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異能ある君は爪を隠す  作者: 御誑団子
第一部 流星の君
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いつもと違う朝1

 あぁ、夢だと、私は認識した。

 七日前のあの夜、燃える神社と私を庇う神主の壮年の男性、一人ぼっちでお母さんも姉妹も捨てた私の最後の居場所に、あれが来た日を夢の中で思い出す。忘れたいぐらい耐えがたい記憶が私を責め立てる。

「なぁ?この女だよな?」

「その筈だが」

 眼鏡を掛けた男の子と黒い肌と白い髪の男の子、その二人が燃える社の中から脱出しようとした私達二人の前に現れた。

「んじゃ、さっさと連れて行きますか」

 神主は腕の中で怯える私を撫でてくれた。きっと私の胸の内を知ってくれていたから。

「逃げなさい」

「……征四郎は?」

「少し遅れる。なに、大丈夫さ」

 私を一足先に脱出させ神主は残った。

 未来永劫、私は忘れられないだろう。私に背を向け炎から現れる二人を戦うその人を。

「親不孝者の倅が残した宝だ。死んでも指一本触れさせんぞ!」

 その覚悟を、無駄には出来なかった。

 一心不乱に私は逃げる。夜の森を下駄で走る。途中で脱げて、足袋で走って、一時して石が飛んできた。石は私の背中に当たって、悲鳴をあげそうになった。

「あー、こっちかな?暗いからわっかんねぇや」

 あの男の子の声だった。

「目は良くないのか」

「猫じゃねぇんだよ」

 私を追いかけたという事はそういう事だ。ずっと私の世話をしてくれた彼は……。

 頬を熱い物が流れる、厳寒の空気が熱を帯びた頬を冷やしていく。泣き叫びそうになる口を塞ぎ、張り裂けそうになる胸を抑え、悲しむ心を今は殺して山を下りた。

 陽が昇る頃には山を下りアスファルトの道を走って、民家に行き着いた。今はもうだれも住んでいない民家に少しの間だけ休ませてもらって、七日の時間をかけて私はあの場所に居た。

 もう死ぬかと思った。誰も助けてくれないと思った。神主が助けてくれたのに私はこの命を無駄にするんだって、初めて声を出して泣いて、寒さで意識が暗闇に引っ張られて消えかけていたその時、誰かが私の手を取ってくれた。

 暖かくて、生きる気力が沸く、優しさがそこにあった。




 十二月二十五日、早朝六時。アナログ時計が読める私は体を起こして部屋を見渡した。

 そこは見慣れない部屋。大きなお布団に暖かい空気、大きなガラスの外には知らない世界が広がっていた。

 白く染まった知らない世界は夜ほどの恐ろしさは無かった。むしろ美しさすら感じるほどに。

「綺麗……」

 心の底から出た素直な感想、この街はこんなにも輝いているって。

 ベッドから降りようとしたら左手に温もりがあった。

 彼が、翔と名乗った同い年ぐらいの男の子が私の手を握っていた。

 私はもう一度横になって彼の顔を見る。

 可愛い寝顔をしていた。頬をツンツンしたくなるぐらいには。

「フフ」

 今思えば彼に助けられなければ私は死んでいた。きっと、無残に。

 だから感謝している。同時に、私に返せる物がない事も理解している。恩をそのまま恩として受け取っておく事に抵抗があった。だって、何かして貰ったままなんて、嫌だ。

 彼のお父さんの事はただのお節介から始まったけど、恩返しできたのならそれでも良かった。ただ、また助けてもらった事はどうすればいいのか。流石に返せるものなんて何もない。

