遥か彼方にて
二月十五日、早朝。
「はぁ……はぁ……」
西園寺家別荘に異能者と無能力者が混合した計二十一名による襲撃が発生。
「なして……最強が居るんかね?」
未来視による情報提供、カンナギからの提案で雨宮雷蔵が急遽護衛に抜擢され戦闘になった二十一名全員を一分の内に制圧、一切の被害なく解決した。
「君が、主犯で良いのかな」
最後の一人、日本刀を携えた青年は中庭での一騎討ちにて敗北。
「ッ!」
しかし、その青年の側に報告通り少女が出現。
「なにやってやがるんです!さっさと逃げやがるですよ!」
雨宮雷蔵の抜刀術ですら間に合わないほどの連続瞬間移動。
「サロメ!」
「ダメです~。半径一キロメートル以内に空間の歪みなし~。一キロメートル以上の空間跳躍~」
また、ほぼ正確に青年の側に出てきたことから移動先の精度も高い。ほぼ確実に【定点移動】と同等かそれ以上の性能をしていることが判明。
急ぎ、超広域空間探査レーダーを用いた移動先の特定を開始結果、レーダーにすら引っ掛かっていなかった。
つまり一度で百キロメートル以上を跳んだことになる。これは既存の【定点移動】を超えていると結論付けられ、その日の夜の内に仮定真位異能【瞬間空間跳躍】と仮称、新たな真位の異能者が現れることとなった。
しかし、少女は未登録の異能者であり社会に認知されずに生きてきた。それが意味するのは早い段階で社会から切り捨てられた存在であるということ。言うまでもなく、彼女は社会にとっての敵である。
「隊長~。これからどうしますか~」
「どうするって……捕まえるしかないだろう」
神出鬼没の異能、事実上の【非実在証明論】が到来した情報は日が昇る頃には世界中を駆け巡り、超人と同等の脅威存在として名を轟かせる。
【亡霊】と。
翌日、日本国内のある場所にオレは居た。
日本庭園、その中央に和風の屋敷が建っている。オレ達の避難先だ。
オレは遥、生まれてこのかた一度も切ったことがない黒髪をしている。
オレの後ろを歩いているのはカナタ。幼馴染みで護衛をしてくれている。
「最強の剣士はどーです?強かった?」
「ぶち強かった。手も足も出せずに負けてしもうたし」
暗い縁側を二人で歩く。
「親父さんが残してくれた屋敷か。久々に来たなぁ」
「ほら身支度しろです。オレの代わりに相手するんですよ」
オレはまだ幼い。だから、幼馴染みのコイツに対応して貰う必要がある。女でまだ子供だから。
「分かってるけど、ネクタイの仕方分からんし」
「……はぁ、親父教えといてくれです」
オレは仕方なくこのバカのネクタイを締める。二十過ぎて妹ほど年齢が離れた女にネクタイ締めさせるなっての。
「ほら、出来た」
小綺麗に着飾ったスーツはそれこそ馬子にも衣装だ。
「行こう」
「お、おう」
オレ達は止めた足を動かす。
「遥ちゃん。なんでスーツなん?」
「そりゃあ、相手は大物ですよ。雨宮雷蔵が非異能者最強なら彼は異能者最強。せめてビシッと服装はキメておかないと舐めて来やがるです」
「そういうもの?」
「そういうものです。特に、裏社会なら」
現代社会に馴染めず道を踏み外し裏社会に身を置く異能者は多い。オレ達もそういった異能組織の一つに所属している。
組織の名前は明園会。五人しかいない小さな組織。
「……緊張する」
「頑張るんです」
客を待たしている部屋の前に着き扉に手を掛けようとした次の瞬間、中から暴れるような音と共に壁を突き破り同志の一人、零士にぃこと小太りだけど優しくて力持ちな頼れる兄貴分な彼が庭園に放り出された。
