襲撃【3】
「ちょろいわね。あなたの彼氏」
揺れている瞳孔と大量の冷や汗、谷深雪は明らかな動揺をしていた。
「あの焦りよう、ここに来るね。居場所伝えておいて良かったわ」
ここは西園寺財閥の仕事の一つ、港湾事業を展開している港、その場の倉庫にあたし達は居た。
「ここの地下には西園寺秋明が増築した空間がある。その空間はかつて存在した秘密結社、鉄四肢の発明品が置かれている。それらは賢者の遺産、人類の在り方を大きく傾けかねない代物ばかり」
「何が……目的なんですか?」
怯える瞳は訴える。あたし達を拐った組織の人達とは明らかに違う異物のような女の人に。
「……わたしはただ依頼を受けただけ。その依頼の協力者として彼女達と仕事してるの。利害の一致ってわけ。目的なら分かるでしょう?賢者の遺産が欲しいだけ」
「なら、彼は関係ないでしょ?」
「あるんだな~これが。扉の鍵は彼だから」
登録者以外入れない遺伝子ロック、一昔前に流行ったような気がする。
「……なら来ない。そんな大事なものが入ってて、彼がそんな凄い人なら、私との交際なんて……ただの戯れだよ」
「あら、自分の願望をそんな風に卑下しないでよ。見てるこっちが悲しくなっちゃう」
全てを見抜くようなその目で彼女を見ていた。
「一つ教えてあげる。わたしね、心が見えるの。色と形で。恋してるなら桃色のハート、悲しいなら深い青色の水滴、怒ってるなら赤と橙の炎、それがわたしの異能。【感情目測】とでも言うのかな。本当はもっと色々出来るけど。だからわたし分かるの。貴女が本当は来て欲しいって願ってる事、来ちゃうって分かってる事」
「そん……なの……」
全てお見通し、何を思おうが、何を隠そうが、その瞳は全てを見透かす。人の心、知られたくない秘部を。
「だから貴女を拐ったの。御曹司のお坊っちゃんが自由になれる三年の間に出会った美しいものを」
少女は唇を噛み締めて睨みを利かせる。精一杯の勇気を振り絞って。
「良いわね。綺麗な赤色」
ニッコリと笑った女性は背を向けてその場から離れた。
「首尾はどう?」
「へぇ、姐さん。人払いは済ませてありやす」
「ならあの子を向かわせて。あの長距離穿孔は移動手段としては魅力的だから」
微笑みながらまるで洗脳されたように従う彼らは快く行動に移し、唯一苦虫を潰したような表情を浮かべる少女は睨み付ける。
「穴だらけの計画を穴埋めしてお膳立てまでしてあげたんだから、成功させてね。遥さん」
「……うるせーです。やってやるですよ」
瞬く間に少女は消えた。瞬間移動のように。
「さて、貴女はどうしようか」
女性の目はこちらに向いた。
「……へぇ、へぇへぇへぇ、最近わたし達の周りをうろちょろしてたからついでだったけど、良いもの持ってるわね。名前は確か……」
あたしの学生証を見て名前を確認してこっちを見た。
「……楠……綾乃……で良いのかしら?」
美しくて、そして恐ろしい笑顔を向けていた。
「わたしは心愛。心を愛すると書いて心愛。よろしく、英雄に恋しちゃった凡人さん」
しゃがみ、目線を会わせて口に貼られていたガムテープを取ってくれた。
「…………痛ッ……」
「ゴメンねぇ、こういう安っぽい手段は初めてで慣れてないの。痛かった?どこか血が出てる?」
「……いえ……」
「そう、なら良かったわ」
きっと本心から彼女は心配してくれていた。そう思えるぐらい優しい目は翔君と重なって見えた。どこか本質的な部分、根底の優しさ、そういったところがそっくりに見えてしまった。
まるで、後天的に歪んだような……。
「……恋に生きる女子が二人いるし、どう頑張っても五分ぐらいは時間かかるし、せっかくだし、恋バナでもしましょうか!」
………………は?
要求はナオを連れてくる事、それを一方的に伝えられて通話は切れた。
ナオにかかってきた電話が切れてから時間にして約三秒、僕と父さんは全く同じ答えにたどり着いた。
「ナオを連れて……」
「先に行け!翔!」
速度重視、小型化した翼に膨大なエネルギーを流して噴流を起こし残光の羽を形成する。僕はナオを抱えて飛行する寸前、超人達は二手に別れた。
「志波ァ!カリナァ!気張って追い付けよォ!」
念力場、志波が僕の軌道を読んで邪魔に入る。が、父さんが斬り込みに行った。振るわれる刃、最速の居合を超人が受け止める。
「いっツぁ……やっぱりまだ硬度が足りねぇか」
超人の腕の皮膚に五ミリ程度刃が入る。
「邪魔をしないでもらおうか。超人」
「断る!そういう仕事なんだからなぁ!」
父さんが力を込めカインの腕を切り落とす。が、即再生、刃を返す頃には腕が生えていた。
「こっちは通さない」
進行方向に念力場を発生させ邪魔をする志波、だが僕の推進力は止まらない。
「そんなもの……」
まるでロケットが発射されるように熱と空気を押し出し飛翔する。真上に出来た念力の壁は……
「ぶち抜く!」
一撃で破砕した。
上空に飛んだ僕はナオに問う。
「どっち!」
「港!あっち!」
指差した方向へ飛ぶ。
「しっかり掴んで!」
「うん!」
僕は飛翔しながらカンナギに連絡を取る。一つお願いしなければならないことがあったからだ。
『はいもしもし』
「カンナギ!」
『こっちも対応中だぞ。だから……』
「ゴメン急ぎ!責任取って!」
『………………あー、なるほどそういうことか。良いぞ。ぶっ飛ばせ。上には上手い言い訳考えとくから』
「ありがとう!」
僕は制限速度の時速百キロを超えて空を飛ぶ。まるで流星のように。
ただどんなに頑張っても生身で空気抵抗を受ける以上、物理的な速度限界はある。
呼吸も考慮して時速二百キロ、件の港までは百キロ離れている。約三十分ほどかかる。出来るだけ早く生身で耐えれるように液体金属で体をコーティングしないと……。
「カ……カケル……」
飛行から約五分、ナオの消えそうな声に意識を向けた。
「どうした!?何か……」
「後ろッ!」
後ろと言われ後方を確認する。
そこに距離が縮まることはないが着いてくる志波の姿があった。
「大丈夫……なはず、距離が縮まらないなら追い付かれることはない!」
遥か後方まで突き放し僕は飛ぶ。
【念力場】は自身を中心とした周囲を自由自在に動かせる。その代わり自身は動けない。その弱点を足場を移動させるという離れ業で克服した。それでも飛行に特化した僕には追い付けない。
このまま、振り切る!
