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異能ある君は爪を隠す  作者: 御誑団子
第二部 恋は戦争

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神秘なる彼岸

 父さんと僕は同時に前に出る。

 対して遥は下がり彼方が前に出る。

 父さんが彼方を相手取ると言いはしたが、とうの彼方は僕達二人を通す気はない。

 全力の防衛、本来なら掻い潜るのは厳しい。

 ただし、父さんが相手なら話が変わる。

 抜刀術は最速でも居合は最速ではない。しかし、常識を覆している父さんの居合は彼方の居合の速度を上回る。

 抜刀する直前の彼方が守りに入る。受け止めた刀からは火花が散り、焦りの表情を見せる。

 僕は二人の脇を通って遥へ向かって走り始める。

「このッ……ま……」

「させるか!」

 僕に向かって振り下ろされた刃を父さんが受け止めた。

「お前の相手は私だ」

「ぐッ……」

 推力を吹かして噴流を吐き出しながら彼女へ一気に詰め寄る。

 黒点の狙撃はしかし、速度は目で追える程。例え複数個展開できたとしても回避できる。

 だが彼女は黒点を僕ではなく僕の後方に居る父さんに向けた。

「なぁッ!」

 信頼と現実。父さんなら避けられる。その事を僕は誰よりも知っている。

 信じた。盲目にではなく、誰よりも見てきたからこその信頼で。

 僕は速度を一切緩めず距離を詰める。

 放たれた黒点は頬を掠め後方の父さんに向かって飛び、彼方から距離を取る形で回避した。

「大分小さいな」

 遥の顔から余裕が完全に消える。僕が守りに入るだろうと予想していたがゆえの余裕は焦燥へと変わり、目の色を変えて僕を見ていた。

「後、少しなのにィ……」

 実力の話だろうけどその後少しは二歩、いや三歩はある。

 申し訳ないけど僕と父さんにとってその距離は致命的な差だ。

 油断も隙もない。全霊を以て君達を止める。

 腕に集めた炉心のエネルギーを推力とし、インパクトの瞬間に放出する疑似パイルバンカー。

 腹部にめり込む掌底と僅かに遅れて響く衝撃音。

「カッ……ハァッ……」

 威力は低め、あくまで制圧用。それでも、病的に細い少女の意識を飛ばすには十分すぎる威力を発揮した。

「これで……」

 父さんの加勢に入るため振り返る。

 飛び散る赤、焦る父さんの顔、そして僕の面前に迫る剣の切っ先。彼方が父さんに斬られることを前提に僕を殺す為、全力の突きを行っていた。

 ワイヤーを地面に突き刺し引っ張って仰け反り、彼方の突きを回避した。が、刃は下を向きそのまま振り下ろされる。

 空中で回転するように体を捻り、間一髪回避するが攻撃は続く。

 絶え間無く浴びせられる斬撃と、父さんの攻撃の一切を無視し傷付きながら僕に鬼気迫る。

 剣技に一切の曇りはなく、文字通りの必殺の技ばかり。

 父さんが途中で受け止め攻撃を中断させなかったら呼吸を忘れて守るしか出来なかった。

「無事か?」

「大丈夫。少しかすっただけ」

 父さんが決めきれない。いや、普通なら痛みに悶える傷すら無視して……。

 空の座に至っても殺しきれない感情が心の底にある。

 君は、その感情の名前すら忘れてしまっているだろうけど。

「……ゲホッ」

「浅かったな翔。もう目が覚めたみたいだぞ」

「あれ以上は怪我じゃすまないって」

 気を遣って低威力にした結果、遥が目を覚ました。

「……父さん」

「ん?」

「僕が暗器を沈める。一回だけ彼女の相手をして」

「……分かった。死ぬなよ」

「うん」

【伸縮】その異能は決して強いものではない。しかし、彼方のそれは違う。異能も、最大限活かせる戦い方も、努力して高めた痕跡がある。

 僕の積み重ねてきたもの、その全てを束ねても彼の努力には届かない。

 真正面から挑めば僕は負ける。万が一の可能性はさっき使った。もう、僕が勝てる可能性は本来はない。

 ただ、このやり方ならまだ……

 僕は彼方に向かって走り出した。遥からの妨害は父さんが横槍を入れることで阻止、そして居合の構えの彼方と衝突する。

「……フゥ……」

 僕の口から白い息が漏れる。

 足の重心、わずかに強張る腕、刀身も手元も見えないタイミングの読めない抜刀を僕は……。

「ここ」

 重心を一気に下げ地面を這っているかと見間違えるほど低く飛んで回避する。速度を一切落とさずに出来る回避手段の一つ。

 伸びた刀身は僕の腹部があった場所を横一直線に振るわれ、しかし空を切った。

 心を殺し続けるお前でも流石に焦りが見えた。

 僕が到達するよりも早く突きの構えを取り、僕は構わず飛び続ける。

 その時、ようやくタネが見えた。

 突きの構えを取る彼方の手には短刀が握られていた。いわゆるドスと呼ばれる程の長さの刃物。

 彼方はドスの刃を伸ばして日本刀として扱っていた。あの居合、そもそも刀身が短いのだからゆっくりと引き抜き鞘から出して伸ばして振っていただけだ。それは居合ではなくただの水平切りなのだから。