 こんなにも良い人、只の善い人に私は何が出来るんだろう。

 返さなきゃいけないのに。

「何も返さなくてもいいんじゃニャーか?」

 私達二人しかいない部屋に突然どこかで聞いた声が発せられて飛び起きた。

「なん……で」

「おっはー、昨日ぶり」

 黒い髪に黒い瞳の子供、たしか名前は……

「カンナギ……」

「あ、覚えてくれてたんだ、うれし~」

 覚えているも何も出会ったのは昨夜、この人の事を鮮明に覚えている。

 カンナギは机の上に大量の紙の袋を置き、その横にある椅子へ座って薬味の強そうな飲み物を飲んでいた。

「どう入ってきたの?ってのは無し。そう易々とネタバラシして良い事じゃないからさ」

 人の抱く恐怖には種類がある。対象、事象、概念、そして今、私は対象の恐怖を抱いていた。

 人畜無害に対する恐怖心。何もしてこなくて、何もできない筈の、見る必要の無かったものが最も警戒すべき対象と認識した瞬間の恐怖だった。

 数秒、呼吸を忘れた。

「簡単な事、ボクは届け物をしに来たんだあ」

「届け物?」

「うむ!じゃじゃーん」

 彼が机の上に積み上げた紙袋の一つから何かを引っ張り出した。それは私の知らない服。

「君に似合うと思って。ロングコート」

 無邪気に笑う。外観と本性が何一つ一致しない怪物が、まるで人の様に子供の様に振る舞っている。

 おぞましい、おそろしい。そして何より、もう警戒が解け始めている事に、私は困惑する暇すらなく受け入れる他なかった。




 目が覚めるとシャワーの音が聞こえてきた。手を握った筈の雫はベッドにおらず、寝惚けた頭でも彼女がシャワー室に居るんだなとなんとなく分かる。

 窓辺によって外を見る。外の世界は銀世界、儚くも美しい真白の街が感傷に浸らせた。

「感傷に浸ってる場合か?」

 聞き慣れたような、聞き慣れないような、少なくとも気が緩むような声が聞こえてきた。

「……なんで居るんですか?」

「瞬間移動で入ってきた」

 部屋の一角、用意された机の上に紙袋が置かれ、椅子の上にカンナギが座っていた。どこか不機嫌そうに、苛立ちを見せながら。

「瞬間移動……テレポーテーション……」

「ボクは【模倣(コピー)】の異能を持っていてね、便利そうなのはいくつかストックしてあるんだ」

「はぁ……で、なんで居るんです?」

「お節介」

 机の上に置かれた紙袋の一つを投げられて慌ててキャッチした。

「ッと……なにこれ」

「着替え。昨日のは、あまり華やかじゃないと思って」

 紙袋の中にはブランド物の、正直高すぎて手が出せないような服が入っていた。俺には過ぎたる物だ。

「いやこんな高価な物……」

「それどうせ身長伸びる事を期待して買ったやつだし、どうせもう伸びないし」

 なんて淡い期待を抱いていたんだ……子供ぐらいの身長しかないのに。もう伸びないのか。

「今、内心チビって思ったろ!」

「いいえ全然」

 そんなまさかねぇ。

 だけどやっぱり、こんなにも高い物を拝借するのは気が引けた。

「……やっぱりこれは貰えないです。僕にはやっぱり」

「……お前つまんねぇ奴だな」

「え?」

 唐突に放たれた暴言に固まってしまった。いや、つまらない人間なのは自覚しているけども。

「人がいいって言ってるんだから貰っとけば?当たり前に思えとは思わないけど自分に頓着なさすぎだろ。もう少し自分に関心持ったらどうだ?ダサい服着てるんだから」

「今着てるの昨日貰ったやつ」

「うるせ。とりあえず、おしゃれしようとか、身なりを整えようとか、誰かを愛すとか、してみたら?面白いやつになれるから」

 彼の言う事はきっと正しい。正んだけど、それをうんと言えない自分が居た。

 無欲、ではないんだろうけどこれと言った願いは無いはず。僕は僕が思っているよりも自分の事を何も知らない。

 心を上手く言語化できない。

「うん」

「……」

 ポリポリと彼は頭を掻く。何か思う所があったのかバツの悪そうな顔で目線を落した。

「いいや、そういうのを決めるのはボクじゃない。君自身だな。ごめん」

 人が変わったように彼は穏やかになって謝った。まるで、意図していない地雷を自ら踏んでしまったかのように。

「いえ、別に」

 彼は立ち上がり窓際に近寄って僕の方を振り向いた。

「だけど人生は長い。これから数多くの選択と決断をしていくだろうけど、決して、何も選ばず、何も決めない、そんな馬鹿な事だけはしないように」

「……それは、経験談ですか?」

「モチのロン」

 その笑顔は昨日見たものと同じ、子供のような笑顔だった。ようやく虫の居所が良くなったようで何より。

「服はあげる。いらなきゃ捨てて」

「……ありがとうございます」

「他人行儀な。どういたしまして」

 彼は軽く跳ぶとその体は装飾品や衣服と一緒に窓の外へ瞬間移動しそのまま自由落下していく。と思ったらテレポートを繰り返し使って高度を維持し、次第に彼方へと消えていった。

 声をかける暇もない。様々な疑問を問い掛ける事も出来なかった。

「……はぁ」

 何処か他人とは思えない彼、子供のような見た目だから警戒心が解けて親近感を抱いてしまっているのだろうか。

 どちらにせよ悪い人ではなさそうだ。

 ただ一つ、拭いきれない疑問があった。

「コピー……かぁ」

 ベッドに腰を下ろし、顎に手の甲を当て、外を眺めながら長考する。

 コピー、異能を模倣する異能、正直な話し模倣能力は珍しい物ではない。他者への憧れ、尊敬、羨望、それらの感情によって後天性の異能は発現した場合、ほとんどが模倣能力を発現する。ありふれた感情でありふれた異能が……発現する。ただ、後天性の異能は欠陥が付き纏う。コピーなんて代表例みたいなものだ。ストック上限、コピー可能時間、コピーした異能の劣化、この三つは特に顕著だ。

 カンナギが一体いくつの異能をコピーしていて、どれだけの時間保てていて、そしてどこまで劣化しているのかはわからない。

 言える事は一つ、彼なら【幻影(ファントム)】のコピーも可能だという事だ。

 あの日、昨日の夜、雫が居た周りに幻影の壁を張っていたのは……もしかして……。

「考え過ぎかな?」

 だって、そんな周りくどい事をしなくても自分で助けに行けばいいんだから。

 だから、別人だ、きっと。

 今出せる答えを自分の中で出して大の字にベッドへ倒れる。

 息が漏れる。未だ残る温もりを噛み締め、独り占めする。

 父さんは心配してるだろうか。多分している。昔、森で迷子になった時がそうだったように。

 心配は、させたくなかった……んだけどな。

「ふへぇ……、すごいね、お湯が文字通り湯水の如き湧き出てくるなんて」

 パッと、姿を晒した雫はタオルケット一枚で出てきた。

 僕が悲鳴をあげた事は……言うまでも無い。

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