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異能ある君は爪を隠す  作者: 御誑団子
第二部 恋は戦争

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巡りて

 古い記憶を夢に見る。

「ママ~見て~」

「んん?どうしたぁ?ママ描いてくれたの?ありがとー!」

「むふー!」

 いつかの日の出来事、遠い昔の面影と薄れていく母の顔。夢の中でさえもハッキリと思い出せない。

「……ありがとー。本当にありがとうね」

 憶えて居るのは嬉し涙を流す母の姿。

「どこか痛いの?遥、何か悪い子とした?」

「してないよ。これは……嬉しいから泣いてるんだ」

「嬉しいと泣くの?」

「泣くよ。誰でも、とびっきり嬉しい時はね」

 オレはなによりも強く抱き締めた。オレも嬉しかったから。

「ごめんくだ……大丈夫?」

「あっ、鈴宮君。あっ、これ見て見て、遥がオレの絵を描いてくれたの~」

「特徴捉えちょるね。美人さんに描けちょる」

「でっしょ~」

「もー!ママ以外見ちゃダメ!」

 オレは恥ずかしくって顔も思い出せない誰かを突き放しお母さんを引き寄せる。

「べーだっ!お母さんは渡さないもん!」

「コラコラ、オレで争うなっての」

 オレの頭を撫でながらお母さんは慰めてくれた。見知らぬ誰かに笑顔を向けながら。

「う゛ぅ゛……」

「威嚇すんなっちゃ」

 唸りながら頭を撫でられて勝ち誇ったような表情をしてやがった。

「ちょっと~遥苛めないでよ~」

 今も夢に見る古い記憶。幸せで、暖かくて、うざったいぐらい明るい記憶。オレの人生の頂点。

 そして、オレの人生の崖っぷち……。

「こんにちわ。貴女が……妻の不倫相手……ですか?」




 目蓋を開くとよく知る和室の天井が見えた。

 居間……。

「おはよう。元気?」

「ぁ……彼方……」

 暖かい布団と春に似た陽気。そして鼻の奥に残る味噌の香り。

「何……持って」

「朝ごはんのお味噌汁」

「……食べる」

 微睡む意識を必死に目覚めさせ濡れた服を着ているかのような重い体を起こし目を擦る。

「あらおはよう。三日も寝てるなんてお寝坊さんね」

 起きた景色の先に正座で食事をするあの女を見た。

「……心愛……」

 瞬間、オレの中に怒りが芽生える。

「お前……よくも……皆をッ!」

 鮮明に残る、体が動かなかったあの時の光景。姫野が、源ちゃんが、零士にぃが、この女に良いように使われたあの景色。

 不甲斐ない自分と、目の前の女への怒りが限界を超えた。

「ぶっ殺して……」

 なのに、彼方が止めに入ってくる。

「何で……」

「なんでもこうもない。今ワシらがなんとかなっているのは姐さんのおかげよ」

「それは……でも」

 分かるけど、でも、こいつは……オレ達は、皆を犠牲にして……。

「早く食べなさい。冷めるわよ」

 ズズズと味噌汁を飲みながらあの女はそう言った。

「この……この……」

「朝は白米と味噌汁じゃなきゃやってらんないの。文句とか後から聞いてあげるから」

「でも……ッ!」

 瞬間、お腹の虫が盛大に鳴いてオレはプルプルして顔を真っ赤にしながら口を閉じてしまった。

「……食べなさい」

「……はい」

 オレは言われるがまま席に移動し手を合わせる。

「い、いただきます」

 箸を手にして一口、お味噌汁を飲む。

 ……ちょっと塩気が強い気がした。

「ちょっと塩辛い」

「その分ご飯が進むでしょう?」

 それはまぁ。

「いただきます」

 隣で彼方も食べ始めた。

 食卓には白米と味噌汁以外に、だし巻き玉子、納豆、鮭、漬け物が並べられていた。日本のごく普通の食卓な気がする。

 ごく、普通の……。

