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異能ある君は爪を隠す  作者: 御誑団子
第二部 恋は戦争

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甘露な秘密

「今日は付き合ってくれてありがとう」

「別に。あの話が本当なら、西園寺家の次男として決着つけないとだし」

 翌日の朝、僕は退院してその足で西園寺家へと訪問した。次は都心の高層ビルへナオと一緒に。

 長い廊下を二人並んで歩く。

「憶測の域をでないけど」

「十分。母上が遥に執着してた理由としては妥当だから」

 あくまでも憶測、なのにそれで十分っていうこと憶測の域を出ない僕の推察が事実であると確信できる何かを知っている。

 強く、僕達は踏み締める。

 胸中に渦巻く怒りを抑えながら。




「突然お伺いしてすみません」

「いや大丈夫だ。話というのは……ナオヤも……」

 西園寺十夏さん。まさかもう一度会うとは思わなかった。

 風景を反射させる程磨かれた黒い石の床の部屋、会長のお部屋というやつだろうか。エヴァで見たなこんな部屋。

 客人への接待用のソファとガラス張りのテーブル。そこに僕とナオの怒りの元凶、西園寺冬美が座っていた。

「話というのは娘さんの遥さんの事で……ナオ!ちょい!」

 父さんから教わった社交辞令の挨拶が終わる前にナオが自分の母親の元へ一直線に歩き出した。

「お久しぶりです。お母様」

「……」

 一瞬、一瞥する。そしてそこに実の息子が居ると確認した上で無視をした。

 先日、僕はこの人に同情した。古臭い価値観の家庭で育ったこと、眩いばかりの人に恋をして、その想いが叶わないと知って愚行を犯したこと。

 ただ、今は……。

「……すみません。僕から話してもよろしいですか?」

「あ、あぁ。よろしく頼む」

 十夏さんに一礼して母親を睨み付けるナオの隣に立つ。

「この文句だけは言わせていただきます。貴女が最初に全てを話してくださっていれば早い段階でこの事件は解決できました」

「……話って、何でしょうか」

 僕の言葉の一切を無視して事を運ぶ。分かった。そういうつもりならもう、同情もしない。

「西園寺遥の母親、東雲(しののめ)此方(こなた)を事故で殺してしまったのは西園寺遥、彼女自身ですね?」

「……どうして」

「証拠はあります」

 僕は自分が良く使う武器であるワイヤーを取り出し、先日瞬間移動のさいに切断された部分を見せる。

「これは戦闘用のワイヤーです。専用の器具や強い力が加われば切れますが、この切断面を拡大して貰ったところ説明出来ない切れ方をしていると言われました」

「……」

「空間断裂、空間そのものを入れ替えることで起きる切断面です」

 僕はワイヤーを仕舞い説明を続ける。

「あと一歩まで追い詰めたカンナギがこれで腕を切り落とされました。それだけじゃありません。空間断裂なら空間異常も起き難い。計測機器に映らない場合も多い。空間に異常を起こさない超長距離瞬間移動だと()()()されてもおかしくない」

 それはつまり、他の可能性を潰したとも言える。

「まだ調査段階ですが、空間断裂による切断能力、抉り取った物体を何らかの方法で遠方へ運ぶ長距離移動方法、この二点は頭と身体が別々の場所で見つかり、すごく鋭利な刃物でできた綺麗な切断面の首で説明がつきます」

「……そうね」

「そして、首は西園寺遥の部屋で見つかった。昔の記事に書かれていました。ナオも証人です」

 僕はテーブルから出ている細かい光のホログラムに八年程前のニュース記事を映す。

「全国に流されたニュースでは誰かが投げ込んだことになっていますが、本当は西園寺遥の異能の暴走だったんじゃないですか?」

「……」

 だんまりですか。

「西園寺遥の暴走、異能の発現は共通して強い感情が必要になります。怒りや悲しみ、喜びや楽しい、そして例えばここから出たいとかもう一度会いたいとか」

「……それが……」

「ナオから聞きました。昔、彼女は自分の物を常に肌身放さず隠すように持っていたとか。他人に取られたくない。奪われたくない。それが、血の繋がらない母親が取り上げていたのだとすれば合点がいく」

