嫌いな人達
『異能外装の実験を行います』
真っ白で巨大な空間に強化外骨格に似た装備を来た中学生になったばかりの少年が佇んでいる。
その日、人類初の試みが行われようとしていた。
異能兵器、その起動実験。
実験の犠牲になる雨宮翔という少年は数値上の適合率は最高値の百パーセント、期待していた。
『起動』
使用されている異能は【念力】、目標はこの後投下する廃車を浮かせること。でもまずは小さな物からと、そう思っていた。
……
…………
………………
気が付けば実験は中止された。想定以上の出力で地下に出来た施設を半壊させる威力が出たからだ。幸い死者は出ていなかった。
「はぁ……はぁ……ははは」
笑いが止まらなかった。ウチは確かに見た。異能外装とは別の異能の反応。
後日、少年の診察と騙して異能があるか無いか、どういった異能を保有しているか検査を行った。
前例の無い異能、破格の潜在能力、先天的開花による制限無し、この子は……ウチの求めていた人材だって。
同時に、この子の衝動にも気が付いた。ゴミを見るようにウチを見る嫌悪の視線にも。今まで有象無象の存在だと思っていたからこそ気が付けなかったその視線に背筋を這うような電撃が走った。
絶対に物にしたい。この子さえ居れば他はなにも要らない。この世の全てを異能者に出来る。差別とか格差とかそんな建前どうでもいい。ウチは、ウチの考えを、証明したい。
「なぁ、あんた、ウチに全部くれへん?骨の髄まで、人生まで……」
恋に似た衝動だった。ウチは君の全てを好きになった。初めて好きだった実家の犬を解剖した時みたいな高揚を感じてしまった。
「なぁ、何か言っておくれや。焦らしとん?」
その日から君だけしか見えなくなってしまって……
「息子に何をするつもりで?」
気が付けば雷蔵に刃を突き付けられる始末。
たった一人で鉄四肢を壊滅させたウチの最高傑作。賛同して欲しかったけど、それは出来ないと、その答えが殺人権を持って目の前に立つことだった。
こんな気狂いのウチに最後まで説得しようとした大馬鹿者め。
結局チップが誰かの頭に埋め込まれることを期待して自らの命を絶った。死ぬ寸前までの記憶を記録し続けながら。
死から目が覚めた時、鉄四肢唯一の裏切り者が目の前に立っていた。
名前は西園寺秋明、異能研究において唯一ウチと肩を並べられた秀才。年老い、もはや若かりし姿はどこにもないけど。
「夜奏よ。久しいな」
「……あんた、何したか分かってはる?」
「分かっとるよ。だが……」
彼は話した。ウチ達に迫っていた危機を。こうでもしなければ止まらなかったウチ達の研究と、その果てを奪おうとしたとある組織の事を。
「儂は死ぬ。だが、夜奏よ。お前だけは生かす。その算段もある。もし上手く行った暁には、カンナギに協力せよ。あやつは信用できる」
「……なしてあんな怪物に……」
「怪物だが、あれは人間だ。どうしようもなく、人の痛みを知っておる。故に、誰よりも人の為に尽くすだろうよ」
きっと本人から聞いたであろう過去をウチに話すことは無く、程無くして彼は寿命でこと切れた。
残されたのは彼の孫の肉体に埋め込まれたチップのウチと、機械で無理矢理生かされているウチの肉体。
いつか来る人類のターニングポイント、あるいは特異点。その日を迎えるためにウチは無理矢理生かされた。
いつか来るとも知らされずに。
目が覚める。校舎の屋上で日の光を浴びながら寝てしまっていた。時間にして三十分ほど。
見ていた夢は頭の中に埋め込まれたチップの記録。立花夜奏の夢だった。
倫理観は無く、人としても女としても親としても最低な世界一の異能研究者。
ただ財閥の次男に生まれただけの自分とは比べようもない程の天才。
勝てる要素の無い人が今は頭の中に巣食っている。
「……はぁ」
溜め息が出る。せっかくの登校日なのに分散登校で恋人に会えない。
「いっそ、世界でも売り渡してやろうかな」
「それは困る」
聞き慣れない男の声と共に懐かしさすら覚える顔が仰向けの自分を覗いてきた。
「お久しぶり。ナオ」
「……雨宮翔……」
にんまりと笑うその人にどこか嫉妬すら覚える。
自分とは違う、生まれながらの特別に。
上体を起こして不貞腐れながら言い放つ。
「なにか用?言っとくけどこの前の事は謝るつもりは……」
「別に良いよ謝らなくても。たまたま寄っただけだから」
彼は自分の隣に座って同じ空を見上げる。
「博士は?元気?」
「まぁまぁ元気。今は寝てるけど」
何が怖いって、彼はあの一件に関して本当に怒ってないことだ。己を害する存在に引き合わせた、それだけでも本来は怒りを向けるべき事実なのにだ。
その精神は限り無く英雄に近い。まだ、人が理解できる範囲だというだけで。
