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異能ある君は爪を隠す  作者: 御誑団子
第二部 恋は戦争

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茨の道を行く

 夜、恐らくは日付変更線を跨いで少ししたぐらい。冬も終わりだというのに今だ寒さは残り、夜中の冷気は眠気を妨げる。

 僕の隣で寝袋から顔だけ出して寝息を立てて眠る翔を横目に体を起こす。

『どないしたん?眠らへんの?』

 博士が頭の中で話しかけてくる。

「寝れないんです。うまく行くか不安で」

『心配しすぎとちゃいます?ウチの作戦信用あらへん?』

「そういう訳じゃ……」

 僕は立ち上がって外に出る。吐く息は白く濁って空中を漂った。

 顔を上げて空を仰ぐ。夜空に浮かぶ満天の星は都心から離れたここでは美しく輝いていた。

「世界って……大きいなぁ」

 こんなに広大な世界で生きる僕達の悩みはちっぽけで、きっと世間からすればどうでも良いものなんだろう。

「……僕は……遥を一度見捨てました。ただ助けを求める目をしてて、でもどうして求めるのか分からなくて、なにもしなかった……なにも出来なかった」

 僕は内心を吐き出す。

「そんな僕が今さら助けに行ったところで……遥は拒むんじゃないかって……思っています」

『せやろね』

「う゛ッ……」

 博士の真っ直ぐな肯定に心が抉られる。

『せやけど、その子の問題は家庭やさかい。翔じゃ助ける事は出来てもその後の救う事と守る事は出来へんから』

「……」

『なら、あんたが何があっても手を差し伸ばさへんと。次は絶対に、な』

 それは……でもやっぱり思ってしまう。

「兄上じゃダメだったんですかね?」

『ダメ』

「でも兄上は、なんでも出来るし……出来損ないの僕とじゃ比べるまでも……」

 兄上はいわゆる天才、その上で僕達に寄り添ってくれる。なら、あの人の方が遥かに遥を助けられる筈なのに。

『なんでもは出来やしまへん。ウチの方がなんでも出来んだ』

「体無いのに?」

『コーヒーでも飲みはるん?』

 遠回しな皮肉を無視して僕は話を続けた。

「でも、やっぱり……」

『ウチからすれば、あれも、あんたも、なにも変わらへん。それに天才とか言って距離を取りはるのはその人の努力を理解しようとしてへんから好かんよ』

「……」

 でも、でも、でも……

 僕はそうやって逃げる口実を見つけようとしていた。

 今さら怖くなって。

『……何か怖いん?』

「……僕は……」

 目の当たりにした二人のヒーロー。雨宮翔とカンナギ。

 あんな風に強くはなれない。

「翔みたいに……なれない。守れない……」

『恋人守ろうとしたあんたはどこ行ったん?』

「あの時は何とかなると思ったんです。でも、両腕がなくなっても、半身が焼かれたも、戦い続けられるかわからない」

 脳裏に焼き付いた見紛う事なき英雄達の姿。彼らが切り開き歩んだ茨の道を僕は行けない。

 いざという時に足がすくんでしまいそうで。

『戦える、戦えるよ。あんたは怖くても恐ろしくても、次こそは絶対にやるべき事を為し遂げる。ウチが保証するさかい』

「……」

『お気張りぃ。あんただけやで、妹助けられんねん』

「……」

 僕だけ……か……。

「………………」

 怖い、怖い、怖い。酷い悪寒が体を震わせるほど。

『……せや、一つ面白い話をしたる』

「面白い話?」

『天の宮を翔る青い流れ星の心の話』

 僕は寝ている翔を見た。何となく彼の事だと思ったから。

『衝動ゆうてな、先天的異能者に多く見られる異能を効率良く成長、強化するための一種の本能があるんよ。それで、その星はずっと都市が好かんかった。破壊衝動がずっと心の奥底で眠っとった』