 彼女の触れられたくない事を言及した、そうハッキリ分かるほど彼女の表情は崩れた。

「ナオ曰く、西園寺遥と会えるのは一年に数度、常に貴女が面倒を見ていたとか」

「何が言いたいのまどろっこしい」

 ようやく怒りの感情をもって僕を見た。

 以前語ったの西園寺冬美が歩んだ恋物語の比較的綺麗な部分、なら、僕が今から暴くのは彼女が汚した醜い在り方そのものだ。

「病的な程痩せた身体、隠すように持っていた私物、そして空間を断裂させる異能。僕は……西園寺遥は貴女によって虐待されていた。違いますか?」

「えっ……」

 十夏さんは明らかに動揺の声を上げ、ナオは静かに見続けていた。

「証拠は無いでしょう?」

 間髪いれず彼女はそう言った。

 明らかに僕を警戒して。

「憶測です。証拠はありません」

「なら、その言葉は名誉毀損です。後日訴えさせていただきます」

「ただし、東雲此方は拒食症を患っており同い年の女子高生達と比べても細かった。もし、貴女が血の繋がらない娘にかつて恋した少女の姿を重ねたのだとしたら……」

「いい加減にして!」

 ソファから立ち上がり窓辺に歩き出す。

「証拠なんてどこにも無くて、憶測でものを言い、私を諸悪だと糾弾して満足ですか!?」

 あからさまな苛立ちと、焦燥。僕を睨み付けるその目は威嚇であり、同時に怯えも感じ取れた。

 それは僕の憶測が間違いではないということ。

 この人は真実を暴かれることから逃げようとしている。

「……お母様」

「……」

「遥があの場から持ち去った物、分かりますか?」

 実の息子に視線すら向けない。この人、本当に母親か?

「ある女性の生首でした」

「は?」

 人の生首?

「ある技術によって死んだ人間でも定義的には生きている状態を維持する機械があります。その女性はその機械に繋がれていた。生首のまま」

 僕はナオが住んでいる家の地下に居る立花博士を思い出した。

 培養液に浸けられ無数の生命維持装置に繋がれ、定義的には生きていると言える状態の死体を。

 生首、生きた状態……誰のと言われれば、一人しかいない。

「此方さん……の?」

「状況的には。でも、いつ、誰が、どうやって、あの場所に置いたのか」

「……お前も、そうなの?」

 初めて、冬美さんがハッキリとナオを見た。

「何がかは知りません。ただ言えるのは、遥は、酷く喜んでいた。そして悲しんでいた。まるで、二度目の機会を得たような、そんな風に見えたんです」

「だから……」

「遥は最初からあの場所に母親が置かれている事を知っていた。何故なら置いたのは遥だから。なら、なぜ開けられたはずの扉を開けなかったのか。一緒に置いた誰かが鍵の改竄を行ったから。その後お祖父様が自分、西園寺ナオヤのデータを登録した。だから自分しか開けられなくなっていた」