「貴女、パンばかり食べてたからそっちの方が良かった?」

「テメェーの飯を食いたくなかっただけですー」

「そう。なら良かった」

 正直気持ち悪かった。まるで最初から居たかのように皆に馴染んで食事を振る舞う姿はオレだけいきなり非日常に投げ込まれたようで。

 当たり前が変容した、いつもの風景。ある意味で今のこの食卓の場こそ普通の光景。

「どうして、朝食なんて……」

「……相手の事を受け入れる場合、まず真っ先にすることってなんだと思う?」

「話を聞く?」

「同じ物を食べる、よ」

 オレは目を点にして続きを聞いた。

「食べ物はその家庭、その地域、地方、国の文化そのものなの。同じ物を食べるってことは貴方を、貴殿方の文化を自分は受け入れますっていう宣言に等しいのよ」

「へぇ」

 一体何食べてどんな勉強すれば身に付くんだそんな知識。

「逆に言ってしまえば同じ物を食べない、例え同じものでも味付けを変えて別々の物を食べたりするのは内心見下してたり受け入れないって言ってるものなのよ」

 ……ふと、今食べているものを思い出す。

 塩気が強い味噌汁、甘いだし巻き玉子、ネギが乗った納豆、うちには無い漬け物、丁寧に焼かれた鮭、どれも見慣れない。

 彼女が作ったのだろうか?

「……」

「……」

「……」

「……お母さんは?」

 二人の手がピタリと止まった。

「ちゃんと連れてきたよね?」

「……そうね。でも長くなるから」

「なんで?やっと会えるのに……」

 二人は明らかに何かを隠そうとしていた。

 違う、そんなことはない。確かにあの時……。

「どこ?お母さんは……」

「遥ちゃん落ち着いて聞いて……」

「何を……」

「此方さんは……」

 彼方の神妙な面持ちにオレは……最悪の事態を想像してしまった……。




「……」

 目の前に置かれたお母さんの生首が入った機械は、機能を停止していた。

「なんで……」

「膨大な電力がないとそもそも動かないのよ。家のコンセントじゃ足りないぐらいのね」

「じゃ、じゃあオレがお母さんを……」

「それも違う。そもそもその機械は死体の鮮度を保つ以上の機能を持っていない。生きているって言えないのよ。その中に居てもね」

「……最初ッから……オレは無意味なことをしていた?」

「……唆したのはワシらじゃし」

「それでも……」

 それでも、最初にお母さんを殺したのはオレだ。あの部屋に閉じ込められて、一人寂しくうずくまって、またお母さんに会いたいなんて強く願ったせいで……。

 また、また、大事なものがこの手から溢れ落ちた。

「うっ……うぅ……」

 やっと会えたと思ったのに、もう一度でも良いから会えたと思ったのに。あの時言えなかった別れを、謝罪を、感謝を、言えると思ったのに……。

 瞳から溢れる大粒の涙は止めどなく。

「ごめんなさい。お母さんごめんなさい」

 届くことの無い謝罪を繰り返し続けた。

「……辛いよね、苦しいよね」

 おもむろに心愛は背中を擦ってくれた。

「でも、背負って生きていくしかないのよ。この罪悪感は」

「うるせーです」

「そう。言い返せる元気があるならこの先やってけるわよ」

 そう言って頭を撫でてくる。その手のひらに心を操る異能は機能していなかった。




 それなりにボロボロ泣いた後、遥ちゃんは寝てしまった。

 朝食を終えたワシは茶碗を片付け、心愛の最後の仕事を見届ける。

「……そいつが」

 部屋に戻ると見たことがない人物がいつの間にか居た。

 女……いや華奢で小柄だが骨格は男、体のラインが出るラバースーツを身に付けながらも喉元や胸元は隠れるようにした全体的に暗い色の服を着ている。顔は男らしさを消すように厚化粧をし髪はパッツンのショートカット。正直、なにも知らない奴なら女と勘違いしてもおかしくない。