 彼方は自らの強みのネタばらしを意図せずに行った。なり振り構わなくなってきた。それだけ状況は逼迫している。

 繰り出された突きはあら揺るものを貫通する。けどタイミングが読めた。

 溜め込んだエネルギーを吹かし瞬間的に大きく右に移動し、僕がさっきまで居た場所に刀身は届く。

 僕の体がわずかに軋んだ。頭は追い付くけど体の方がまだ悲鳴を上げる。今だけ、今だけは耐えてくれ。

 僕の間合いに彼方が入った。

 踏み込む、腕に集めたエネルギーは再びパイルバンカーとなって相手に叩き込む。

「これで……」

 胸部に当たった掌底は衝撃波を打ち出し彼方を後方に大きく飛ばした。肋が折れる感触がした。

「鈴宮お兄ちゃん!」

 遥の今にも泣きそうな叫び声が木霊し、彼は痛みに耐え飛びそうな意識を保ち、彼方が微睡みに沈むことはなかった。

「……はぁ……はぁ……よくもまぁ、ワシの体にこんだけも撃ち込む……ガボッ……」

 鮮やかな赤い血を吐いている。流石に肺が潰れたか。

「それ以上動けば死ぬよ」

「……そうさな」

 力を振り絞り立ち上がろうとする彼方に警告する。

「甘いよなぁ」

「何が……」

「なして【超人】を一度殺した流星を使わない。お前の代名詞じゃろうが」

「そんなの……君たちが死ぬじゃんか」

「ならば、問い掛けを変えよう。なして、殺してでも止めない。あの日のお前は、誰かに許しを乞うて空を飛んだのか?」

 何かを言おうとして、何も言えなくなった。

 分かってる。これは時間稼ぎだ。彼女の、西園寺遥が何かするための。でも、問われたのならば答えなければならない。それは、僕が僕であるために必要なことだから。

「いや、誰にも許されてないし、それでもやらなくちゃいけないと思った。思ってしまったからだ」

「ならば、ワシらも……」

「でも、君達はあのカイン(救いようのないバカ)とはちがうじゃん」

 カインは僕が死ねばたくさん人を殺すと言った。真偽はどうあれアイツにはそれを実行するんじゃないかっていう説得力はあった。

 だから、殺してでも止めなくちゃいけなかった。やりたくないことを、やっちゃいけないことをしてでも。

「僕はヒーローじゃない。万民を救うことも、少数を切り捨てて多数を助けることも、出来ないんだよ。それでも、そんなの嫌だから頑張って足掻くんだ」

 例え、この心は燦々と輝く不夜の都市を踏み砕く事を望んでいたとしてもそれは悪だ。

 折り合い……。

 僕はこの都市は嫌いだ。でも、僕が帰りたい人が、友達が、感謝を送ってくれた人が、父さんが守ってきた人々が住まう場所。

 その人達の居場所を、僕は奪いたくない。

「だから、ヒーローじゃなくても目の前で困ってる人ぐらいは助けれるようになりたいんだ」

「随分と、目の前ってのが広いみてぇで」

「空飛べるからね」

「……」

 血を吐きながら彼は立ち上がった。

「……いや、お前はヒーローだよ」

「なんで?」

「お前の言う困っている人、に、ワシのような悪党まで含んどるじゃろ」

「……」

「まともな人間がそんなことするわけあるか。お前、お前は、ワシの何を知っておる。何を知って、そう判断したのだ?」

 その問い掛けに僕は一瞬口を紡ぐ。

「……そう、だね。僕は少なくとも自分の心が悲鳴を上げなくなるまで心を殺したことはないよ」

 眼を見開いて驚いていた。

「人は人を殺す時、とてつもないストレスがかかる。罪悪感だ。その罪悪感から逃げるためか潰れた結果なのかは知らない。それでも、人を殺して心を痛めたなら君は悪党じゃない」

「人を殺した時点で悪だろう」

「人を殺したのなら罪人であって悪じゃない。罪と悪は同じだとは思わないから」

「ならば、悪とはなんだ」

「正義を叫びながら人を虐げる人。今はこれしかわからない」

 落胆するように彼方は項垂れた。

「なしてワシは……お前みたいになれんかったんかの」

 それは、後悔の言葉。きっと本音だったと思う。

 そして同情を誘うそれらの感情すら彼は利用した。

 瞬きの後、首に刃が迫っていた。

 のけ反りなんとか回避するもバランスを崩し、彼方はその瞬間を逃さず追撃してきた。

「翔!」

 まずいとはっきりと分かる。だけど一手遅かった。

 僕と父さん、彼方と遥、四名全員のちょうど中心辺りにボウリングの玉ほどの大きさの機械が投げ込まれた。

 カチリと音を立てたその機械は爆発はせず、代わりに大音量の良くわからない音が発せられた。

「まさか……」

 共振爆弾。ナオが作った対遥用兵器が起動し、僕の視界は回りだした。

 そしてそれはその場に居た全員がそうだったらしく、一斉に膝を付いてしまった。

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