 そ、れは。きっと僕が想像できないような感情なんだと何となくそう思った。

『せやけど、その星が都市に落ちることは無かった。不夜の輝きを目下にしても空を走り続けた。何でや思う?』

「え、えぇ?わ、わかんない……人になったから?」

『ちゃう。一番星になったさかい』

「一番星……」

 それは宵の明星、或いは明けの明星。即ち、太陽の光で輝く金星。

「何で……」

『さぁ?太陽でも見つけたんとちがう?』

 ……いや、見つけたんだ。太陽と呼べる心を焼くほどの誰かを。もしくは生き方を。

『昔、似たような生き方をした大馬鹿者をウチは知ってる。罪悪感だけすっぽり抜けはった、手足を作ったったある男を』

「まさか……親譲りってこと?」

『そや。正確には、その生き方を手本にした、が正しいやろね』

 ……だから走ったのか。英雄って名前の茨の道を。自身が歩める英雄以外の道は全て外道悪道の生き方だと知ってしまったから。

「……すごいなぁ。僕は……きっと逃げてしまうのに」

 それは地獄を開拓する生き方。その道に陽の光が射すのならば焦がれてしまうのも頷ける。

 同時に翔が抱える爆弾にも気が付いた。

 衝動という、きっと翔自身が提示した明確な悪。それは、理想のゴールは即ち……。

「……そっか、そっかぁ」

 ……世界は広くて、僕はちっぽけだ。僕の悩みなんて世界からすれば無いにも等しい。それでも、苦悩しながら僕達は生きている。悩んで苦しんでぶつかって、人によっては諦めて、人によっては努力して、挫折、奮起、激昂、そうしてほんの少し前に進む。

 その最前線に雨宮翔という人が居る。友達になれそうな人が頑張っている。

「……ここで怯えれば全部君に背負わせる事になる」

 彼の両肩に僕が果たすべき責任まで乗せる気か?

「それはダメだ」

 あぁ、そっか。怖いのは出来る出来ないじゃなくて僕の覚悟が足りないんじゃないかっていう不安だ。

 足りないなら継ぎ足せ。この思いに薪をくべ続けて、もっと燃やせ。

「博士」

『なぁに?』

「ありがとう。目が覚めたよ」

『……寝ぇよ?』

「断る。今から出来ることを全部やる。それでもまだ不安だろうから」

『そう。やったら時間一杯アドバイスしたらんとね』

「お願いします」

 僕は博士が昔使っていた研究室を間借りする。

 妹という天才の速度に凡人である僕が追い付くために。




「ムクリ」

 芋虫みたいな格好で寝ていた僕は日が昇る前に目が覚める。

「ナオ~おはよ~」

 喉が痛い。乾燥でやられたらしい。

 横を見るとナオは居なかった。代わりに地下から何やら音がする。

「ん……んー」

 朝御飯食べたい。味噌汁、白米。出来れば鮭。

 そんなものここにある筈無いけど。

 寝袋から出て防寒着を身にまとい外に出て地下室に行く。

「……おはようナオ」

「おはよう」

 ……明らかに寝てない顔をしている。目の下に隈を作り、机の上に眠気覚ましの飲み物の空が二本ほどあった。

「何してるの?」

「遥の異能を封じる装置……の……設計図」

「あれ原理分かってないでしょ」

「分かってないけど、仮説を元に考えてみた」

 ナオが向き合っているパソコンの画面に映る設計図を見る。

「……これ、異能そのものを直接封じるんじゃなくて使用を制限させる為のか」

「そう。【門】の開閉の仕方は分からないけど、どんな感覚で使っているかは予想できる。かなり高度な空間把握能力があって始めてまともに使えるのなら、ほんの僅かな酔いで簡単に使えなくなる。緻密な操作を繰り返し使うことで目が回って気分悪くなって吐くとかあり得ると思って」

 ナオが作っているのはいわゆる三半規管を揺らす共振装置。ただ、ここにあるものだと材料が足らないような。

「この奥にある機械をバラせば何とかなる」

「すっご。なら、何とかなりそう」

「今から作っても今日中には間に合うと思う」

 問題は範囲ぐらいだけど、それは僕が持てばいい……いや、範囲次第じゃ巻き添えを食らう。試験無しでぶっつけ本番で使うことになるかも知れないし。

「翔……」

「ん?」

「僕も、出来る限りを尽くすよ。遥を助けて、そしてこれからを守っていくのは……僕の役目だと思ってるから」

 目に光が籠った覚悟ある視線だった。

 それは、無碍に出来ない。しちゃいけない。

「わかった」

「あ、それと。何かいっぱい電話鳴ってたよ」

「へ?」

 通信デバイスを手に取って着信履歴を見る。

 夥しい量の不在着信、その全てが雫からの物だった。

 そういえば僕は誰にも告げずに泊まったんだった。

 折り返し連絡しようとして、デバイスが鳴る。思わず悲鳴が出た。

 恐る恐る出る。

「はいもしもしぃー」

『……どこ?』

「お、おはようござ」

『女?』

 雫の声が怖かった。どう聴いても怒ってる。

「違います。あの、人に頼まれて、それでその、今、山の中に……」

『……』

 無音が怖い。

 その後、僕は数時間に及び雫から静かな怒りを抑えての説教を受ける。

 今度からちゃんと言ってから外出しよう。そう、心に誓った。


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