非存在証明者(ゴーストランナー)か」

「えぇ。さっき仕事が終わったらしくてね。やっと迎えに着てくれたの。地球の裏側から」

 能力は聞いている。瞬間移動の最上位、どこにでも居てどこにも居ない究極の運び屋(ポーター)

「初めまして」

 ワシが握手のために手を差し出すと汚いものを見るような目で少し離れた。

「……この子潔癖性なのよ」

「手を洗ったばっかじゃぞ」

「あれよ、特定人物以外は触れてほしくない的な」

 つまり汚くないって思える人が一人しか居らんって事か。

「……心愛、確かに依頼通りの物を納品させて貰った。依頼は終わり」

 四つの異能発現薬を手に持ち懐へ仕舞った。

「そう。ならアメリカまで連れてってくれる?貰った情報が間違いだらけだった事とそっちが紹介したテレポーターが無能だったのと、身銭を切らせたこと、全部引っくるめて文句と報酬の上乗せ交渉をしたいんだけど」

「……そう」

 素っ気ない返事……この段階で交渉を突っぱねるだけのカードがあるのか。

「言いたいことは色々ある。我らの『(キング)』に会わせたくないし」

「それはなんで?別に貴女が心配するような関係性じゃないでしょう?」

「組織の中じゃ貴女は『王』に唯一並べ立てれる『女王』だって言われてる。王の異能が効かない唯一の人物だから」

「だから組織に属さずこうして依頼主(クライアント)受注者(コントラクター)の関係に留めてるんじゃない。それ以上踏み込んだら貴女みたいな過激派に何されるか分かったもんじゃないし」

 ……スッゲーバチバチしてる。そりゃあ遥ちゃんが居らんところで話し合いたいわな。

「何なら今ここでその四肢バラバラにして下腹部魚のエサにしてやっても良いよ?尻軽糞女」

「王に嫌われても良いならやってみなさい。玉無しホモカマ野郎」

「ストップ!それ以上は喧嘩になるから止め!」

 二人してそっぽを向く。

「……それは?」

 机の上に残った薄紅色の薬品を指を差す。

「それは異能強化薬。一本あげるわ。もう使わないし」

 そう言われて無針注射器と薬を一本貰った。

「もう一本は適当に売り捌いてお金にする。残りの回収品は好きにしなさい。煮るなり焼くなり、ね」

「はぁ」

 貰っても使い道がない。射程距離が増えたところで……いや、それ以外の事で使えば良いのか。

「ほらさっさと連れて……」

「その前に一つ。貴女、超人に狙われてるって本当?」

「さぁ?そんなの聞いたこと無い……」

 次の瞬間、轟音と共に何かが庭に落ちてきた。

「……え?本当に?」

「地球の裏側まで飛ぶの結構疲れるしなぁ……」

 そして咆哮のような大声量が響く。

「よォう!寄生虫は居るかぁ!?」

 ワシとゴーストランナーは心愛を見る。明らかにひきつって予想外の事態に困惑していた。

「なんでなんでなんで?報酬は出したし大怪我もしてないし」

「では」

「あっ、待て!」

 ゴーストランナーに掴まる暇もなく少女のような少年は消え焦燥に蝕まれる心愛だけが残った。

「……」

「……」

「……時間稼ぎしよっか?」

「……よろしくお願いします」

 ワシはため息混じりに承諾し刀を持って超人が着地した庭に足を運んだ。

「こんな別れになってあれじゃがぁ、殺すことにならず良かった」

「それは、えぇ。その通りね」

「んじゃあ。元気で」

「……えぇ。元気で。憐れな防人さん」

 超人が来た方向とは別方向から逃げる彼女はかなり急ぎ目に出ていった。

 ほぼ同時にワシは庭に出た。

「あぁ?あん時のビビり……」

 瞬間、超人はワシの居合をのけ反って避けた。

「マジか……んだよやればできんじゃねぇか」

「このような形で全力を出さねばならんとか不本意やけど……まぁ、仕方ないっちゃあ仕方ない」

 勝てるかどうかはわからんけど、恩はある。皆の心を蔑ろにはしなかった。その恩は……返しちょらんからね。

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