「……」

「鍵は遺伝子情報、開けられるのはお祖父様の血を分けた子孫のみ、遥も開けられたがその後の改竄で誰も開けられなくなった。改竄を行ったのはお母様ですね」

「証拠なんて……」

「あります」

 ナオは自身の母親の元へ近寄り面と向かって対峙する。

「監視カメラ、解像度は荒いですが四年前の記録も残っていました」

「監視……カメラなんて、システムの最高権力者しか行使できないはずよ。嘘吐かないで」

 ……何で、システムの最高権力者しか行使できないって知ってるんだろう。その言葉こそデータを消したという自白そのものだろうに。

「現在のシステム権力者は自分です。お母様」

「う、嘘よ!あり得ない!秋明の遺伝子にそこまでの権力は無い!」

「……なるほど」

 秋明ではなく夜奏、立花博士のチップ自体に権力があったのか。

「……父上は……まさかこの事を知っていて」

 僕はそう呟きなにやら考え始めた十夏さんを見た。

「……そうか。あの子の目的は……」

「何か、心当たりが?」

「……あぁ」

 十夏さんが自身の妻を真っ直ぐに見つめる。

「冬美」

「何……何よ……あなたもそんな風に見るの?」

「そうさせているのは君だよ」

 憐れみ、怒り、失望。三者三様の心の在り方はしかし、ただ一人に向けられたもの。

「……二人とも申し訳ない。想像以上に妻が行った非道は人道に反しすぎている」

「味方してよ……あなたは……」

「なら素直に全てを言うべきだ。でなければ、私は君の味方は出来ない」

「うぅ……うううあああぁぁぁ……」

 雪像のように美しく冷たく微動だにしなかったその在り方は全てに見放されたことで傷付き壊れ、大粒の涙と共に崩れ落ちた。

「違う……違う。私はただ……もう一度会いたかった。それだけなの……」

「そのもう一度会いたいという気持ちを幼い少女が思わないわけ無いと理解できなかった。それが、今回の事の発端ですよ」

 僕はただそう言った。誰かが言わねばならなかった事を。




「……昭和の教育方法って間違ってたのかな?」

 話しが終わり、出された紅茶と洋菓子を食べている横でナオがそう呟いた。

「藪から棒に何?時代は令和だわよ?」

 まだ令和だ。まだね。

 僕とナオは泣き止んだ冬美さんから全てを聴いた。一度感情が決壊してしまえば弱いもので、証拠がないはずの僕の憶測も間違いを訂正しながら聞いて、そして認めた。

「いや、落ち着いてみたらお母さんって思ってたより幼い子供みたいに喚いてたから」

「……僕は……事情ありの家庭だから良く分かんないけどさ。爺ちゃん曰く教育って遺伝するらしいんだ」

「遺伝?」

「そそ。正確には継承って言った方がいいかもだけど」

 僕は口下手な祖父の事を思い出しながら言う。

「親の教育をそのまま子供に施す。何故なら、それしか知らないから。それが良いか悪いかの区別も付かずにってね」

「でも、うちん家は違うよ?」

「そんなことはない」

 あの大金を貰って少ないって言えるぐらいなんだから。少なくとも価値観は継承してる。

「冬美さんが育った環境は確かに古臭くて前時代的。でも、昔はその教育で上手く行っていた。なら、何で今は上手く行かないのかって話しになるんだけども」

「ふんふん」

「簡単に言っちゃったら、社会に出た時に周りの人々と価値観が会わないんだよね。僕がそうだったし」

 田舎育ちだったから周りと話を会わせるのに凄く苦労した日々を思い出した。

 冬美さんはそれが極端かつより酷いものと思えば……まぁ、世界に馴染めないよなぁ。

「世間と価値観が会わないってそれだけでハンデなんだよ。だから価値観が合う人同士で固まる。それがコミュニティになる。そのコミュニティを乱す要因は排除し始める」

「いじめとか?」

「差別とかもね」

 社会に、世間に、世界に放り出されるまでは家族や家庭こそ全て。その家庭の価値観が外の世界と合わなかったら。

 目も当てられないだろうな。

「……色々考えてるんだね」

「ほとんど受け売り。自分で考えた事なんてほんの少しだよ」

 先人達がたくさん考えてるからね。新しい価値観なんてよほどの天才とコミュ力オバケじゃないと広められないって。

 僕は紅茶を飲みながら自分の言葉じゃない考えを反芻した。

 価値観……かぁ。

 欲、善悪、価値観、僕の衝動は思っていたよりも言語化が難しい。都市部への破壊衝動、それは分かるけど……。

 折り合いを付けるには自分自身を知る、それから始めていかないと。

「お祖父様は、それを知ってて家を出て生活をする期間を設けたのかな」

「それは……わからんけど」

 と、僕の通信デバイスに着信が入る。

「もしもし翔です」

『もしもし~。サロメです~。頼まれていた解析と考察の答え合わせ終わり~。今聴く~?』

「はい。お願いします」

 昨晩、サロメさんに僕は自身の考察を説明した。もしそうならばと収集したデータから摺合せを行って貰ったのだった。

『先に答えを言わせていただくと~、ほぼほぼ正解~』

「じゃあ、本当に……」

『はい~。翔と同じ原点異能(オリジンギフト)、亜空間異能あるいは異空間異能であると思われます~』

 隣でナオが聞き耳を立てる中話を続ける。

『詳細はとりま後日~。これは説明が難しすぎるので~』

「でしょうね。でも、僕とカンナギが言った例えで良く通じましたね」

『いや~?理解に時間かかったような~』

 僕とカンナギの例え、分かりづらいけどそれしか思い付かなかったからなぁ。

『ドラえもんのスペアあり四次元ポケット、まぁ~これ以上に分かりやすい例えがないのも考えものですね~』

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