その時、運命が変わる
駅前の歓楽街、昼間にケーキを買いに行った通りを目指す。
徒歩ならそこそこ時間がかかるだろうけど今はワイヤーがある。建物の出っ張りに引っかけ巻き取り立体軌道による高速移動を可能にする。
途中、雫と自分の体をワイヤーで固定して移動していたのだが、この世の物とは思えない程叫んでいたけど、大通りが見える頃には慣れてくれたのか静かに黙った。
「君ってアレだね、常識無いね」
「そう?」
紙切れに書かれた住所を目指し人が見ているであろう大通りは雫の手を取って散策する。そして辿り着いた。
ホテルに。
「なんでぇ?」
「何ここ?」
……もしかしてかなり下世話なお節介された?
「いやいやいや、初対面にそんなことするか普通」
そもそもそういう事が目的の建物ではない。ホテルとは、出張に行く会社員やライブ帰りの人とか付き合ってるカップルがクリスマスに……今日クリスマスじゃん。
違う違う、もしそうだとして、そうだとしても、僕達は付き合ってる訳じゃないんだから気にする事じゃないわけで……変に考えるな、そもそも保護してもらう為にここまで来たんだ。
「ねぇえ、達也さん。今晩はいっぱい楽しみましょう」
「そうだね、マイハニー」
……。
後ろから手を組んだ男女が甘い雰囲気でホテルに入っていった。
違う。違う……はず。僕達の目的は違う。筈だよね?
「は、入り……ます?」
僕は内心に泡の様に湧き出る邪な考えを排斥しながら雫に提案した。煩悩に屈しない。必死に堪えた。
「……はッ!もしかしてここって今みたいに腕を絡めて入る場所!?」
「違います。普通にしてて大丈夫です」
雫のボケで少し煩悩が飛んだ。
頭はクリアに、しっかりとした目的を思い出す。
「保護、だから多分中に入ればわかる筈」
手を引いて雫と共にホテルへと入っていった。特に作法とかは無いからソワソワしないで。
「おー、おぉー」
「すいません」
カウンターに居る受付の女性に話しかけるとニコッとした。
「どうぞ」
そう言われ鍵を差し出された。
「あれ?予約とか取ってないんですが?」
「……?雨宮翔様ですよね?二時間ほど前にチャックインされて……ダブルのお部屋を二名様でお使いするとおっしゃっていましたが」
カウンターの人は僕と雫を交互に見て明らかに困惑している。
「あ、いや、ホテル止まるの初めてだったので……出たらまた予約とかしないといけないと思いまして」
「あ、そういう事ですか。大丈夫ですよ」
再び差し出された鍵を受け取ると会釈をした。
「ごゆっくりごうぞ」
部屋に入るとそこはなかなかに豪華な部屋だった。部屋のランクはスーペリア?って言うべきなのだろうか。
三十七階の、本来なら夜景を一望できる一室、もしこれが何の理由も無いただのクリスマスで来ていたなら舞い上がっていたことだろうし、雪で世界は霞んでいる。
「あわぁ、綺麗……」
「かなぁ?」
雪が降ってなければ確かに綺麗だ。塔の街と言われても流石にここまで高い建物は多くない。地上に広がる街の光は夜空をひっくり返したようで感傷に浸らせる。エモい、と言えたんだろうな。
「わーお布団ふっかふかー」
雫の興味は夜景から部屋の中のベッドへと移ったようで、振り返るとベットの上で横たわって跳ねる少女の姿があった。
「楽しそうだね」
「うん。初めての事だらけだから」
ベッドの上でうつ伏せになって僕の方を見てきた。頬は緩んでいて、頬は赤く染まり、瞳は潤んでいる。
僕は素早く目を逸らす。危ない。あの色気は経験の無い男を容易く殺しかねない。
「そう、なら良かった」
心臓が張り裂けるのではないかと思う程高鳴っている。頭の中で良くない想像をしてしまう。熱が体の中で生まれてくる感覚がある。
ダメだダメだ、と、自分に言い聞かせる。
抱く劣情を飲み込んで彼女を見た。
「スー……スー……」
寝ている。気持ちよさそうに。
そうだよね、部屋の中は暖かいし布団は柔らかいし欠伸をすれば涙が出るよね。
「……」
落胆と共に肩の力が抜け、自分に溜まっている疲れと怪我の痛みが襲ってきた。
通信デバイスの故障、拡張現実による周囲情報の視覚表示はすでに無く、首に付けているオグホを外すと血液が付着していた。傷口は隠れていたらしい。受付の人は気付いていないようだった。
服の袖で傷口を拭うと乾いた血の痕が付いていた。
血はもう出ていない。大丈夫だ。
疲れ果てた体と憔悴しきった精神を労う様に、彼女が寝ているダブルベッドの横に寝転んだ。
雫の横顔を眺めながら意識は底に沈み始める。暗い、暗い、意識を奪う闇がそこまでやってくる。
寒い、寂しい、苦しい、溺れるように、僕は意識を手放したくは無かった。その恐怖を、誰にも理解できないものだったとしても。
暖かく、満たし、安らいで、染みわたる、その何かをひたすらに求めて、最後の最後、僕の意識は強制的に落ちた。
彼女の手を取って。