「喧嘩吹っ掛けといてこんなもんかよ。クソザコがよぉ」
放り出されたのは【身体強化】の異能を保有している。にもかかわらず鼻から血を流していた。殴られたんだ。
「この、化け物が!」
壁に開いた穴から白い髪と黒い肌、真っ赤な瞳の幼い男の子が悪態を吐きながら姿を見せた。
「化け物だぁ?そうだよ俺ァ人外だ。【超人】なんだからなぁ!」
何よりもハッキリと相容れないものと分かる。その獣のような形相から。
真位の異能者、新しい霊長、進化した人類。
【超人】カイン・シュダット。
「ぶっ殺してやる」
「やるかぁ!?デブ雑魚!」
「だぁれがデブだぁ!」
「てめぇだよデブッ!」
「す、ストぉーップ!」
オレが精一杯の声量で止めに入っても敵意はヒートアップしていく。
鹿威しが鳴り響く。それが戦いの火蓋を切った。
瞬間、空気が大きく揺れた。
気付けば庭園が吹き飛んだ。
「なん……ッ!」
距離を詰めただけ。なのに周囲が吹き飛び突風が吹く。
「うちのが申し訳ありません」
「あっ……」
丁寧な口調でありながらどこか掴み所のない話し方をする男がオレの隣に立つ。
「どうも。志波と言います。今日は後依頼ありがとうございます」
「こんな依頼してねーですけど!」
「申し訳無い」
笑う横顔にすら恐怖が見えた。
「売られた喧嘩は買うのがアイツでして。あぁ、殺しはさせません」
「喧嘩?これが?」
周囲は山に囲まれ民家もない。だから被害がハッキリと分かる。
木々が薙ぎ倒された目の前の山を。
そして高笑いを上げながら超人は空を駆ける。
「これが……真位の……異能」
オレは頬が緩んだのを感じた。これが超人。最強、雨宮雷蔵を唯一突破した異能者……。
行ける、この戦力さえ手に出来れば。
「気合い入れろやぁ!」
衝突した拳は余波で山を削る。でも、オレの部下達も負けてねーです。
「どうした超人。一撃で沈められないか?」
「言い分けはしねぇよ。だが、俺様が弱ってッから勝てるってのは思い上がりだぜ」
クロスカウンター、お互いの拳が相手の顔面にぶち当たる。
「つってもやっぱり弱くなったなぁ俺様。もっとスピード出せたはずなんだがなぁ。まぁいいか!」
音速を超えた速度で駆け抜け相手の守りを崩すための蹴りを繰り出す。
その蹴りを受け止めた。
零士にぃが視線を向けた先にジャージ姿の少女の人影が映る。
源ちゃん。引きこもってたはずの彼女が部屋を飛び出して居た。
「やれぇ!源ォ!」
庭園内にあったはずの池から水が飛び上がり空中で球体になる。そして、その球体に亀裂が入ると同時に勢いよく水が噴射される。
「水圧カッターかよ!」
噴射された水は超人の腕を切り落とした。
「流体操作……いや、水だけか」
「押さえててよ!零士にぃ!」
「良いねぇ、下手な刃物より俺様の皮膚を切り裂けるなんてなぁ!」
最大出力の水圧カッターであらゆるものを斬り倒しながら超人へぶつける。が……
「でも、まだだ……雨宮翔には及ばねぇなぁ」
赤黒くなった皮膚は衝突した水の刃を弾き防ぐ。
「お嬢!零士の奴を呼び寄せてくだせぃ!」
「姫野!あんたまで何やってやがるんですか!」
「あいつ、親父殿を老いぼれと……」
あっ、あー、そりゃあ、こうなるよなぁ。
「こうなっちゃ仕方ねぇ。あっしの異能で押し潰しやす」
「……うい」
ええい、こうなったら仕方ねーです。あんまり多用はしたくねーですけど、背に腹は変えられねーですからね。
