」

「かもね。でも、今はお前の手を握っていたいんだ」

「何で……」

「……償い」

 わからない。何故か心の奥底から嬉しさと怒りが汲み上げてきた。

「遅ぇーですよ。今更、本当に今更何が出来やがるんですか!」

「わからない。分かんないけど……出来ることがしたい」

 いっそう強く手を握ってくれる。

「僕達は子供だ。何が良いことで何が悪いことで、何をしてあげられるか何て分からなかった。一つ一つ経験して、失敗して、怒られて、そうやって学んでいく。だから、まだ間に合うんだ」

「何が……間に合うんですか」

「自分の道を探すこと」

 鬱屈無く笑う。まるで兄のように。

「望んでねーですよ。そんなこと。オレは……皆さえ居れば……」

「……そうだな。それで良い。僕達と縁を切っても良い。ただ、たまにで良いから僕に元気な姿を見せてほしい」

「………………」

 万人が英雄ではないように、この人はヒーローじゃない。それでも、不器用に足掻いている。あの日取ってくれなかった手を今度こそ離すまいと。

 これは差し伸べられた救いの手、振り払ってしまうのは簡単で、でも……もう二度とこの温もりは……。

「約束……」

「ん?」

「守って……ずっと……この胸の傷が……あの気持ち悪さが消えるまで……手を握ってて……欲しい」

「……うん。必ず」

 強く握られた手から伝わる温もりはずっと欲しかったもの。

 重なってしまう。お母さんがくれたあの温もりと。

「……」

 少し離れた場所で雨宮翔がなんか分かんないけど笑っていた。なんだ気持ち悪い。

「……」

 チラリと雨宮翔は他所を見た。瞬間、笑顔だった表情は一瞬で切り替わる。

 次の瞬間、渇いた音が響いた。

 音の方を首を傾けて見ると鈴宮お兄ちゃんが拘束を振りほどき、そして、何処から取り出したかわからない拳銃を何故かわたしの方へ向けていた。

「翔!」

 二発目の渇いた音は寸前の所で雨宮翔の翼によって弾かれた。

「……どういうつもりだ」

「……」

 わたし達と彼方の間に入りその人は背を向ける。ただその声音は怒気を含んでいた。

「彼女はお前にとっても大事な人だろうが!」

「……そう……だな」

 そのとき確かに見た。頬を伝う一滴の雫を。

「気を付けろ翔、そいつ、拳銃を小さくして胃袋の中から……」

 胃袋……つまり拳銃を飲み込んでた?

「じゃがまぁ、もうおしまいでよかろう」

 僅かに雰囲気が変わる。少しだけ笑っていたようにも見えた。

「他の連中も近付けんし、お前も、真後ろにその二人が居りゃあ噴流を吐くわけにもいかんしの」

「……」

「どんなに頑張っても……すぐには止められまい」

「お前……」

 全員が全員距離を置いた。

 なのに、ヒーローは走り出した。

 瞬きの後、わたしはお兄さんに視界を塞がれて、その刹那に見た光景を見て叫んでしまう。

「やめ……鈴宮お兄ちゃん!」

 最後に見た光景、それは……鈴宮お兄ちゃんが自らに銃口を向けた瞬間だった。

「あとはよろしく、ヒーロー。さようなら」

 笑って、引き金を引いた。

 渇いた音が僅かに燃える夜空に響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