彼の横顔を覗く。まるで空に揺蕩う星のような人。
自分はあまり彼の事が好きじゃないかもしれない。
「……話があるんだろう?じゃなきゃわざわざ時間を合わせて合おうとも思わないわけだし」
「……そう、だね」
重々しく彼は切り出した。
「西園寺遥……、彼女が君を襲った首謀者の一人だ」
「……そう、なんだ」
「妹?」
「腹違いのね」
腹違い……そう、血は繋がっている。半分だけ。
「それで?」
「いや、西園寺財閥はどう動くのかなって」
「さぁ?僕は今は部外者って扱いだし」
「そっか……」
何とか情報を集めようと躍起になっている。そんな風に見えた。
事態が進展しないことに焦りを感じてるって所だろうか。当事者でもないのに殊勝なこった。
「……なぁ」
「ん?」
きっと魔が差した。ただ気になった。
誰も彼もから求められる英雄の視点というものが。
「どんな感じなんだ?ヒーローって」
「……どんなって言われてもなぁ」
僅かに俯いて呟いた。
「僕はヒーローじゃない」
「君がそう思ってても周りは違うだろう?助けた誰かが、救われた誰かが、憧れた誰かが、賞賛してくれるってのはどんな気分なんだ?」
「え、えぇっと……んー、あー、いやぁ?気にしたこと無いかな」
「気にしたこと無いって……」
本当に困惑いている。皮肉でもなければ嫌みでもない。
「……僕に関しては本当に簡単なことでさ。ただ人を助ける人の背中を見て育って、そうありたいと思った。思ってしまっただけなんだよ」
「だから、周りの事は気にしないって?」
「気にしない訳じゃないけど、でも、褒めて欲しくて頑張ってるわけでも、認めて欲しくて助けてるわけでもないからさ。ただ純粋にこんな僕でも誰かの為になれたならって」
……。
それは、それは……。
「異常だよ」
「へ?」
彼はこちらに振り向き笑顔のまま驚いている。
初めて、理解できないものに遭遇した。いや、分かる。今分かった。
「だってそれは、死に場所を求めてる。お前は死にたがってるんだよ」
彼の笑みが引き吊る。
「君の原動力はただ、死ぬためだ」
「それは……」
「誰かじゃない誰かの為に、見ず知らずの他人の為に、お前は命を投げ出せる。それがどれ程おかしいことなのか理解すべきだ」
目が泳ぎ視線が地面に落ちていった。
「……こんな短期間に二人に言われるかぁ」
「なんて?」
「何でもない何でもない」
溜め息混じりに彼はあからさまに落胆していた。
「やっぱりそうなのかな」
「なにが?」
「……死に場所を求めてるように見えるのかなって」
「普段は見えないけど、今の話を聞いたらみんなそう見えるようになると思う」
「そっかぁ、そっっっかぁぁぁ……」
静寂が訪れる。特に言の葉を交わす事もなければ一瞥することもない。何と言うか、落ち着いた時間が流れただけだった。
その静寂を彼は破った。
「うん。変に取り繕って言うのは止めにしよう」
そう言って笑いながらこちらを振り向く。
自分は目を点にして彼の言葉を聞いた。
「父さんみたいなカッコいい人になりたい。純粋にそれだけだ」
「………………はあ?」
なん、だそれ。なんかこう、もうちょっとあっただろう。なんか。
「子供かよ」
「子供だよ。僕はただ身近に居たヒーローに憧れただけの、父さんの子供だ」
さっきの人を助ける理由よりも稚拙で、軽々しく、まるで将来の夢のように語ったその理由に、自分はさっきのように反論できなかった。
馬鹿馬鹿しいと一蹴することも出来た。幼稚だと罵倒することも出来た。なのにそう言ってしまえば決定的な敗北に繋がるってそう思った。二度と立ち上がれないドン底に落ちるような敗北に。
「……良いよな、異能があればそんな夢叶えられて」
「かもね。でも、僕の異能狭い場所だと使いづらくって。だから、ワイヤーとか接近格闘術をこれまで以上に鍛えないと」
節々に見える努力の証、指の傷、それが彼は異能だけでその夢を掲げている訳じゃないと否応なしに突き付けられる。
あぁ、そうか。自分がこいつの事嫌いだったのは、兄に似ているからだ。
決して人を見下さない。それでいて努力を怠らない。天才寄りの凡人、手が届きそうで届かない星のような人。鳥のような人。凡人であるがゆえに天才にはどうしようもなく届かず、それでも持てる全てを以て天才に迫る人。
嫌いだ。大嫌いだ。でも、確かにあの時、自分はこういう人達に憧れた。太陽のようには輝けない明星に。
「……なぁ」
「ん?」
出来うる限りの勇気を振り絞って心の内を晒す。
「大事な……相談がある」
「もうその手には……」
「妹の事、親を呼んで、全部話すから」
それが一族の恥を晒すことになっても。




