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異能ある君は爪を隠す  作者: 御誑団子
第二部 恋は戦争

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空っぽな心

 父さんに昔聞いたことがある。居合は本当に速いのか。

 答えはノーだった。

 父さん曰く、居合は無駄が多くて速くない。ただし抜刀術は別との事。

 そもそも抜刀術とは刀を鞘に収めた状態から動作を始め、そして鞘に納めるまでの一連の動作を抜刀術と呼び、居合とはその一連の動作に組み込める技の一つというだけ。

 抜刀術の最初の動きが刀の柄の頭を突き出し相手の目を潰す技なら抜刀術の初手事態は最速になる。そこから鞘だけ引き刀は空中に置き去り、手にとって逆袈裟斬りをする、とかいう他の人には真似できなさそうな動きをその時の父さんは見せてくれた。

 抜刀術が生まれたのは江戸時代、非戦闘状態から即座に攻撃する技なのだから、既に戦闘状態ならば上段の構えから思い切り振り下ろす方が圧倒的に速い。

 故に、居合は極めた者以外は弱い。

 そしてこの時にもう一つあることを教えてくれた。

 (から)()

 人は人を殺す時必ず戸惑う。何故ならば人は人を殺す事がとてつもないストレスだからだ。

 そして、仮に人を殺すことになった場合、脳内はストレスを緩和するためアドレナリンを分泌し強制的に興奮状態にする。

 空の座とは人を殺す時戸惑うこと無く、また興奮することもなく素面で人の命を奪える領域に入った人間の事だ。父さんの流派ではそう呼んでいるらしい。

 そうなったら人としてはおしまいだ。命の重さを感じられない。大事な人でもふとした瞬間に殺しかねない。

 息をするように、瞬きをするように、心臓を動かすように、人を殺す。意識的にではなく無意識の内に殺す。

 文字通りの殺人鬼。

 ……

 …………

 ………………

 それを体現した存在が目の前にいる。

 対面した時違和感があった。初めて戦った時の気迫がなかったからだ。

 殺気が殆ど無く、戦闘を開始した時には全くと言って良いほど無かった。まるで壁打ちしている気分で、ふとした瞬間に攻撃が来る。

 気迫がないってことは鬼気迫る為の心がないってこと。その事に気付いたのは斬られた直後だった。

 痛みに耐え、切断された部分を翼の金属で覆おうとしても止まない攻撃、考える暇も休む暇もない。何も感じず、何も思わず、ただ目標を達成する為に動き続ける暗殺兵器と化した男が襲い続ける。