「待っ、避けて!」
ナオの叫び声に即座に反応して空中で回転し回避行動を取る。
瞬間、僕達が飛行していた箇所に音速の瓦礫が飛んでいった。
「狙撃!?」
体勢を整えて飛行し続ける。けど今度は僕達に放ったものを黙視できた。
念力場によって砲身を、空気で作った爆弾を火薬に瓦礫を弾丸として放つ。その威力、音速に届き着弾地点を粉砕する。
「……【爆弾魔】」
それはもっとも恐れていたこと。
天位一歩手前の異能、それは彼女の意識に問題があったからだ。
彼女の触れた物を爆弾化する異能は固体にのみ、鉄、コンクリート、ダイヤモンド、そういった固いものに効果があった。
でも今見たのは空気の爆弾化、つまり、気体にすら効果がある。そして液体を経て天位になるはずだった。つまり、今の彼女は液体と気体すら爆弾になる。
「……ヤバイ。短期間で【真位】に至ったんだ!」
【無差別爆弾魔】文字通り、無差別に爆弾化させる。
僅かに残った良心、あるいは罪悪感がそこまでの成長を阻害していた。つまり、今の彼女は……心身共に彼らの仲間になったということ。
「…………そう、そうなんだね」
志波に掴まり僕達を追いかける白金カリナを僕は見た。あの日とは違う、強く、覚悟を決めた少女の目を。
奥歯が砕けるような音を聞いた。
「掴まって!全部避ける!」
「待って待ってままままままアアアァァァ!」
下方向には逃げれない。狙撃が建物に当たれば被害が一人二人じゃすまない。
真上に、空を、雲を、裂くように飛翔する。
だが、放たれる弾丸は雨のように、砲身は回転し絶えず放たれ続ける。ガトリングガンのように。
縦横無尽に、もはや肉体にかかるGなど御構いなしに飛ぶしかない。
「意識しっかり保ってよ!」
「むちゃ……無茶をい……………………うなァァァ!」
「トんでんじゃんか!」
瞬間、瓦礫の一つが僕達のすぐ側を掠めるように通過しかけ、真っ赤になっていることに気が付いた。
それはほんの一瞬の出来事。気付いた時にはもう遅く、守りに入るには近すぎた。
瞬く間もなく、その瓦礫は爆発する。直撃した僕は体勢を崩し爆風にナオを拐われる。
「しまっ……」
腰に装着したワイヤーを伸ばしナオに向けて伸ばす。ナオに巻き付いたワイヤーを今度はリールで巻き取り、落下を防ごうとする。
それでも……。
「やっと、離れやがりました」
視界に異物が現れるようにナオの目の前に少女がなんの前触れもなく姿を晒した。
「……西園寺」
「遥!」
「お久しぶりですねクソアニキ。申し訳ねーですけど、ちょっと付き合いやがれです」
西園寺遥はナオに触れ、自身の異能で飛ぶ気だと即座に理解した。
大丈夫、瞬間移動や空間跳躍は接触物にも作用する。もし接触物の選択が出きるのならそもそもこんな回りくどい離し方はしない!
そう、思っていた。
彼女が跳んだ瞬間、まるで周囲の空間を抉るようにワイヤーが切れた。弾丸や刃物が飛んで来て切ったわけでも強い力が加わった訳でもない。なのに切れていた。
父さんの言葉を思い出す。
(目の前の事実が確かなものでもそれ以外の僅かな可能性を切り捨てるな)
見えていない事実が今見えた。彼女の異能は瞬間移動でも空間跳躍でもない。その二つを遥かに凌ぐ危険な異能……。
「余所見してる場合?」
その声に思考が目の前で消えたナオ達から志波へ引き戻され、雨のように降る弾丸を翼で受けるしかなくなっていた。
「くっ……そ……やられた」
高度は落ち墜落する。翼は傷付き機能が一時的に止まるほどボロボロになっていた。
「誰だガトリング撃てってアドバイスした人は。こんチクショウめ」
即座に翼を修復し形状を小さく、速度に特化させる。道を塞ぐように空に浮かぶ念力場と爆弾魔のコンビを振り切るために。
「………………ぶっ飛ばしてやる」