瞬間移動、その条件は基本的に自分と自身が触れているものを瞬間的に移動させる。一度上次元に押し上げて元の次元に戻すことで移動させているため空間に僅かにかつ一瞬だけ歪んでしまう。
対してオレの異能はその制限はない。上次元に押し上げているんじゃなくて唯一物理的に通っていない。即ち空間の接続、どれ程遠く離れていたとしても余波を起こすことなくかつ制限なく超広範囲の物体を手元に呼び出すか或いは目印に飛ぶか。
それがオレの異能。名前は知らない。
「零士にぃ、一旦離脱」
「うおっ!」
手元に出現した零士にぃに姫野が触れる。
瞬間、大量の零士にぃが現れる。
「はぁ!?」
これには流石の超人も困惑気味だった。
「分身!?いや、あー、模倣か!」
「何で分かった!?」
「ビンゴか!」
引っ掛かってやがるです。
「【劣化模造】、異能の模倣じゃなくて異能者の模造なんてめっちゃ希少なもん持ってんなぁおめぇ!」
「質で勝てないなら物量で蹂躙する。それがあっしの戦術であるからして」
「良いねぇ!無双ゲーといっかぁ!」
無尽蔵に劣化した人間が増え続ける。いつもならここまでやれば大抵の相手には勝てる。
超人にどこまで通用するのか見たい。これが、これからの指標になる。
「……【加速駆動】……起動」
瞬間、デッドコピーの第一陣が消し飛んだ。
「やっぱ使い勝手良いなぁ、この異能は!」
「やっ……」
毎秒三十体を生産し続ける劣化模造。超人がデッドコピーを鏖殺する速度は毎秒三十体を上回る。出来上がった人の山を蹴散らし、まるで人をアリのように扱い踏み荒らす。
一瞬、全てが死んだ。
「異能そのものの質が悪すぎんぞ!もっと増やせやぁ!」
「ウッ……グァッ!」
姫野の鼻から血が流れ始めた。異能の使用に体が耐えられなくなって……。
「ダメだ……」
姫野は異能の使用を止め、デッドコピーの群衆を水圧カッターが貫き超人に到達する。
「うおっ!」
固い皮膚を少しずつ削るも投げられたデッドコピーの一体が水球に衝突して潰れたトマトみたいに両方飛び散った。
「これで全部かぁ?」
死んだデッドコピーは肉片と血を蒸発させながら消滅していく。
視界は、遮られた。
彼方のリーチ無関係の居合が蒸気を裂いて超人に届く。
「邪魔ァすんな雑魚」
晴れた蒸気から膝と肘で伸びた刀身を止めていた。
「ビビって手も足も出さなかった癖に、ワンチャン狙ってんじゃねぇよぉ!」
刀身が縮む速度より速く距離を詰めて来た。
「まずはテメェからだぁ!」
振り上げた拳は固定された空気を殴り衝撃波を産み出すもオレ達には当たらなかった。
「止めんなよ志波!これからだろ!」
「これまでだよカイン。勝負アリだ」
「あァ?」
「頭を冷やせって事だ。周りを見ろ」
超人が冷静になって周りを見渡す。オレも周りを見渡した。
姫野は異能の使いすぎで倒れ、零士にぃは歩くのもままならず、源ちゃんはデッドコピーが破裂した時の衝撃で気を失い、彼方は腰を抜かして尻餅を付いていた。
「あー、やりすぎたか?」
「あぁ、やりすぎだ」
微妙な笑みを浮かべる超人に穏やかな笑みで返す志波とやら。
唯一超人が心を許す彼が手綱を握っていた。
「さて、依頼の話をしましょうか」
「この女?」
微動だに出来なかったオレに獣のような瞳が向けられた。
「……名前教えてくんねぇか?」
怖い、背筋が凍る、猛獣を前にしているような……。
でも、皆があんな状況ならオレが頑張らないと。
「オレは遥……西園寺遥」
「西園寺遥ね、強ェやつは俺ァ好きだぜ」
「オレが?」
「あぁ。多分こん中で一番、覚悟が決まってるからな」