「くっそォ!」

 見誤っていた。いや、見誤らせられた。心がある状態で戦うのが全力を隠す為のブラフ。こっちの動きを学習しきったところで心を殺して全力をもって殺す。

 二段構えの初見殺し。突きと伸びる斬撃に対応したら裏目に出る戦闘方法に変えられる。

 仮に戦い方を知られていても確実に相手を殺す。

 武器に銃を使わないのは弾丸という証拠が残ることを嫌がっての事。

 正しく暗器、鉄砲玉の上位互換。

 喉元をかする攻撃を避けきって距離を取る。

「……早く……助けて……」

 西園寺十夏さんと冬美さんは手足の筋を斬られまともに動けない。這って動かれても邪魔になる。

 ソファ、テーブル、デスク、あらゆるものがあらかた破壊されている。

 ……初めから僕と戦うつもりで荒らしてあるように見えた。

「クぅッ……」

 間合いを詰めること無く迫る斬撃、速すぎて黙視できない。さっき避けられたのはほぼ直感。

 水平斬り、狙いは足。屈むよりも跳んで回避する方が速い。足を曲げジャンプし、足の下を刃が素通りする。

 着地した瞬間、噴流を吹かして一気に距離を詰めようとして、彼方の振り切った筈の一撃目から繋がった返す刃が喉元に迫る。

 物干し竿を得物とする佐々木小次郎の流派、巌流のもっとも有名な技、燕返し。

 さっきよりも深く喉を斬られる。僅かに血が吹き出したが、動脈は斬られていない。

「うッぐぅ」

 一撃一撃が必殺に匹敵する。気を抜けば次の瞬間には死んでいる。

 守る対象がいる。場所は狭くワイヤーを引っ掻ける取っ掛かりはない。加えて投擲に使える物もない。呼吸は整わず、そんな時間すら与えてもらえない。

 カインの敵の全力を真正面から叩き潰す戦い方とは真逆、徹底して全力を出させない戦い方。

「ッぅ……!」

 とても人とは思えないその精神構造、だから、罪悪感はきっとないんだと思う。そんなもの抱えたら潰れてしまうから。

「……」

 策はある。まだ完全とは言えない戦法だけど太刀打ちはできる筈。ミスしやすい戦い方でミスしなければ良いだけの話、今まで以上に気を抜くな。

 間髪いれず再び居合の構えを取った。これで決めるつもりだ。

 そもそもこの居合だって和服のヒラヒラと飄々とした構え方のせいで刀全体が隠されている。初動が分からない。

 ……いや、手元を見るからダメなんだ。タイミングは、右足に重心が移った瞬間、来る!

 僕から見て左上の方向から振り下ろされる。袈裟斬りだ。居合でその方向からは本来は難しいが速度が落ちることはない。それ程までに完成された一撃。

 未完の技でどれ程通用するか……なんて、考える暇なんてある筈もなく。

 僕はワイヤーを引き出し液体金属でコーティングする。

 例え先端速度が音速に匹敵しようと、この攻撃は音速を超える。

 鞭のようにしならせワイヤーの先端で固まった翼の金属は刃物の形へ変わり、音速すら超えて振るわれたその一撃は奴の刀を破断した。

 思考させる暇は与えない。適応前に二撃目を叩き込む。

 返す刃が左肩に突き刺さり、体内で形を変えて抜けないように返しを作り、引っ張る。

 強制的に距離を詰めさせ速度が乗った奴に掌底をもう一度鳩尾に叩き込む。彼方の口から胃の内容物が吐き出されるも意識を持っていくまでには至らない。だけどここまで近付いた。武器もない。拘束できる。そう確信した瞬間、鍵が開くような金属音と共に彼方の右腕がバラけた。

「生体……義手……」

 肘から先が神経を接続し違和感ないように動かせる機械の腕になっている。

 まさかこの腕で触れていても異能が使えるのか。

 機械の腕の中に内蔵していたのか、ミニチュアサイズの刀が腕から排出されると一瞬でよく知る大きさになった。

 伸()、小さくして持ち歩いていたんだ。

 大事な場所を失った時と同じ使い方なのになんで気が付かなかった!

 彼方は左肩に刺さった刃物を顔をしかめること無く引き抜き真っ直ぐと僕を見ている。

 拘束のためのワイヤーを刀で隙間を作り難なく脱出し刀身を引き抜く。

「抜刀」

 さらに速度が上がった居合が首の皮を僅かに裂いた。

 なんとか避けられた次の瞬間、手裏剣が眼前に迫った。

 回避するも頬を大きく斬り付け後ろのガラスに突き刺さり、さらに返す刃がバランスを崩した僕に振り下ろされる。

 溜め込んだエネルギーで瞬間的に加速して回避し、踏み込み突撃する。

 連続した三回目の斬撃を地面スレスレを這うように回避し懐に潜り込む。

 しかし右腕の義手から八つの武器が排出され、瞬間、元の大きさに戻った槍や刃物が突き刺さった。

 体がよろける。後一歩が遠い。刺さったところが痛い。

 あれだけ雫に啖呵切っといて、泣きそうな彼女を説得してここに居るのに何も成せずに終わる気はない。

 同時に気付く。絶対にこの先へは踏み込ませないという意思を。

 あぁ、意思がある。異能は心と直結している。例え心が死んでいたとしても異能が強くなっている以上お前は強い思いを宿している。

 心で負けたら勝てない。敗けを認めたら足掻くことも出来ない。

 後一歩を大きく踏み込む。更に排出された武器をワイヤーの鞭でいくつか弾きながらも残った数本に全身を貫かれる。それでも……

「……ッ!」

 雨宮翔は止まらない。

「今度こそッ!」

 三度目の鳩尾への掌底、だが、右腕に防御される。

 瞬間、僕は背面から噴流を吹かす。

 溜め込んだエネルギーは体内に溜め込むと前みたいに穴を作って大概に噴出される。だけど翼の金属を用いた圧縮なら僕の体に被害はない。

 その圧縮されたエネルギーを初動の加速に使うこともできる。でも想定していたのはこういった使い方。

 接続されている腕の手甲を通って掌から噴出し空気圧による衝撃波をゼロ距離でぶち当てる。

 すなわち……

貫通式空気杭(エアバンカー)

 ほぼゼロ距離にあった義手は壊れ体内を衝撃波が駆け、体は吹っ飛び真後ろの壁にめり込むほど強く衝突した。

 事前に背面機関を吹かして居たため僕の体はその場にとどまっている。

「……」

 彼方は動かない。ようやく止まった彼をワイヤーで拘束し逃げないようにする。

「遅くなってすみません」

 僕は西園寺十夏さんと冬美さんの元へ駆け寄った。

「すまない……本当に……」

 膝を突き傷口の応急処置に入る。

「いえ。大丈夫です」

 彼らを抱えようとした時、部屋の扉が勢い良く開かれる。

 僕は敵意を持ってそっちの方を向くと、父さんの部下の人達が雪崩れ込んできた。

「だいじょ……雨宮少年!」

「あぁ……良かった。皆さん」

 入ってきた人達の顔が一瞬で青ざめたものに変わる。よほど憔悴しきった顔をしていたのだろう。

「手足の筋を斬られています。お二人は歩けないので担架を……」

「あ、あぁ。持ってきているぞ。雨宮少年も」

「僕は後で構いません。それよりもあっちを……」

 僕が振り返り彼方の方を見る。

 そこに、いつの間にか酷く痩せ細った少女が居た。

「……いつ……」

 一瞬で体と思考を戦闘できる状態に引き戻す。

「鈴宮兄ちゃん」

「な……んで」

「やっぱり鈴宮兄ちゃんなんだ。全然、知らない顔なのに……面影がありやがるですね」

「……あの人、バックドア仕掛けちょったんか」

 全然喋らなかった彼方が流暢に喋り出す。

 やっぱり心は死んでなんか居なかった。

「……休んでて」

 彼方の姿は消え別の空間に送られた。

「……」

 彼女に戦う理由はもうない。それでも、ここに居るということは……。

「そっか。鈴宮兄ちゃんだけ、彼方だけがオレの最後の繋がり」

 振り向き、悲しみと怒りと僅かな歓喜が入り交じった表情で僕達を真っ直ぐ見る。その瞳には涙が浮かんでいた。

「もう、失うわけにはいかねーです」

「待て!君は彼に、彼方に脅されていただけ!そうだろう」

「ちげーです。良く覚えてねぇーですけど」

「いやそこはハッキリとだね……」

「申し訳ありません。今すぐ西園寺夫妻を連れて逃げてください。こればっかりは僕でも守りきれ……」

 刹那、建物が大きく揺れて傾き出す。

「あまみや……雨宮翔」

 対処できるのは……僕だけだ。

「お礼参りです。覚悟しやがれ」

 高層ビルが複数回に分けて削られ消滅していく。

 僕は全員をワイヤーで自分と固定し全員を連れて隣のビルへ飛んで退避する。

「避難は!」

「もう済んでる!」

「分かりました!」

 僕は大きく翼を広げて空へと飛んだ。

「何がお礼参りだ家出娘」

 落ちていく瓦礫を連続して転移させ空中に留まらせてある。

「説教の時間だバカ野郎」

 炉心を最大稼働させて僅かでも油断すれば死ぬ敵に意識を向ける。

 正しく、本当の闘いが開戦した。

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